4-4 友人は多い方がいい
「お疲れ様でしたぁ」
役割を果たしたエドワルドは、再び石畳の下へと戻っていった。今度から城門をくぐる際は、端を歩こうと思う。事件解決の功労者に敬意を評して……というよりは、ただ単に屍体の埋まっていると知ってしまった石畳の上を渡るのに抵抗を感じたためである。
そして、今回の事件を起こした張本人――サーシャは、捕縛され魔王の前に転がされていた。
「何故、生け捕りなどと慈悲をかけたのですか、テューロ様? 此奴のしでかしたことは重罪です。それでなくとも此奴は――……」
兵士は言いかけて、メリエルの方に目をやった後、口を噤んだ。
「陛下がそれを望まれると思いましたので。余計な気を回しましたでしょうか?」
「いや、これで構わないよ。殺す理由はないからな」
人間が魔王城へ襲撃を仕掛けるなど、本来ならばその場で殺されていてもおかしくはないほどの行いだ。しかし、小さな子供にそんな光景を見せたくはなかった。そして何より、俺自身もそれを見たくはなかった。
「何よ、それ……」
呟くような声が、足元から聞こえた。
「殺す理由ならいくらでもあるでしょ。襲撃を仕掛けて、兵士を薙ぎ倒して、アンタを殺そうとして……何より私は――人間よ? なんでさっさと殺さないのよ……」
身体の自由を奪われ、石畳に頬を押し付けた体勢のまま、サーシャはこちらを睨みつけた。しかし、眼差しに先程までの鋭さは感じられない。
俺は少し考えてから、しゃがんで襲撃者との距離を詰めた。
「暴れたことについては反省してもらいたいけどさ、幸い死人は出なかったし、俺も殺されていない。『人間だから』っていうのは、殺す理由としては不十分だ」
「なんでよ……アンタ魔王でしょ? 散々人間に戦争を仕掛けてきておいて、今更人間の一人も殺せないって言うの?」
「言うよ」
短く肯定する。
「確かに俺は魔王だ。だけど、今まで戦争を仕掛けてきたのは俺ではないよ。まだ王になったばかりだしな。そんなのはただの責任逃れの言い訳だって言われるかもしれないけどね」
「言うわよ」
今度はサーシャが短く肯定する。
「私たち人間からしてみれば、誰が魔王であろうと関係ないわ。魔族は魔族。何者であろうと、私たちの敵でしかないのよ……」
そう言って、視線を石畳へと落とす。声にも覇気が感じられない。おそらく自分の言った言葉が魔族にも適用されるのだと――魔族にとっても人間は敵でしかないのだと考え、魔族に囚われた時点ですでに己の生を諦めているのだろう。
「そこなんだよなぁ」
「……何が?」
俺の呟きに反応を示す。どうやらまだ、話を聞いてくれる気はあるらしい。
「その魔族だから人間だからってヤツ。そろそろ、そういうの終わりにしたいんだよ、俺は」
「はぁ?!」
余りにも突拍子のない言葉だっただろうか。サーシャの眼に生気が戻る。
「何言ってるの、アンタ。人間と魔族がどれだけ憎しみ合ってると思ってるのよ? 大体、どうやって終わりにするって言うのよ?」
「簡単じゃないことは分かってるさ。とりあえず、魔族は人間と戦争をしないことに決めた。それから――……どうしたらいいと思う?」
「私に聞くの?!」
驚きに声を張り上げる。すっかり元の調子を取り戻したようである。
「まだ色々と考え中なんだよ。魔族側を納得させたとしても、人間側が納得出来なければ意味がないだろ? 意見を聞こうにも、ここにいる人間はあの子だけだからさ」
そう言って、幼い少女に目をやる。
「そうだ、聖女……――聖女様!」
なんとか首を回し、サーシャも同じ方向を見てメリエルへと呼びかける。
「…………」
反応がないのでもう一度呼びかける。
「聖女様!」
「…………」
やはり反応がない。
「聖女様!! ちょっともう! なんで返事しないのよ!?」
「いや……あの子はまだ、聖女じゃないから……」
声を荒げるが反応してもらえないサーシャが段々と不憫に思えてきたので、一応フォローを入れる。実際のところ、メリエルが聖女と呼ばれるようになるのはまだあと十年は先の話なのだ。
「せーじょさまって、メリエルのこと?」
「一応、そういうことになりますね」
やはり自分が『聖女』と呼ばれていることを理解していなかったらしく、メリエルは傍にいたテューロに尋ねていた。
「そうよ、貴女が聖女よ! 貴女は神の子を宿す身……貴女は、神の子を産まなければいけないの!」
サーシャは声を張り上げ、必死に訴えかける。
「カミノコ?」
「神様の子供、ですね」
「ふーん……?」
テューロに判りやすく補足してもらうが、いまいち理解していない様子だ。
「逃げてください、聖女様! ……いえ、私が必ず助け出してみせます! 魔王を倒すためにも、絶対に……!」
錠を外そうともがきながら訴えを続けるサーシャ。しかし人間の希望の象徴であるはずの聖女は、その訴えを聞いて不機嫌そうに頬を膨らませた。
「そんなのやだ! まおーさんといっしょにいられなくなるのも、まおーさんにひどいことするのも、メリエルはいやだよ。たすけてもらうことなんて、なんにもないよ」
そう言って、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「せ……聖女様、何を言って……?」
「これが、君が助け出そうとした聖女の考えだよ」
予想外の反応に唖然とするサーシャに話し掛けると、途端に鋭い視線を寄越された。
「どうやって懐柔したの!?」
無理矢理攫ってきた上に、酷い方法で思想を操作されている――と思われても仕方のないことではあるだろう。
「懐柔……か。否定はしないよ、それが目的で傍に置いていることは事実だしな。けど、攫われて魔族に懐柔されるよりも酷いことが世の中にはあるんだよ。俺は、そういうことからメリエルを守ってやるって約束したんだ。だから、今のあの子を不幸と決め付けて、無理矢理助け出すなんてことはやめてあげて欲しいんだ」
「どういうことよ……?」
さすがにメリエルが受けてきた仕打ちを詳しく話すことは躊躇われた。しかしそのことを思い出したお陰で、少しずつだが考えが纏まってきた。
「……そうか……異種族間だけじゃなく、同種族間の問題も解決していかないといけないのか……」
質問の答えを返さずぶつぶつと独り言を呟く俺をサーシャはしばらく眺めていたが、やがて諦めたように深いため息をついた。
「アンタ、本当に人間と魔族の共存なんて夢みたいなことを本気で考えてるのね。それに比べて私は、聖女を助けに来たのにその聖女に嫌われて……私が聖女を攫いに来たみたいじゃないの。これじゃ、どっちが正義なんだか判らないわ……」
気付けば暴れるのをやめて、すっかり脱力してしまっている。
「だからさ、どちらが良いとか悪いとか、そういう垣根を取り払いたいんだよ、俺は。今はまだ人間の友人はあの子だけだけど、これからいくらでも増やしていけると思ってる。君が友人になってくれるのなら、これで二人目だ」
「友人……ね」
サーシャは呆れたように呟く。しかしその口元は、笑っているように見えた。




