帰り道
丸山の車に四人乗って、都心へ帰る為に高速道路へ入った。
天気は晴れ渡っており、いくつかのSAに立ち寄り、軽く観光をしようということになった。
「私は元気だから、観光しよう、なんて言いましたけど、皆さん、体は回復しているんですか?」
丸山は申し訳なさそうにそう言った。
「俺は不死身だ」
「肩や腕は痛みますが、観光程度なら支障ありませんわ」
「僕は眠いだけで、それ以外は大しことないです」
車は目的のSAに入っていく。
車を止めると、大きな湖が見えた。
「水辺まで降りれるのかな?」
「降りれはしないようですわ」
「おい、温泉があるぜ」
「温泉、いいですね。皆さん入りますか?」
そう言うと、丸山が後ろにいた藤井と堂島へ振り返った。
「おっ、おい、混浴があるみたいだぞ」
堂島は、一瞬、丸山とお風呂に入ることを思い浮かべてしまい、顔が熱くなった。
「えっ!」
「ウソだよ」
梁巣は堂島に近づいてきて、ニヤニヤ笑った。
「おい、どっちと入ることを想像した?」
「……」
「親戚といっても男女でしたから、私たちが一緒にお風呂に入るなどは一切ありませんわ」
梁巣は声をあげて笑った。
「わかった」
堂島は、誰とも目を合わせることが出来なくなった。
「そりゃ、男なら、大きい方がいいよな」
梁巣は堂島と肩を組んできた。
「僕は何も」
「わかってる。言い訳はいいって」
「ほら、皆さんお風呂」
そう言い手を振る丸山を見て、堂島はさらに顔が赤くなった。
四人は風呂に入った後、畳の部屋でほてった体を冷ましていた。
普段着だったが、風呂上がりなので皆薄着だった。
堂島の視線は、自然と丸山に向けられていた。
ほのかに赤くなった頬や、首筋、少し見える鎖骨付近。
どれもが新鮮で、色っぽく見えた。
「?」
丸山が、堂島の視線に気づいた。
堂島も、丸山が無言で問いかけていることに気づく。
「あ、いや、ごめんなさい」
その時、突然藤井が堂島の肩を叩いた。
「透さん?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「……何を誰にあやまっているのですか? 私は、あちらに懐かしいものを見つけたのでお誘いに来たのですわ」
堂島は素直に藤井についていく。
お風呂の休憩室の一角にゲームコーナーがあり、そこに向かうようだった。
藤井は古ぼけた台の前に立ち、堂島を手招きした。
「これこれ、これですわ。私、透さんが得意だったこと覚えてますわ」
藤井の前にあるのは、硬貨をそのまま使って遊ぶゲームだった。
右と左に、パチンコのような弾くレバーがあり、右左とルートを上っていき、上の方にある穴まで硬貨を弾いて持っていくゲームだ。
最後の目的である穴に硬貨が落ちると、景品が出てくる仕掛けだ。
景品は硬貨の価値と、そこに至る苦労には、到底見合わないような粗末なものだったが、遊んでいる子供にとっては、達成感と合わせて、非常に価値のあるものだった。
堂島は、右左のルートを見ながら、当時の記憶が蘇ってきた。
同じゲームが学校近くの雑貨屋に置いてあった。
学校帰りに、何度もトライしていた。
お小遣いがない時は、他人がやるのを見て、頭で想像した。
もし藤井がこのゲームを覚えているなら、親戚が集まって旅行をした時だろう。
やはり、こんな感じの温泉近くの休憩所に置いてあった。
堂島は、藤井の期待に満ちた目に気づいた。
「……」
梁巣と、丸山もやってきていた。
「あ、もう出ますか?」
「いえ、堂島くんがやるゲームを見てみたくて」
「遠慮なく腕をふるってくれよ」
堂島は硬貨を取り出した。
ゲームにセットすると、堂島は思い出した。
軽快に硬貨を弾いていくと、いとも簡単に目的の穴に硬貨を入れてしまった。
「そうだ、僕」
堂島は、このゲームで霊視に目覚めたのだ。
コツは、弾くための左右のレバー。
硬貨の重さは狂いほぼない。
ゲーム盤を滑る摩擦も大して変わらない。
すなわち、レバーをどこまで引くかが分かれば攻略できたも同然だ。
しかし、レバーごとにバネの強さが違う。
これをどうやって見抜くか。
幾度もやったプレーヤーが刻んだ『霊』だ。
その霊の『痕』を見て、レバーの弾く位置を正確に再現する。
それだけでよかった。
「えっ?」
ゲーム機が『あたり』の音を鳴らしていた。
すると、なぜか、周囲に大勢の人だかりが出来て、人々の拍手を受けていた。
「お兄さんもう一回やってよ」
「いや、ごめんなさい、まぐれですまぐれ」
堂島は小声で藤井に言う。
「恥ずかしいからここを出よう」
丸山も梁巣も、それを聞いていて、全員で温泉施設を出ることにした。
四人は湖を眺めていた。
藤井が言った。
「あのゲームの攻略だけど。今ならわかるわ。透くん、霊視をしていたのね」
「うん、僕はあの頃、ゲームをうまくこなす方法を探している内に、霊視にたどり着いていたんだ」
「今回も……」
「そうだね。必死に相手を見ている内に、解決方法に行き着いた」
相手を倒すことは出来た。
ついていた霊を全て引き離した。
だが、解決に至る過程で、体の中に取り込んだ湖浜の霊が、今どうなっているのか、この後どんな影響があるのか。それは堂島自身にもよくわかっていない。
「もう湖を見るのも疲れたよ」
そう言った時、今回の事件で亡くなった沢山の遺体の事が、堂島の脳裏を過った。
湖浜が降霊した霊は、死んだ方の『霊』そのものではない。
だが、犠牲にした上で降ろしてきたものだ。
そう考えると、堂島が体の中に取り込んでしまった霊は、亡くなった方の墓標のようでもある。
危険でないなら、このまま納め『弔う』ことにしたかった。
「ええ、そうですわね」
「……ん、もう帰るか?」
「じゃあ、車に戻ろう。次のSAは食事が美味しいのよ」
丸山は車のエンジンをかけると、ゆっくりと駐車場を走らせた。
助手席の堂島は、湖の先に見える施設がある山を見て、手を合わせる。
『さようなら。だけど僕は忘れない』
駐車場を抜け本線に入るまで、車は一気に加速する。
あたりには、丸山の車が巻き起こした風だけが残っていた。
終わり