施設
丸山が雑誌に載せた霊視の仕事が入り、堂島と丸山はとある地方へ来ていた。
一緒に車に乗っている中で、堂島は丸山に対しての感情が『金にうるさい女の人』から『魅力的な女性』に変わってしまった。
急に意識する女性へと変化する中、堂島は妄想をしていた。
それは男女としての関係が親密になるのではないか、というものだった。
そして、蕎麦屋で聞いた言葉に、妄想はピークを迎えていた。
『……今日は飲みたいかな』
堂島の中で、身勝手で、何も根拠のない妄想は暴走した。
飲みたいということはつまり、乱れたいのだ、その相手は、目の前に座っている『堂島透』に違いない。
彼は今日初めての経験をすると、半ば確信していた。
……が、しかし。
二人はビジネスホテルに入ると、別々の部屋が割り当てられ、その後顔を合わせることはなかった。
堂島は勇気を振り絞って丸山の部屋を訪ねたが、不在なのか寝ているのか、一切の反応がなかった。
「……」
過度な期待、というか勝手すぎる妄想は、そこで打ち破られた。
堂島は腹が減ってそのままホテルの外に出たが、そこは街と呼べるような建物数ではなく、唯一開いていたコンビニに入って破棄寸前の弁当を買って帰った。
翌朝、堂島が起きてシャワーを浴びた後、丸山が部屋の扉をノックしてきた。
『堂島くん、出かけられる?』
扉越しの声は、少ししゃがれているようだった。
堂島は扉を開けた。
「出かけられます」
今日の丸山の服装はスーツだった。いかにも仕事着という感じで、昨日のゆるい胸元の服とは全く印象が違って見えた。
「そう。じゃあ行こうか」
「その声、どうしたんです?」
丸山は左手でコップを持って、飲むような仕草をした。
「飲みすぎたかな」
彼女の呼気そのものからではないが、堂島は酒臭い雰囲気を感じていた。
「運転大丈夫ですよね?」
「大丈夫…… 堂島くん、運転できるんだっけ?」
「免許は持ってますけど、ムリですムリ。教習所出てから一度も運転していません」
丸山は指を折って何かを数えていた。
「大丈夫、十時間は経ってるんだから」
二人は駐車場に行って、目的地へと出発した。
「さらに山に行くから覚悟しててね」
「どんな所ですか?」
「障がい者施設ね。施設の職員さんが依頼してきたの。困った従業員がいて、どうもそれが霊によるものなんじゃないかって」
車は、クネクネと曲がりながら山を上り、下り、また上り、と進んでいく。
「昨日、夕飯何食べたの?」
「ノリ弁です」
「何それ、コンビニ?」
堂島は思った。コンビニ以外に選択肢がなかったはずだ。
「えっ、そうですけど」
「そっかぁ、堂島くんに買ってきてもらえばよかったかな。私はホテルの自販機で売ってた安酒とつまみだけだったよ」
堂島は考えた。ホテルを出た時間と、酒を飲んでから十時間は経っているという話だ。堂島が丸山の部屋を訪ねた時には、酒は終わっていた計算になる。つまり、その頃にはすでに寝ていたのだろう。
堂島はため息そのもののような返事をした。
「はぁ」
「何それ」
車が更に一本道を進むと、道の下に施設が見えてきた。
「あそこみたいね」
施設のグランドが手前に広がり、奥に学校のような建物がある。
元々は学校であったものを改装したと思われた。
道を下って近づいていくと、学校と違う点にも気づいた。
それは、周囲を囲む壁やフェンスの上にバラ線が張られていることだった。
まるで刑務所か何か、そんな雰囲気があった。
入り口の外、道路に並行して駐車場があった。
「ここから歩くのよ」
丸山の話だと、一般の人は、車で施設の中に入れないようだった。
二人は歩いて門に着くと、守衛の人に指示され、小さな風除室に入れられた。
外側の扉が開いている間、ブザーが鳴り続け、扉が閉まると音が消え、内側の扉が開くと再び大きなブザー音がした。
「なんでしょう?」
「外扉と内扉が同時に開かないようにしているみたいね。刑務所とかもそうよ」
「へっ? 刑務所」
「さっきも言った通り、ここは違うけど。過去取材で経験しているから知っているの」
中に入ると、建物までは少し上り坂になっていた。
堂島は建物を見ると、この建物全体が黒く煙っているように感じた。
意識しないまま霊視が働いているとすると…… 山の空気は澄んでいて、気持ちよかったが、そういった涼しげなものとは別の意味で寒気を感じた。
建物への道を途中まで上ると、建物の外に誰か出てきた。
丸山は、スマフォを開いて確認した。
普通に話せる距離まで近づくと、立っている人の様子がわかった。
小太りな感じの丸顔、細い目。皺やシミの感じから、年齢は五十代ぐらいだろうか。
制服なのか、薄い緑の上着とズボンで、上着の下にはワイシャツとネクタイがのぞいている。
堂島はそれ以外、その男から強い印象は受けなかった。
「私、『現代霊界MORE』の丸山と申します。湖浜二郎さんですね」
湖浜は右手を差し出した。
丸山が手を握ると、湖浜が左手を添え、激しく揺するような握手をした。
「お待ちしておりました」
戸惑ったような丸山が、後ろにいる堂島に手を向けると、
「こっちが霊視していただく堂島さん」
と紹介する。
「堂島透と申します。よく『ドージマロール』と聞き間違えられちゃって」
すると無言の、寒い空気が流れた。
湖浜は興味がないといった雰囲気で一瞥し、会釈をすると言った。
「……今日は、よろしく」
堂島は自分も同じように扱われると思って右手を用意していた為、少し拍子抜けしてしまった。
湖浜は丸山を振り返りながら、口を開く。
「お伝えした通り、職員の一人を見て欲しいんです」
「問題行動がある職員との話でしたね」
「まあ、あまり先入観を与えない方が良いかとも思いましたが……」
堂島は二人の後ろを距離をとって歩いていた。
「その方の行動は、霊によるものでないか、と疑っていると」
「異常な感じなので」
建物に入るところで、靴を履き替えることになった。
二人にはスリッパが用意される。
そのまま施設の廊下を歩いていく。
堂島は霊が漂っているのが見えた。
同じ方向へ、同じようなスピードで流れている。
これらの霊は、無目的に漂っているものではない。何ものかに憑いたものに違いない。
これから霊視する『職員』から流れ出ているのかもしれない。
堂島はそう考えると、気温ではない『寒気』を感じ、震えた。
学校の教室ぐらいのスペースに通された。
中央に大きめの丸テーブルが合って、椅子が四つ、対角をなすように置いてあるだけだった。
「こちらに座って待っていてください。今、連れてきますので」
湖浜は、開いているのか閉じているのかわからないような目つきで、丸山と堂島を見ると、部屋を出て行った。