3-4 戦争はしない方がいい
「入るよ、メリエル」
「あ、まおーさん」
扉を開けると、ベッドの上のメリエルが身を起こした。
世話係のメイドに本を読んでもらっていたらしい。メイドは絵本をベッドの傍のサイドテーブルに置くと、一礼をして入れ替わりに部屋を出ていった。
先程までメイドが腰掛けていた椅子に座ると、色とりどりの果物の入った籠をメリエルに差し出した。
「いろいろと持ってきてみたんだけど、何か食べたい物はあるかい?」
「リンゴ。ウサギさんのがいいな」
薬が効いたのか、先程よりも少し顔色が良くなっている。食欲もあるようなので安心した。
「ウサギかぁ……出来るかな?」
絵本を脇に除け、籠をテーブルに置く。リンゴと果物ナイフを手に取ると、慣れない手付きで飾り切りに挑戦してみることにした。
「思っていたより元気そうで良かったよ。退屈はしていないか?」
リンゴを八等分にして、芯の部分を切り取る。
「メリエルはへいき。まおーさんがきてくれたからタイクツじゃないよ。でも、まおーさんはちょっとげんきないみたい」
切り込みが深すぎて、ウサギの片耳が取れてしまった。
「……判るのか?」
「うん、わかるよ。まおーさんのことだもん」
得意気に微笑むメリエル。
――陛下は戦争をなさらないのですか?
先程のレノンの言葉がずっと心に引っ掛かっていた。それが、顔に出てしまっていたらしい。
「なやみごとだったら、メリエルがきいてあげるよ?」
少しお姉さんぶったメリエルの態度に思わず笑みが零れる。
「ははっ……そうだな、なんて言ったらいいか……メリエルは、戦争ってどう思う?」
「せんそー?」
五歳の子供に尋ねるには、少し難しい質問だっただろうか。しかし、メリエルはすぐに答えを返してくれた。
「せんそーはよくないことだって、みんないってたよ。メリエルもせんそーはすきじゃないな……だって、パパはせんそーにいっちゃったから、かえってこないんだもん……」
そうであった。母親を亡くしたメリエルは戦争によって父親まで奪われ、引き取られた先で過酷な目に合っていたのである。
「まおーさんは、どうおもってるの?」
今度はメリエルの方から、同じ質問を返されてしまった。
「うーん……俺も、戦争は好きじゃないかな。俺の兄上たちも、戦争に行って帰ってこなかったからな」
王位継承権上位の兄たちは、戦争に行って全員死んだ。結果、武勲を挙げることに興味を持たず戦争に関わってこなかった王位継承権下位の俺だけが生き残り、現在魔王として戦争について悩む羽目になっている。
皮肉なものだ。
「かなしかった?」
「どうだろう。兄弟といっても腹違い……あー……一緒に暮らしてたワケじゃないから、悲しいとは思わなかったよ」
薄情かもしれないが、それが素直な感想である。
「でも、いっしょじゃなくてもきょうだいだよ? きょうだいじゃなくても、たいせつなヒトがいなくなったらかなしいよ? メリエルは、まおーさんがいなくなったらかなしいよ?」
戦争をしているのは、魔族と人間である。しかし、この小さな人間の女の子は魔族の王を大切だと言ってくれている。メリエルにとっては魔族と人間の間の垣根など無いに等しいのだろう。
重要なのは、自分が大切に思っているかどうかだ。
「うん……そうだな。戦争は良くないことだよな。俺も、メリエルがいなくなったら悲しい。……ありがとうな、悩みを聞いてくれて」
その言葉を聞いて、メリエルは嬉しそうに笑った。
「ウサギさん、できた?」
「ああ、なんとか形にはなったよ」
何個か目の挑戦で、ようやくウサギらしい形のリンゴが出来上がった。
それは左右の耳の大きさの違う、不細工なウサギだった。




