放浪
遠く聞こえる私を呼ぶ声、ジワリと背中を流れる憂鬱さ、昼寝時の言い難い気怠さ。
聞けば確かに私は数刻の間、浅い浅い眠りについていたのだと言う。同居人がそう言うのだ、きっとそうなのだろう。気が付けば傾いていた赤い夕日なんかがすっかり姿を隠し、誰も彼も皆帰路につく至福の時間となっていた。
きっと悪夢でも見ていたのだろう。私はひどく緊張していて、その緊張と初夏の夕方の蒸し暑さとが重なって居心地が悪かった。蝕まれている。機嫌も急降下するものだ。日の去った夕は少し緩い風があり、汗ばんだ背中や額に張り付いた髪なんかが、私の体を冷やして行った。
なんだ、不愉快だ、狭い畳に無造作に敷いた布団も、薄い綿のなんとも心細いタオルケットも。嫌になってしまう。香りの強い井草が適当に開け放たれた窓からの風に乗り、鼻腔をくすぐる。そんな夏の柔らかい風が、安っぽい部屋でただ不機嫌に座る私を冷静にさせる。お陰でようやっと冴えてきた脳は、思い出したかのように湿っぽさを孕んだ時間を自覚する。冷えはしたがやはり、やはり夏ではないか。
…そうだ、行こう。きっと行ったほうが良い。嗚呼そうだ。こんな日は広い風呂に浸かろう。熱い湯に浸かって夜風に当たろう。せっかくなのだ、眠るには惜しい夏の星空もあったのだ。うん。そうだそうだ。
私を起こし、そのまま晩飯の支度でもしようかと忙しない同居人に声をかけた。彼は快く返事をする奴だ。さあきっといい日になる。
「君はいつでも突拍子が無いね。」
「嗚呼そうだろう。いやなにも自慢じゃあ無いが私の良いところは思いつきの良さと行動力なのだ。数少ない美徳さ。然しなぁ、君も大概行動力のある奴だと思う。私の申し出なんか一度だって断ったことが無いじゃあないか。全てにおいて考え無しなんだかお人好しなんだか、それとも私と同じく衝動的に生きているのか。」
同居人は少しムッとして「馬鹿にしているのかい。」なんて拗ねたふりをするくせ、数秒後には何事も無かったかのように笑って、出る準備なんかを始めるのだ。
全く良い友人だとは思わないか。私の衝動性に何かと口を出しては来るのだが、決して否定ぜず、更には一緒になってこんな時間でも遊びに出てくれるのだから。きっと君たちからしたらなんと普通のことか、当たり前のありふれたことでは無いか、とでも思うであろう。そうだろうな。いやなに、私は元来この性質に加え、あまり人とは付き合わず、何かと距離を取ろうとする面倒な性格をも持ち合わせており、友人などと心から呼べる人間が少ないのだ。
そうこうしているうちに身支度を整えた友人はまだ悠々と寛いでいる私を急かす。
「君が言ったのだよ。早く行こう、深夜なんかはもっと蒸し暑い。夏は嫌いじゃないが夜中の蒸し暑さにはどうもね、参ってしまうよ。いつものことだが僕は時間を大切にしたいのだ。」
すぐ直しが入るとは思いますがよろしくお願いします。