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予言の聖女は囚われる  作者: ナルハシ
3話 染血の死霊使い
14/45

3-5 垣根は越えた方がいい

「決めたよレノン。俺は、戦争はしない」


 翌日、メリエルの診察を終えたレノンが部屋から出てくるのを見計らい、決定を伝えた。

 前振りもなく結論だけを聞かされたレノンは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにそうですかぁ、と呟き残念そうな顔を見せた。

「陛下の決定なら、仕方がありません。しかし、そのことを伝えるためにわざわざお越しくださったのですか?」

 国政に関する発表を王自らが個人に伝えに行くというのは異例のことであろう。

「ああ、曖昧にしていたことを考える機会を与えてくれたのはレノンだからな。自分の口から伝えたかったんだ」

 魔族は大昔から人間領への侵攻を続けてきた。それに倣うのは簡単だったが、自身がそれを行う理由を見付けることが出来ず、受け身の態勢で結論を保留にしてきた。そして昨日、レノンに戦争を勧められ、メリエルと対話をし、再び戦争について考えてみた。

「考えてみたけれど、やはり俺には戦争をする理由が見付からなかった。けれど、戦争をしない理由なら見付かった」

 答えは単純明快だった。小さな子供でも分かるほどに。

「戦争によって悲しむヒトがいる、それは魔族も人間も同じだ。それならば俺は王として、民を悲しませるような選択をすることは出来ない。だから、俺は戦争をしないと決めた」

「う~ん……言いたいことは判りましたが、なんだかその言い方ですと『民』の中には人間も含まれているように聞こえますよぉ?」

 不思議そうに小首を傾げるレノン。

「そうだな。けれど、その通りだ」

「本気ですか?」

 鳶色の眼が見開かれる。

「戦争を否定されるということは、人間を支配する道を諦めるということです。支配せずして、どのように人間を陛下の民として纏め上げるつもりなのですか?」

 もっともな意見だ。しかし、俺の考えはレノンの意見とは少し違っている。

「俺みたいな未熟な王が、人間を纏められるとは思っていないさ。けれど、魔族と人間の垣根を取り払うことは不可能ではないと思うんだ……具体的な方法は、まだ見つけていないけどな」


 メリエルは魔王である自分のことを受け入れてくれた。全員とはいかないが、王城で暮らす臣下たちもメリエルのことはただの子供として受け入れている。王城の中という小さな世界での出来事に過ぎないが、それは確かに実現しているのだ。ならば少しずつでも、その世界を広げていくことは出来るはずだ。


「支配するのではなく、魔族と人間を平等にすると? はぁ……魔族は何千年も人間と戦争をし続けてきたというのに、陛下は凄いことを考えますねぇ」

 驚きを通り越して半ば呆れたようにレノンは言った。

「何千年も同じことを続けてきて、それでも人間を支配することは叶わなかったんだ。ここで目標を変えてみた方が、案外上手くいくかもしれないぞ?」

 案外上手くいくかも、という台詞は先詠みの魔女から借りた言葉だ。

 もちろん、それが容易ではないことは解かっている。何千年も戦争を続けてきた間柄だ、それだけ人間との確執は深い。同じ魔族の賛同を得ることすら困難だろう。


 ――それでも。


「う~ん、でも、そうですねぇ。それも良い考えかもですねぇ」

「賛同してくれるのか?」

 戦争をしないということは、それだけ屍体の数が減る。それは屍体愛好者であるこの男の望むところではないと思っていただけに、意外な言葉だった。早くも理解を示してくれる相手に出会えたことは、正直嬉しいことだ。

「はい。人間とお近付きになれれば、それだけ人間の屍体と出会える機会が増えるではないですか!」


 前言撤回。やはり嬉しくない。


「戦場で出会える人間の屍体は状態が良くないですからねぇ。パーツの揃った屍体ともお会いしたいと思っていたところなのですよ! 人間の良いところはなんといっても寿命が短いところです! 知っていますか、陛下? なんでも砂漠の街に住む人間は屍体を乾燥させて保存するのだとか! ああ、未知なる屍との出会いに心躍ります!」

 年齢、性別、さらには種族の垣根すらも、レノンの愛はあっさりと越えてしまうらしい。


 形は兎も角として、人間との共存を望む魔族も確かにいる。


 理想実現の可能性を感じながらも、かなり早まったことを言ってしまったかなぁ、とレノンのマシンガントークを聞きながら俺は思うのだった。

3話終了。

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