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藤井の必殺技

 藤井は苦戦していた。

 黒坪の得意な近接格闘にならないよう、距離を保っているのが精一杯だった。

 苦戦する理由は、二つあったが同じことが原因だった。

 一つは左肩の痛みだった。

 痛みも続いているが、出血が止まらない。

 なぜ傷が塞がらないのか。

 疑問に思いながらも、それを気にかけている時間はなかった。

 二つ目は左肩を庇うため、右前の半身の姿勢で構えていることだった。

 不慣れな右前の姿勢ではスムーズに攻撃が繰り出せなかった。

 技を覚える時に、常に左右どちらも練習しろと言われていた。

 しかし、どうしても利き腕や、力が入るやり方には決まりがあり、自然と同じ側の練習が多くなってしまう。

 練習相手も左利き、右利きが同数いるわけではない。実力も然りだ。左右均等に練習するにも限界がある。

 藤井は師匠がどうして『左右』練習しろと言っていたのか、ようやくその意味を理解した。敵が右利き左利きがいるからではない。今の自分のように、状況によっては逆の体勢で技を出さねばならない時があるということだ。

 おそらくもっと別の状況もあるだろう。

 様々なことを思慮した結果の発言なのだ。

「くっ……」

 藤井は練習が偏っていたことを後悔した。

 左の指先が(しび)れてきた。

 まもなく動かなくなってしまうだろう。

 その前に決着をつけなれば……

「俺は憑けられた霊力。お前はそもそも生まれ持って持っている霊力だ」

 黒坪は余裕の表情だった。

「本来なら『生まれ持っていた力』が勝つところだよな」

 左の拳(ジャブ)を数回、突き出した。

「……」

 藤井が右の手刀で払うように波動をぶつけ、無効化した。

「だが、どうだ。降ろされた霊と、俺の霊を受け入れる器の大きさがそれを上回った」

 藤井は背後を取られていた。

 左肩の上から、黒坪が回してくる腕。

 藤井は反射的にそれを掴んだ。

 体勢を崩して、腕を掴んでの投げ。

 流れるような動きは、黒坪が踏ん張った瞬間に崩れた。

「!!!」

 悲痛な叫びと共に。

 藤井の技は、基本、相手の力を利用するものだ。

 だが、自らの力がゼロで良いものではない。

 当然ながら力や体重の差によって、掛かる技と掛からない技がある。

 ましてや今、彼女は肩を怪我していた。

 反射的にうった投げが、自身にダメージを与えてしまった。

「さあ、おしまいだな」

 黒坪は回した左腕で、彼女のか細い首を締め上げた。

 そして藤井の耳元に囁く。

「それとも、今すぐ降伏するなら、お楽しみの時間にしてやってもいいぜ」

 藤井は体を(よじ)り、隙を作ると右肘を黒坪の腹に叩き込んだ。

 首は締まったままだった。

 手応えはあった。

 (まと)う霊気の量が少なかったか。

 藤井は肘打ちを繰り返した。

 だが黒坪の鳩尾(みぞおち)には入らない。

 彼の硬い腹筋の上を叩いているだけだった。

「ほら、これ以上絞めれば、本当に息ができなくなるぞ。俺とやりたくねぇのか?」

 背後の黒坪に肘打ちを入れると同時に、頭を前に倒すよう、体を曲げた。

 首を絞められているので、さほど曲がらなかったが、黒坪は抵抗するように力を入れた。

 瞬間、藤井が力の向きを反転する。

 体をのけぞらせ、黒坪に頭突きを仕掛けた。

 頭突きは空振りしたが、緩んだ腕の中で藤井は体を回転させた。

 腰を入れた右掌底が、黒坪の鳩尾に入った。

「グハッ!」

 わずかだが黒坪と憑いている霊がブレた。

 攻勢だった黒坪が、尻もちをついてしまった。

 気を失うほどではないにせよ、ダメージがあるはずだ。

 藤井は初めて痛む肩を確認した。

 首を大きく曲げ、肩を見ると傷口が塞がらない理由がわかった。

 霊視することで見えた傷口には、黒坪の霊が憑いていた。

 傷が癒えるどころか、広がり、さらに深く裂けていく。

 藤井は決意して大きく息を吸い、静かに吐いた。

「やぁ!」

 自らの左肩に、右の掌底を撃った。

 霊波が乗った、力強い一撃。

 肩にいる黒坪の放った霊を除霊する為だった。

 当然ながら、自らの体にもダメージを与えていた。

「!」

 息を止めて、痛みをやり過ごそうとする。

 口が、目が、顔全体が苦痛に歪む。

 足に震えがきて、立っているのも辛い。

 だが、座り込んでいる時間はない。

 黒坪は正常な状態に復帰しつつある。

 迎え撃たねばやられる。

 藤井は決死の覚悟で左前(・・)に構えた。

 さっきの掌底を受けた左肩は、もはや感覚は無くなっている。

 動かそうとして動くのかもわからない。

 だが、何度も繰り返し覚えた技の型は、左前で構えたものだ。

 右前に構えてうまくいくとは思えない。

「なぜ止めを刺さなかった?」

 黒坪はそう言った。

「俺は復活したぞ、もう同じ手は喰らわない」

「……」

「俺の(くさび)に気づき、除霊して構えを戻したか。だが、左腕は上がらないようだな」

 黒坪が進むと、同じだけ藤井が後退する。

「気が強いな。強い女を抱くとき、征服感がたまらない」

 冷静に藤井は冷静に距離を保つ。

 黒坪が腰を落とした。

「!」

 体が消えたように、素早い動きで背後を取ってきた。

 藤井は背後に右肘を振り出す。

「何度も見た肘打ちを喰らうものか……」

 藤井は背後、左によけた黒坪の左腕を掴んでいた。

 同じ方を向いた状態だ。つまり、動かないはずの左腕で、だ。

「投げ!?」

 藤井は背中を強く黒坪に当て、左腕を前に巻き込んで、柔道でいう一本背負いの形に持ち込んだ。

 楔は抜けているが、出血が止まっている訳ではない。

 感覚もないまま、左腕を引き込む。

 黒坪は、軽くステップを踏んで投げに対応した。

 藤井はそれを察知し、気が遠くなりながらもさらに左腕を酷使しする。

 左腕を振り上げ、体ごとそれを捻じ上げた。

 黒坪が前、藤井が背後をとった形になった。

『ぐぁぁぁ……』

 藤井と黒坪の叫びがシンクロする。

「!」

 藤井は体ごとぶつかる勢いで、右肘打ちを黒坪の背中に叩き込んだ。

 体術としての威力も強かったが、持てる全ての霊気を注ぎ込んだ一撃だった。

 くらった黒坪は、体がブレるどころではなかった。

 手をつく事もできないまま、アスファルトに顔面を殴打した。

 体は突っ張ったように伸びたまま、バウンドした。

 黒坪に憑いていた霊が、突かれた背中から、噴き上がるように体外に出ていく。

 勝った。

 藤井はそう思ったはずだ。

 だが、勝者のはずの藤井は、目を見開いたまま、直立不動の状態で気を失っていた。 




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