3-1 医者は呼んだ方がいい
魔王が治める魔族の国、その王城の中ではいつもの光景が広がっていた。
玉座にはこの国を治める漆黒の若き魔王。
その傍に控えるのは空色の宰相。
そして、大理石の床の上で積み木遊びをする人間の少女。
異質な組み合わせだが、ここではすっかり見慣れた光景となっていた。
見慣れたとはいえ、四六時中この組み合わせが揃っているわけではない。午前中は予言の回避を目的とした『聖女の懐柔』を実現するために、教育係によりメリエルの教育が為されている。内容は基本的な読み書きの練習と、魔族の歴史の勉強――とは言っても相手は五歳児であるため、行われているのは魔族の歴史を元に書かれた絵本の読み聞かせ程度のものである。その後昼食を摂り、城内の探検や一人遊びで時間を潰し、公務の合間の魔王の許へと遊びに行くというのがメリエルの日課となっている。
俺自身も共同生活が始まって以来、メリエルの来訪を楽しみにしている。堅苦しい公務ばかりの毎日の中で、メリエルと過ごす時間は貴重な癒しの時間となっているのだ――というのは、思っていても絶対に口には出さない。それを聞いた君主を君主と思わない宰相テューロが、どんな罵詈雑言を浴びせてくるか判ったものではないからだ。日々の暮らしには慣れても、こればかりは慣れることが出来ない。
それも含めていつもの光景なのだが、今日はいつもと比べて静かだ。心なしか、メリエルに元気がない。
「どうかしたのか、メリエル。具合でも悪いのか?」
「う~ん……なんだかちょっとふわふわするの……」
そう言うとメリエルはふらふらと近づき、膝に擦り寄ってきた。顔が赤く、呼吸も荒い。押し付けられた顔に手をやると、異常なほどの熱が伝わってきた。
「……って、すごい熱じゃないか! テューロ、医者だ医者!」
「はい? お医者さんごっこですか? そういったご趣味に私を巻き込まないで頂きたいのですが」
俺にだってそういった趣味はない。
「違う! メリエルがすごい熱なんだ、医者を呼んでくれ!」
「熱でしたら、人肌で吸い上げるのが得策かと」
「今はそういうのいらないから! いいから医者を呼べ!」
「かしこまりました」
ようやく了承すると、テューロは控えの兵士に言伝し、使いに走らせた。
どんな時でもクールでマイペース、そして主君を貶めることを忘れない有能な宰相。
頼むから、緊急時にまでいつもの光景を守ろうとしないでくれ。




