2話 胸の痛み
彼女とは結局別れなかった。8年付き合って初めて心からの言葉を伝えられた気がする。どこまでもかっこつけたかった。弁護士を目指すといったのもそういうことだったのかもしれない。いつまでもかっこいい自分でいたかった。
一週間後、彼女の家にまた訪れた。ソファに座っている彼女の横に座り、彼女の目を見ながら、
「弁護士の勉強また頑張ってみる。受かるまでやる。」
その言葉を聞いた彼女は心から喜んでいた。涙を浮かべた彼女の笑顔はとても美しかった。
「頑張ってね!私が支えるからね!」
うれしい反面、ズキッと心の奥が痛むような感覚がした。僕はまたそれを心の奥にしまい込んだ。
試験の勉強をしているとき、ときどき彼女の笑顔を思い出す。奮起する自分と弱気な自分が入り混じる。その瞬間、今まで動いていたはずのペンがピタッと止まってしまう。そんな時は自分を奮い立たせ、まずは目の前の目標である司法試験の予備試験に受かることだけを考えた。
予備試験当日
朝からスマホを見ないように電源を切ろうとしたとき、彼女からラインが来ていた。
ー頑張ってね!応援してるから!ー
僕はありがとう。とだけラインを返してスマホの電源を落とした。そしてただ試験会場に歩みを進めた。
いくらか時が立ち、結果は予備試験合格。勉強は苦しかったが、ひとまず二次試験へと進める。僕は彼女へラインを打とうとしたが、一瞬止まった。なぜ止まったのかはわからない。そしてハッとしてラインを送った。
ーひとまず、予備試験は合格。二次試験も頑張る!-
ふーっと安堵の息を漏らすとすぐにスマホのバイブレーションを感じた。
ーおめでとう!やっと合格だね!そのまま頑張ってね!ー
祝いのメッセージのはず。しかしまたズキッと胸が痛い。今回は見過ごせないほど胸に突き刺さる気がした。
僕は首を傾げ、この症状がなんなのか。この気持ちはなんだろうか。そう感じ続けた。
そこからしばらくは勉強に手がつかなった。机に向かってもなぜか集中できなくなった。そして夜も眠れなくなり、明け方に寝て昼過ぎに起きる生活になってしまった。彼女とも週一回のお泊りが義務的な感じがする。ここ1年ぐらい男女の営みもしていない。
ある日彼女の家に泊まりに行ったとき、勉強をしていない僕に対して彼女が声を上げた。
「ねぇ?勉強しなくていいの?最近ずっと勉強してるところ見てないけど?」
彼女はベットで寝ている僕を見下ろすように言った。きれいな白い肌に似合わないほど、眉間に皺を寄せている。
「ごめん。なんかここだとなかなか集中できなくて・・・」
僕は細めた目で彼女を見ながらそういうしかなかった。なぜかわからないけど、起きられない。集中できない。不安と焦りで自分が自分でない感覚が襲ってくる。
「ねぇ。ひとまず家に帰って勉強したら?泊りはやめにしよう。」
彼女の言い分はよくわかる。言葉こそきついが、彼女の優しさだ。でも今はそうとらえられなかった。僕の心は次第に彼女から離れつつあった。もしからしたそれはお互いにそうなのかもしれない。そんな空気感を感じ取った。
そこから何か月か経過して二次試験まであと3か月というところ。
僕は人生で初めての経験をした。
ー死にたい。ー
生まれてこの方こんなことを思ったことはなかった。学生時代も楽しく過ごし、社会人も短い期間ではあったが、こんなことは思わなかった。こんなことはだれにも相談できない。友達にも両親にも。恥ずかしくて弱い惨めな姿は見せられない。
明け方にスマホで検索した。
死にたい どうする。
検索で出てくるのは、相談室や広告ばかり。解決できる答えなんてないような気がした。解決方法はわかっている。今胸の中の重しになっているものを取り除けばいい。でも自分からはできない。やるだけの勇気がない。
そんな時、彼女からラインが入った。
ー明日時間ある?ー
なんとなく察した。でももしかしたらどこか出かけるだけかもしれない。そう思う自分もいた。
僕は明日家いくよ。とだけラインを打った。そしてその日は眠れずにそのまま夜が明けた。