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霊視のお仕事

 月刊『現代霊界MORE』に漁港の事件について書かれた丸山の記事が載った。

 記事は、漁港での街頭演説での爆破事件について、霊視男が活躍したことを匂わせるように書いてある。

 堂島は記事を読みながら、書きようによってはこんな自分でもヒーローになるのだ、と感じた。

 堂島がモデルになった、バックパックで爆発を避けたイメージ画像も、霊視の案件を引き受ける話もしっかり雑誌に掲載されていた。

 漁港の事件は、インパクトが強く、まだ記憶に新しかったせいか、雑誌は売れたらしい。

 いくら売れようが、記事を書いたのは丸山であり、堂島に入るお金が増えるわけではなかったが、気分は良かった。

 雑誌からの謝礼と母からお小遣いを前借りし、堂島はパッド型コンピュータを購入した。

 新しいパッド型コンピュータが届き、平日の昼間、ベッドでゴロゴロとネットサーフィンをしていると、パッドのリンクアプリに丸山からのメッセージが入った。

『霊視の件、一件依頼が入ったけど、やるでしょ』

 堂島はパッド型コンピュータは手に入ってしまい、当面金は必要なかった。

 だから、仕事を受けなくても何の問題もなかった。

 既読だけつけて、返信しないでいると、丸山が続けてメッセージを入れてきた。

『ちょっと待って、もうニート根性出ちゃってないよね。『募集』って雑誌に載せてんのよ』

 そのまま堂島が放っておくと、丸山は続けた。

『大丈夫。犯人を探せとか、逮捕に協力しろとか、除霊しろとか言う話じゃないわ。だからやろうね』

 堂島は丸山のメッセージから、引き受けているのではないかと考えた。

『まさか、もう引き受けてないですよね?』

 メッセージアプリだと、こういう時の反応が分かりにくい。

 わざわざ、どもったメッセージを入れてくるはずもなく、文字が震えるようなこともない。

『受けたわよ』

 多分、リアルで会って話していたとしても、丸山(かのじょ)は震えたり、どもったりしないのだろう。堂島はそう思った。

 続けて、丸山から、その霊視案件の詳細が書き込まれた。

 どうやらその場所は、車で三時間ほどかかるところだった。

『交通費は向こう持ちだから心配しないで』

『泊まりですか?』

『まあ、そうね。大丈夫、泊まりの費用も出るから』

 堂島には『仕事』という意識はないので、どちらかというと『旅行』と言う気持ちになっていた。

『明日出発だから、駅のロータリーで集合ね』

 朝、丸山が車で駅のロータリーに迎えにくることになった。

 堂島は急いで着替えを用意した。

 赤黒チェックのネルシャツが三枚。

 中に着るTシャツも三枚。チノパンを二本とブリーフ三枚。

 買ったばかりのパッド型コンピュータと財布にスマフォ、充電器とモバイルバッテリー。タオル二枚にバスタオル……

 あっという間にスーツケースが埋まっていた。

 翌朝、堂島は駅のロータリーで待っていると、丸山の運転する黄色の車がスッと止まった。

 堂島の方の窓が下がると、丸山の声がした。

「何その荷物」

「泊まるって言うから」

「泊まるけど、一泊よ? まあいいわ、荷物は後部座席に積んで」

 堂島は乗り込むと車は発進した。

 下道から高速に乗った頃、堂島はようやく口を開いた。

「なんですか、この音楽」

「ノイズミュージックよ」

 確かに工業音というか、機械が発する音のようなものと、時折デスボイスが混じっていた。これはノイズと呼ぶ以外に適切な呼び方はあるまい。堂島はそう思った。

「英語じゃないですよね? やけに破裂音が多いし」

「よくわかるじゃない。これはドイツ語ね」

 そう言われ、この日、堂島は初めて、右で運転している丸山を見た。そしてはっきりと意識した。

 今日の彼女は、いつもの長い髪を後ろで団子にまとめていた。

 襟元が開いたニットを着ていて、うなじや、肋骨のあたりが露わになっている。

 横から見ることがなかったせいか、ピッタリとしたニットであったせいか、やたらと胸が大きく感じられた。

 いつもは『金にうるさい女の人』だったのが、『魅力的な大人の女性』に映ったのだ。

 そのことに気づくと、堂島の鼓動はやたら早くなっていた。

 今日は泊まりで、明日の朝が依頼人に会って霊視、という予定だった。

 当たり前だが、堂島と丸山が同じ部屋に泊まることはない。だが、堂島の中で妄想が始まっていて、それは高速道路を下りるまで続いた。

 高速道路を下りたら、丸山が口を開いた。

「堂島くんは、何食べたい?」

 運転席の丸山を見た堂島は、頭の中の妄想のままに『丸山さんを食べたい』と言いかけて、意識を取り戻した。

「な、なんでも」

 この答えは、どう考えても吃る内容ではない。

 運転している丸山は、対向車や信号、歩行者など気を使っているために、堂島が自分の体を見ていることまで気づかない。

「ほんと? 嫌いなものあるんでしょ?」

「魚とキノコとピーマン」

 丸山が吹いたように笑った。

 信号待ちで止まると、横に座っている堂島に顔を向ける。

 堂島は、視線が合うと、慌てて窓の外を向いた。

「えっ? 何、今の?」

 そう言った直後、対向車が走り出し、丸山は再び運転に集中した。

「ねぇ、どういうこと?」

「な、なんでもないです」

「ほら、どもった、なんか隠してるでしょ?」

 堂島は正面を向き、目を閉じて腕を組んだ。

「なんでもありません」

「……怪しい」

「あっ! そこの蕎麦屋にしましょうか! 地元の有名店っぽいですよ」

 駐車場に誘導するための大きな看板に『地元の有名店』とワザワザ書いてあった。

 大抵、自ら『有名店』などと広告する店はダメなパターンが多い。

 丸山はウインカーを出すと、堂島が言った蕎麦屋に車を進めた。

 二人は恐る恐る蕎麦屋に入った。

 それぞれ注文した蕎麦は、最高とまではいかなかったが、値段に対して満足のいく味だった。

「ここら辺、心霊スポット多いのよね。一度取材したかったところがいくつもあるの」

「今日、これから時間があるなら、行きますか?」

 堂島の心は、話した言葉とは違っていた。いや、そんな場所に行くと転んだり、頭をぶつけたりするから、本当は行きたくない。けど、丸山さん、あなたとなら……

「……今日は飲みたいかな」

 軽く首を横に振り、囁くようにそう口にした丸山から、色気を感じていた。

 堂島の妄想は暴走し、丸山のその言葉のせいで、頭が回らなくなっていた。

「わ、わかりました」




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