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エルと魔法の蝋燭

作者: quo
掲載日:2025/11/02

ファンタジー短編。プロローグ風に。

地下道の中。ネズミが這い回り、腐臭と闇が満ちている。




「逃げなさい」




母親に言われて放り込まれた下水道。吐き気を抑えつつ進むが、唯一の希望の蝋燭が消えた。母親が持たせてくれた、小さな青い炎をともしていた。 風もなく、半分以上残っていたのに。




エルは泣きだす。そして叫ぶ。母の名を、父の名を。


エルの涙が枯れる頃、声が聞こえた。




「祈れ」




鼠どもの気配が消えた。




「祈れ」




腐臭が退いてゆく。




「祈れ」




風が吹く。




「祈れ」




蝋燭に火が灯る。赤い明るい火は、眩しいくらいに辺りを照らし、炎となり天井を舐める。


ネズミは焼け死に、水は沸騰し、熱風が舞い起こる。


体は軽くなり力はみなぎり、ネズミが咬んだ傷が癒されてゆく。




「祈れ。そして我を信じよ」




エルは胸いっぱいに空気を吸い込む。 そして言った。




「私は私を信じます」




空気が震える。一瞬、エルの体を炎が締め上げ、唸りをあげる。




「母さんは言っていました。私の光だと」




エルは眩い炎の光の中、目を見開き蝋燭に息を吹きかけた。


炎は消え闇が覆う。ネズミは這い出て、腐臭がまた漂う。


エルは歩き出す。地下道の中を。






エルは歩き続ける。暗闇の中を。 ぬめる水底に倒れこみ、澱んだ空気に嘔吐し、鼠に襲われながら。


しかし進んだ。消えた蝋燭を手に。




「もう駄目」




力尽き汚泥に座り込む。




”あの炎。赤い炎があれば…”




エルの目に涙がにじむ。




”もう嫌だ”




『祈り』の言葉を口にしようとした時、最後に見た母親の顔が浮かぶ。毅然としてエルを見つめて蝋燭を渡す母親の顔。




”信じる”




エルは立ち上がる。


また一歩、また一歩。歯を食いしばり、重い足を引きずり、体にまとわりつくネズミを掴み壁に叩きつける。


すると、蝋燭に火が灯る。小さな火。青い火。とても深い深い青い。


エルは歩き続けた。




どれくらい地下道を進んだのだろうか。体がふらつき始めた頃、エルは暗闇の奥に何かの気配を感じた。


エルの蝋燭に照らされ、それは暗闇から浮かび上がる。




黒いローブをまとった者。エルを見ている。




「おやおや。小さな灯りだね。進むのに苦労しただろう」




女の声だ。




「とても明るい光があったのに。どうして消してしまったんだい?」




彼女の顔は闇に隠れて見えない。




「原初と未来を照らす光。神と繋がる祈りの光。お前の蝋燭に灯していれば、こんなとこを彷徨うことは無かったのに」




なんて哀れな。女は言った。




「母さんの『青』ではありませんでした。だから消しました」


「ほうほう。母親の『青』は消えてしまったかい。可哀そうに」


「今はこの灯りがあるから大丈夫です」




ローブの女は薄く笑う。




「とても深い深い『青』だね。私にその火を分けてはくれまいか」




ローブの女は蝋燭を取り出す。それは薄汚れ、流れて落ちた蝋が握る手に絡みついている。


エルはローブの女を無視して通り過ぎようとした。




「ここを出る方法を教えましょう」


「本当ですか?」




ローブ女は頷くと。




「我が名は『シラエル』。全知全能の存在にして魔の極点に立つ者。魔道の始祖たちの一人。私の力を欲する者は幾百幾千か。さあ、お前の火をおくれ」




エルは迷っている。




「あの光、眩い光を払ってやろう。『祈りの言葉』から守ってやろう。怖いのかい?あの光を吹き消したのに?気に入らなければ消せばいいのさ」




エルは意を決してローブの女の蝋燭に火を移した。すると女はもろ手を挙げて笑い出した。




不気味な笑いが暗闇に響き渡る。


笑い声と共に辺りが漆黒に覆われる。


ネズミは動きを止め腐り始める。


天井にへばりついていた虫が天井から落ちてくる。




「聞け!私を封印した者よ。我は復活したぞ!ひれ伏せ!命乞いをしろ!そして後悔しながら死ね!今度は幾百の魔導士で臨んでくるか!思い知れ!我が力!漆黒の炎に焼かれて悲鳴をあげろ!」




ローブの女は叫ぶ。




地下道の奥に光が見える。眩く炎をまとった光がシラエルを目指して飛んでくる。


しかし、光は彼女が指を動かす度に、二つ、三つと分断されていく。




シラエルが、また笑い出す。




「何とも愉快!信仰を失ったガラクタが!『巫女』はお前らを信じぬとよ!神を降ろすことができなんだか!哀れ哀れ!足りぬ足りぬ!魂を食らう量が天と地ほど差があるのだ!」




漆黒の炎が渦を作り、地下道の全てを這い回り、光を取り囲む。そして、切り刻まれた光を食らいつく。


断末魔が聞こえる。苦しみと絶叫の聖歌が流れ出す。それに合わせて漆黒の炎も踊り出す。


そして、シラエルも甲高い笑い声で炎を躍らせた。




終わった。地下道に静寂が戻る。




シラエルは背後に気配を感じた。振り返るとエルが立っている。


足元には澄んだ水が流れ、新鮮な空気を風が運んでいる。


服と髪は清められ、肌についた汚れは落とされている。


金髪は風になびき、深い碧眼がシラエルを見つめている。




”なんとまあ。『巫女』は焼き払えなんだか”




「あの光と『祈り』を迫る声を払うと言いましたね」


「おお。忘れるところでした。国を一つ取りましょう。遠い遠い国がいい。そこで静かにお住まいなさい。きっと追ってはこない。エル女王として、なに不自由なく暮らすのです」


「私の名はエルフィーナ。ロイドス国、メルビ村の仕立て屋です」


「さようでございますか。さぞかし腕のたつ職人様とお見受けします。私のローブを一着、仕立てて頂きたい」




シラエルの言葉を無視してエルは言った。




「女王になんてならない。遠くにもいかない。聖都へ行きます。そして、父と母を助け出します」




エルは歩き始めた。シラエルはため息をついたが、すぐに小さく笑った。


彼女の『青』の光は深さを増し、海の深い、暗い『青』に変わりつつある。




「どうかしましたか?」


「いいえ。何百年ぶりかの外に驚嘆しておりました」




エルはまた歩き始める。その背中を見ながら、シラエルは舌なめずりをした。



こういう書き方も楽しいかも。

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