婚約破棄の鐘が鳴ったら、幼なじみの魔剣士が壇上で求婚してきた件について
――王城・大広間。
真冬の空気を閉じ込めたような静寂の中、王太子アルヴィンが声高に宣言した。
「公爵令嬢エステル=ヴァルロードとの婚約を、ここに破棄する!」
貴族たちの嘲笑が一斉に花開く。私は胸の奥で深呼吸し、平然と黒漆のフォルダを掲げた。
「畏まりました。では破棄証書はこちらに――ご署名を」
私の手元で銀のペンが震える。王太子は戸惑いのままペンを取ったが、その刹那――
ギイイィン、と大扉が悲鳴を上げて開く。
「待て」
黒髪の青年がマントを翻し、宝珠を埋め込んだ漆黒の大剣を背負って進み出た。
ユリウス・アーデルハイト。幼なじみで、七ヶ国に名を轟かす魔剣士。
彼は玉座前で片膝を付き、声を張った。
「エステル=ヴァルロード公爵令嬢――俺と結婚してくれ」
ざわめきが爆発する。王太子は蒼白になり机を叩いた。
「身の程を弁えよ、平民上がりが! ここは王家の――」
「“元”婚約者殿。あなたが破棄を宣言した以上、彼女は自由だ」
ユリウスの声は静かに、だが鋼より硬い。
私は一瞬だけ躊躇し、しかし掌を伸ばした。
――温かい。震えは、彼の体温で鎮まる。
*
執事ヴォルフが魔晶石を掲げた。宙に映し出される深夜の温室。
王太子と令嬢セシリアが交わす不貞と謀略の会話。
「侍女には賄賂を」「あの女を断罪の舞台へ」
映像が終わると、しばし沈黙。次いで怒号。
国王の判決が響く。
「アルヴィン=ルクレールを王位継承権剥奪! セシリア=クラウスは国外追放!」
衛兵に引きずられる王太子は、なおも私を睨みつけた。
けれど私の隣でユリウスが剣を鞘に納める。その音が、全ての終わりと始まりを告げた。
*
夜、回廊――月光がステンドグラスを溶かし七色の影を落とす。
私は彼に問いかける。
「どうして……あの場で求婚を?」
「君がここで独りで戦い抜く姿を想像したら、耐えられなかった」
ユリウスは指先で私の涙を拭い、囁く。
「次は隣で笑おう。二人で世界を相手にしよう」
言葉より早く、唇が重なった。
冷たい夜気の中、ただ一つ、私たちだけが燃えていた。
*
――後日談。
元王太子は辺境修道院へ追放され、セシリアは隣国で詐欺容疑のまま投獄。
王都の酒場では《魔剣士と公爵令嬢の逆転婚約譚》が一夜で流行歌になり、
私は今日もユリウスと並び立つ。剣と理と――自由を掲げて。
「――この自由、誰にも奪わせはしないわ。」
「高橋クリスのFA_RADIO:工場自動化ポッドキャスト」というラジオ番組をやっています。
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