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除霊

 丸山は呆然と前を見ているだけで、アクセルを踏まなかった。

 湖浜は言う。

「車を出せ。霊力で車を動かしても構わないが、無駄なことに力を使いたくない」

「……」

 丸山は何も反応しない。

 湖浜はルームミラーに映った車を確認した。

「……なぜここに。何故死んでいない」

 丸山の車がゆっくりと止まった。

 車の中から堂島がおりてきた。

「今度こそ確実に消してやる」

 湖浜は車をおりると、後ろから歩いてくる堂島に対峙した。

 堂島はまだ考えがまとまっていなかった。

 湖浜は問いかけた。

「どうやってあの霊圧から抜け出した?」

「知りたいんだ」

 堂島は(あお)るように言葉を返した。

「あなたは降霊により力を得てから、まだ時間が経ってない。最高の力を持っていても、霊力の扱い方に関し、経験や勘はない」

 厳しい顔をした湖浜が左手を前に出す。

「喋らなくとも、今、お前を同じ目に合わせれば、どうやって抜けたかわかる」

 湖浜は左手を振り上げて、霊気を貯める。

 そして腕を振り、堂島へ投げつけた。

 大きな霊気の塊が、頭の上に落ちてくる。

 衝撃を吸収するように堂島はそれを両手で支えた。

「どうだ、二度抜けることは出来ない。強大な力があれば、経験や勘など不要だ」

 大きな霊の塊は自重で変形していく。

 堂島を包み、押し潰そうとしている。

 湖浜は言う。

「そもそも、お前が一番目障りだった」

 車のドアを開け、丸山の手を取って車から出した。

「雑誌で霊視の件を読んだ時、この女の名前が書いてあった。霊力を増幅させるという特異な力がある名前だ。まさか本人かどうかはわからなかったが、試しに呼んでみようと考えた。本物だったら儲けモノ、というぐらいの感覚でな」

 湖浜は、丸山の手を両手で包むように掴み、撫でている。

「来た女は本物だった。だが、この女を呼んだはずなのに、お前がついてきた。霊視する人間が一緒にくると言っていたが、それがお前だった」

 堂島は内側の圧力が、これまで以上に高まっていて、包まれた霊圧に対抗できているのを感じた。

「ネルシャツ。お前は最初から(かん)(さわ)る人物だった。無能のくせに口ごたえは一人前で、腹のたつ男だ」

 湖浜が、堂島に近づいてくる。

 自らの作り出した霊圧の中に、入り込んでくる。

 同じ場所にいるにも関わらず、堂島の体だけが水圧の高い深海にいて、湖浜は地上にいるような状態だ。

「ほら、動けまい」

 湖浜は堂島の腹に拳を押し付けてきた。

 腕の力は強いものではなかったが、霊圧が掛かっている。

「!」

 ゆっくりした動きだったが、堂島の手が、湖浜の拳を掴み、押し戻した。

 湖浜は後ずさった。

「……なぜだ。何故動ける」

 堂島は湖浜の驚きを理解した。

 湖浜に憑いた霊は強力だ。だが、圧倒的に湖浜の経験がないのだ。

 霊視も、霊による遠隔攻撃も、何もかも出来るだろう。だが、霊に対して知識や経験がないため、見えたものの意味を理解できない。

「おい、考えくらいわかる」

 湖浜は『他人(ひと)の考え』を読み取れると言うのか。

 堂島は驚き、思考を言語化する作業をやめた。

「……」

 意識を広げ始めた。

 自らの霊と混じり合った湖浜の霊。体の外から圧力を掛けてくる湖浜の霊。

 丸山を操る霊力、藤井を、梁巣の首を持ち上げている霊。

 そして北上と沓沢を閉じ込めている霊力。

 もし可視化するなら、トンボのような羽を持った小さなネルシャツの男が、空間を飛び回り、魔法のステッキで掛けられた魔法を解除していく様子が描かれただろう。

「!」

 湖浜が気づいた。

 藤井も、梁巣も地に足をつけていること。

 丸山が命令を無視して、離れて行ったこと。

 全ては、この堂島という男が行ったということを。

 湖浜の顔が、怒りに歪んだ。

「押しつぶせないなら、捩じ切ってやる。あのトラックのようにな」

 左手を堂島に向け、指を動かそうとした。

「そうはさせないですわ」

 藤井は右手一本を使った隅落としを仕掛けた。

 霊波が届くと、湖浜は背中からアスファルトに叩きつけられる。

「攻撃が入った!」

 梁巣は驚いた声を上げると、自らも拳を使った連続攻撃を仕掛ける。

「何度も食らうか!」

 湖浜は右手を向けて防御する。

 波動は打ち消されて、湖浜に届かない。

 堂島は湖浜が右手を使う様子を見て、気づいた。

 僕がこの霊圧から抜け出せば、勝てる。

「そもそも、もう疲れ切って霊力も残っていまい」

 梁巣は笑った。

「それはどうかな。俺が何のためにこんな田舎にきて修行してたと思う」

「車に掛けられた仕掛けも見えない男に何が出来る」

「最初からお前が!」

 梁巣は蹴りと拳の複合で遠隔攻撃を仕掛ける。

 湖浜も右手と左手を突き出して、防御しつつ銃弾のような攻撃を仕掛けた。

 危うく急所は外したが、梁巣の黄色いジャージの脇腹は裂け、血肉が弾け飛んだ。

「ウッ!」

 藤井が再び掌底を使った打撃技と、足を払うような投げ技を繰り出す。

 やはり右手を向けただけで波動が消されてしまう。

 隙を見て梁巣も攻撃するが、湖浜はダメージを受けても右手で再生してしまう。

「……」

 藤井は息を切らせながら、言った。

「いずれ、こちらの力が尽きてしまいますわ」

「それでも!」

 梁巣はやぶれかぶれで回し蹴りをうった。

 強い霊波が飛ぶだろうが、モーションが大きすぎるし、そもそもあの右手で無効化されるし、再生されてしまう。

「!」

 右手を梁巣に向けていた湖浜の頭が、激しく揺れた。

 つまり、梁巣の攻撃が無効化されていない、ということだ。

 梁巣は、さらにジャブとストレートのコンビネーションで攻撃を仕掛ける。

 湖浜が右手をその方向に向けるが、腹と顎に攻撃を受けてしまう。

「藤井さん!」

「チャンスですわ」

 藤井も、強引に左手を振って大きな投げ技を放つ。

 湖浜は、右手ではなく、左手を使って、攻めに転じた。

 投げ技で体勢が崩れる中、撃った攻撃が、藤井の右足に当たる。

 痛みで体を支えられなくなり、膝をつく藤井。

 湖浜も藤井の投げの波動を受け、アスファルトに倒れていた。

「何故お前が!」

 湖浜は間近に立っている堂島を睨んだ。

 いつの間にこんな距離にいたのか。

 攻撃の無効化ができないのは、もしかして……

「分解してやる」

 堂島はそういうと、腰を落とし、湖浜の頭に右手置いた。

「透くん!?」

 湖浜の髪を掴んで引っ張るように手を離す。

 再び髪を掴み、引き抜くように手を振る。

「やめろ!」

 湖浜には、堂島が何をしているか理解していた。

「次!」

 今度は右手で湖浜の胸に手を当てた。

 シャツを引きちぎらんばかりに掴んで、引き剥がす。

 シャツのボタンは取れたが、布が引きちぎられることはなかった。

 それでも湖浜は苦しそうな表情を浮かべる。

 何度か胸で引き剥がす、といった行為を終えると、次は右足に行った。

 靴を、靴下を引き剥がすと、その頃には湖浜は意識を失っていた。

 堂島は、左足、左肩、と同様に掴んで引き抜くような行為を続けた。

「これで終わった」

 堂島は立ち上がった。

 彼の右の指は、自らの血と、湖浜の血で染まっていた。

 その右腕の裾で、彼は額の汗を拭った。




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