4-2 負傷者はいない方がいい
全速力で走り、城門まで辿り着いた。そこで見たものは――
「勇気と無謀を履き違えていませんか? 白昼堂々正面から、しかも単独で攻め込んで来るなどと……それはよく考えての行動ですか? だとすると零点です、計画を練り直して出直しなさい」
――襲撃者にダメ出しをしているテューロの姿だった。
普段その毒舌の被害に合っているのは主に俺なのだが、敵にもその実力を発揮してもらうとなると実に頼もしい味方である。
息を切らし追いついてきた主君の姿に気付き、頼もしくも優秀な宰相が振り向いた。
「おや……もう種切れですか?」
訂正、敵の敵だからといってこちらの味方でもなさそうだ。息を切らしているのは事後だからではない。断じてない。
「ちょっとなんなのよ、この無礼な男は!」
「襲撃を仕掛けておいて無礼を口にしますか」
無礼には違いないが、言っていることは正論である。
「というか、襲撃者って……」
そこで初めて、襲撃者の姿を見た。
まず目に入ったのは、銀色の長い髪。
身体は鋼鉄の鎧に包まれているが、白い太ももだけが無防備にさらけ出されている。風になびく、ミニスカート。
襲撃と聞いてどんな屈強な男の仕業だろうと思っていたが、瓦礫と倒れた兵士たちに囲まれて立っていたのは、どう見ても若い女性であった。
「本当にこの娘の仕業なのか……?」
この華奢な娘が一人で襲撃を仕掛けたとはにわかには信じ難かった。
「見た目で判断しないことね。そこの黒ずくめ、貴方が噂の新米魔王かしら?」
見た目で判断するなと言われた矢先に、見た目で判断されてしまった。まぁ、当たっているのだが。
「――そうだ。確かに俺が魔王だ。それで、君は? 一人で襲撃を仕掛けるなんて無茶をしてまで、ここに何の用だ?」
襲撃者はにやりと不敵な笑みを浮かべると、剣の切っ先をこちらに向けた。
「私の名はサーシャ。魔族の手から、予言の聖女を救いに来たのよ!」
「な……ッ!?」
兵士の間からもどよめきが起こった。
魔族が聖女を捕らえたことどころか、その存在の有無すらも公表はしていないはずだ。それなのに何故、人間が聖女の存在を知っているのか。
「ふふっ……随分驚いているようだけれど、予言が魔族だけのものだとでも思っていたのかしら?」
人間にも、未来を予知する能力を持った者がいたということか。
今更遅いとは思うが、平静を装い知らぬ振りをしてみる。
「聖女とは何のことだ?そんなものはここには――」
「まおーさーん!」
実に悪いタイミングで、件の聖女の声が響いた。
メリエルは駆けてくると、そのままの勢いで膝にしがみ付いてきた。
「メリエル! 駄目じゃないか、こんな所に来たら! 危ないから、城の中に戻るんだ」
「だって、まおーさんだってあぶないよ!」
しがみ付いたまま、嫌々と首を振る。
「子供? この魔力の感じ……人間? ……そうか、思っていたより幼いようだけど、その子が聖女なのね?」
この場に似つかわしくない少女の登場にサーシャは面食らったようであったが、その正体に気付くと目の色を変えた。
殺気を感じ、メリエルを庇うように背後へと押しやる。
「聖女の方から姿を現してくれるなんて、手間が省けたわ。そうね……思ったよりも楽に目的が果たせそうだから、ついでに魔王の命も頂いていこうかしら」
サーシャの持つ剣が、青白い光を纏う。
「陛下をお守りするのです!」
テューロの号令で、王を背にして囲む陣形が取られる。それと同時に、数名の兵士が襲撃者へと斬りかかった。
サーシャは臆することなく――口元に笑みすら浮かべて、青白く光る刃を振るった。
一閃。
その一撃で、斬りかかった兵士の半数が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。残りの半数も武器を取り落として膝を附き、立っているのもままならないようであった。
「どういうことだ……?!」
華奢な腕から振るわれた一撃に、大勢の兵士を一掃するだけの威力があったとは思えない。それどころか、剣の切っ先が兵士に届いたようには見えなかった。
「驚いた? 素敵でしょう、この剣。この剣にはね、魔族の生命力を奪う力があるの。死に至らしめるほどの威力はないけれど、煩いハエを無力化するには最適なのよ」
得意気に剣を振るってみせる。青い光が、剣を追うように軌道を描く。
「近付くことも叶わないとなると、負傷者の回収も出来ません……どうしますか、テューロ様」
銀色の鎧の兵士が、敵から目を離すことなく言った。
「陛下の命と聖女の身柄を最優先に。魔術での攻撃は?」
「既に。しかし奴め、術の扱いにも長けているようで、術も矢もことごとく弾き返されてしまいました」
そこかしこに散らばった瓦礫は、弾かれた魔術によって城壁が崩されたものであるらしい。
「可能ならば生きたまま捕らえるのが好ましいのですが……さて、困りましたね」
近接攻撃も遠距離攻撃も通じない。いつも通りの落ち着いた態度で言うものなので大して困っているようには見えないが、八方塞がりの状況なのは確かだ。
兎に角、敵の標的である魔王と聖女が揃ってここにいるのは危険だ。メリエルだけでも逃がせないかと背後を振り返った時、またしてもこちらに向かって駆けてくる人物の姿が目に映った。
「皆さん大丈夫ですかぁ~、負傷者はいませんかぁ~? いや、それよりも屍体は?! 死亡者はいませんかぁ~?」
不謹慎極まりない、屍体愛好者の医者が来た。




