4-3 手は離さない方がいい
「レノン、いいところに来てくれました」
到着を待ち侘びていたかのように、テューロがレノンに声を掛けた。
「はいはい、なんですかぁ? 屍体ですか、負傷者ですかぁ?」
「屍体は今のところ出ていません。負傷者は回収が困難な状況なので医者としての出番もまだありません。貴方には、死霊使いとしての力を貸して頂きたい」
「はい?」
この場に到着したばかりの医者の男は小首を傾げるが、状況を把握している俺にはこの提案に思い当たる節があった。
「そうか、アンデッドか!」
サーシャの持つ剣は魔族の生命力を奪う。そのため魔族である自分たちは近付くことが叶わなかった訳であるが、アンデッドならばどうだろう。既に命を失ったものであれば、生命力を吸い取られることなく近付くことが可能ではないだろうか。
暗闇に光明が差した。だが、事情を聞いてレノンは嫌そうに顔を歪ませた。
「あのですねぇ、ボクが死霊使いを辞めて医者に戻った理由をお忘れですかぁ? 愛しい屍体を戦いの道具にするなんて、そんなのゴメンです」
『屍体は屍体であるから美しい』という常人には理解できない信念の下、レノンは死霊使いの名を捨てたのであった。どんなものであろうと個人の信念を曲げさせることは忍びないが、今は非常事態である。
「どうせやることがないのですから働きなさい。終わったら墓の一つくらい掘り返しても構いませんから」
「本当かい!?」
瞳を輝かせ、急にやる気を見せるレノン。そんなこと勝手に許可していいのかとテューロにツッコミたかったが、非常事態なのでこの際聞き流すことにする。
「しかし、屍体はどうする? 屍体がなければアンデッドを創ることは出来ないだろう」
死者が出ていないのは幸いなことであるが、これではレノンの能力を発揮することは出来ない。
「いえいえ、心配いりませんよぉ。ここにはエドワルドさんがいますから」
「エドワルド?」
レノンはスキップでもしかねない歩調で兵士の壁を掻き分けて行くと、襲撃者の前へと立ちはだかった。
「あら、兵士には見えないけれど、今度は貴方が相手をしてくれるのかしら?」
どこからでもかかって来なさいと言わんばかりに、挑発的に腕を広げて見せるサーシャ。
「ボクじゃありませんよぉ。エドワルドさんです」
「エドワルド? 誰だか知らないけれど、誰が相手でも同じことよ!」
「それはどうかなぁ?」
レノンが眼鏡を外す。鳶色の瞳に、妖しげな光が灯る。
「おいでませぇ~」
気の抜けた号令と同時に、サーシャの足元の石畳が微かに隆起する。
サーシャは目の前の相手に斬りかかろうと足を踏み出そうとしたが、それよりも速く、白い物体がその足に絡み付いた。
「な、何?!」
見ると、ヒトの手の形をした骨がしっかりと足首を掴んでいた。その骨は、石畳の下から生えていた。ぼこり、と音を立て、石畳がさらに捲れ上がる。
「ひ……っ! や、やだ! 何これ!? いやあぁぁぁぁ~~!!」
「エドワルドさんはですねぇ、勤続百八十年のベテラン門番さんだったのですよぉ。晩年は病に伏してしまい引退を余儀なくされましたが、彼の遺言を聞き入れ遺体はこの門の前へと埋葬されたのです。そして仕事熱心だった彼は、死後もこうして城門を守り続けているのです! 美談ですよねぇ」
恍惚の表情でエドワルドの紹介をするレノン。
確かにいい話ではあるが、うら若き乙女に白骨屍体が絡みつく光景は悪趣味を極めている。
「まおーさん、くらいよー」
「ごめん、でも……メリエルにはちょっと見せられないから……」
目隠しをされたメリエルが抗議の声を上げるが、手を離すわけにはいかなかった。小さな子供がこの光景を見たらトラウマになる。確実に。
「やだやだやだ! 離せ! 離してぇ~!!」
涙声になりながら、剣の柄でエドワルドの頭蓋骨を殴打するサーシャ。しかし屍人である彼が痛みに怯むはずもなく、剣を持った腕を掴むとそのまま捻り上げた。サーシャの手から、剣が零れ落ちる。
「しまった……!」
所有者の手を離れた剣から、青白い光が消え失せる。慌てて剣を拾い上げようとするが、エドワルドが絡み付いて身動きが取れない。その隙に、行動力を奪われながらもなんとか意識を保っていた兵士の一人が気力を振り絞り、剣を遠くへと弾き飛ばした。
「今だ!」
勇敢な兵士の行動を合図に、水銀の部隊が一人に目掛けて殺到する。
「――っう……!!」
サーシャは地面に叩き伏せられ、両手に魔術を封じる錠を掛けられた。




