錆知らずの浮力
次の日
(その父親の息子たちの清と茂は、小川のぬかるみに足を取られ、水面から顔だけ出している。)
清の無表情な声が、状況とは裏腹に淡々と響いた。「…父さん、水遊びは皇国精神には反しないと言っていたが。」
「…でも、泥が冷たい。これは、神代からの試練、なのだろうか、兄さん。」茂は鼻に泥をつけながら、不安を口にした。
その時、クルトとエルナが通りかかった。クルトは工具の点検をしていたが、エルナが小川を指さした。
「お父さん、角度計測より先に、そこの立往生アートをどうにかしたら?」
クルトは顔を覆いながら尋ねた。「溺れているのか? 水位が足首程度しかない水路で?」
「溺れてるっていうより、『泥と一体化する修行』って感じね。水深が浅くて泳げないのよ。これは神仏の教えより科学的法則が教えてくれることだわ」エルナは冷静に解説した。
「ああ、すまない。もしや、貴方たちは先ほど父を助けた…『鉄血の文明』の信徒か?」清が尋ねる。
「彼らは、古い精神論の前に、重力と粘土質に完敗している。エルナ、あれを回収するのに最適な『工具』は何だ?」クルトはため息をついた。
「今回は切ったり締めたりじゃないわ。必要なのは『即席の浮力と牽引のメカニズム』よ。まさか、子供を救うのに、人力車で牽引する時代じゃないわ」
クルトはゴム手袋とナイロンスリングを取り出し、パンパンに空気を入れて浮力補助具を作った。
「清、茂。これは『仏の慈悲』ではない。『水力学と牽引力』だ。ゴム手袋を掴め! エルナ、屋台の脚にスリングを回せ。」
「了解。これは『個人の尊厳』を守るための、合理的かつ迅速な救助よ。泥団子製造機じゃないんだから、ゆっくりとね」エルナは手際よく作業した。
「…これが、異教の…救い…」「…ふわふわ、している…神代の試練ではないのか。」二人はゴム手袋を掴んだ。
その時、父親が遠くから目撃し、激昂した。
「わ、分かったぞ! これはまたも神仏の試練だ! 息子たちに『平等主義という名の偽りの救い』を与え、彼らの信仰心を試しているに違いない! クルト! その『空気を詰めた文明開化の悪魔の道具』から手を離せ! 息子たちは自らの国体精神で泥から抜け出さねばならぬ!」
クルトは息子たちが引き上げられたのを確認し、淡々と言った。「おじさん。水に溺れる者を助けるのに、国体精神は役立たない。空気とゴムと、正確な牽引力が必要だ。彼らは信仰でなく、物理法則という万人に平等なルールで助かった。」
「だ、黙れ! 息子たちを誑かすな! クルト! お前たちは、私の息子たちに『安易な機械的な解決法』という毒を盛っているのだ! まるでデモクラシー(民本主義)のように!」父親は顔を真っ赤にして叫んだ。
エルナは腰に手を当てて、大袈裟にため息をついた。「安易な解決法ですって? 泥にハマって半日立ち往生するより、数分で引き上げられる方が、よっぽど個人の時間と権利を守れるでしょ。おじさん、あなたの国体精神が、この二人に『泥水からの瞬間移動』を教えるまで、待てというの?」
父親は、またもや論理的な反論ができず、ただただ怒りに震えるばかりだった。
「ぐ…ぬ…ぬぬぬ! お前たちは、我が家の信仰を揺るがす…『科学という名の悪魔の工具箱』だ!」
クルトは工具袋のファスナーを閉め、その「悪魔の工具箱」を肩にかけ直した。
エルナは父親をまっすぐに見据え、冷めた、しかし確信に満ちた声で、こう言い放った。
「いいえ、おじさん。これはただの工具箱よ。でも、あなたの『精神論』がいつも現実に負けるのは、そこに『個人を尊重する合理性』が一ミリも入っていないからよ。」




