3-3 戦争はした方がいい
「屍体は屍体であるからこそ美しいのです! それなのにそれを生者であるかのように振舞わせるなんて、愚の骨頂! 死霊使いとして戦場駆ける日々を過ごすうち、ボクは屍体の本当の美しさ……否、真実の愛に気が付いたのです!!」
先程までのゆったりとした口調が嘘であったかのように、屍体愛好宣言をしたレノンは饒舌であった。うっとりと、宙を仰ぐ。
「ああ……あの血の気の引いた土色の肌……肉が腐り落ちてゆく様は狂おしく悩ましく、骨だけとなった姿など、無駄を最大限にまで削ぎ落とした究極の芸術だとは思いませんか? 判りますか、陛下!」
「すみません判りません」
間髪入れずに否定する。判らないと言うよりは、判りたくない。判ってはいけない。
そうですかぁ、とレノンは残念そうに呟いた。
「だから申し上げましたでしょう、この男はただの屍体好きだと」
「ただの、で語れるほどボクの愛は浅くはないのだけどなぁ」
旧知であるらしいテューロの言葉に不満げなレノン。
愛の質は判らないが、深過ぎて常人には理解できないということだけはよく判る。
「そのような訳で、彼が興味を持っているのは屍体だけです。聖女の身柄を預けたところで、心配はないでしょう」
「いや、余計に心配だろ! メリエルを殺さないよな!? というか、殺してないよな!?」
うっかり納得しかけたが、考えてみると病気で弱った少女を預けておくにしては危険な要素でしかない。今すぐ部屋に突入してメリエルの安否を確認したい衝動に駆られた。
「わざわざ殺したりしませんよぉ。屍体は好きですが、自らの手で殺すというのはボクの美学に反します。最も自然で理想的な死因は老衰です!」
老衰となると、かなり年を取ってから死んだことになるが。
「フケ専なのか……」
「そういうワケでもないですが、愛があれば享年なんて関係ないのです。陛下も、死んだら愛してあげますよぉ」
しかも両刀使い。あげると言われたが全力で遠慮願いたい。
「守備範囲の広いことですね」
「広い……って言えるのか? これ」
年齢、性別お構いなし。ただし屍体に限る。広いがかなり限定的である。
「危険がないのはまぁ判ったが、別の意味でメリエルを任せるのが不安になってきたんだが」
直接的な害はないとしても、幼い子供の傍にアブノーマルな性癖を持つ者を置いておくのは、教育的にもこちらの精神衛生的にも好ましくはない。
「しかし、医者として優秀なのには間違いありませんし、個人の思想は自由でよろしいのではありませんか?」
「テューロ……お前、人のことは幼児愛好だのなんだのとすぐに貶めようとするくせに、屍体愛好者にはフォローするってどういうことなんだ」
「私は同じように接しているつもりですが……違いは彼が自分の性癖を認めているということでしょうか。ご自分で否定をされるから、蔑まされていると感じるのでは?」
「ヒトが本性をひた隠しにしているような言い方をするな! だったら俺は断固否定し続ける!」
自ら認めるよう仕向けられるくらいなら、蔑まされる方がまだマシだ。
「性癖は兎も角として、陛下がメリエルちゃんを大切に思っているのは判りますよぉ。なんだか父親のようですよねぇ」
幼児愛好の件は断固否定するが、レノンの意見にははっきりと否定できない。最近自分でもそのように感じ始めていたところだ。
「ところでですけどぉ陛下、陛下は戦争をなさらないのですか?」
「え……?」
唐突に、レノンが質問をしてきた。
「最近新しい屍体不足で欲求不満なんですよぉ。先代の魔王様の頃は戦争三昧で出会いに事欠かなかったんですけどねぇ」
大多数の者にとって戦場は出会いよりも圧倒的に別れの方が多いものであろうが、この男に掛かれば戦場も相手を選び放題のお見合いパーティー感覚である。
「陛下に代替わりしてからはすっかりご無沙汰ではないですかぁ。戦争しましょうよぉ陛下ぁ」
現在魔族と人間の戦争は膠着状態にある。あれやこれやと手札を切り、互いに牽制し合う状態が続いているのだ。当初牽制の手札として使う予定であった聖女の存在は、人間側には伏せたままになっている。聖女陵辱が実現しなかった今、その存在を明かしても『聖女奪還』という侵攻理由を与えてしまうだけである。
人間側に動きがない限り、こちらから仕掛けることのないよう指示は与えてある。具体的な作戦は宰相に任せ切りにしてあるとはいえ、魔王が命令さえすれば、魔王軍はすぐにでも侵攻を開始するだろう。
「戦争……か」




