火災の中から
丸山の車が障がい者施設に着いた。
「止めて止めて!」
堂島は叫ぶ。
正面に警備室が近づいてくる。
堂島は思わず目を閉じた。
「ほら、止まった。大丈夫でしょ」
「警備員が寝てるのに、どうやって開ければ」
「火災報知器が鳴ってるんだから、唯一の出入り口は通過できるはずよ」
丸山が何を根拠にそんなことを言っているのか、分からなかった。
二人は車を降りて、警備室の横から施設に入る扉に触れた。
「ほら、開いてる。避難経路は鍵がオープンになるのよ」
確かに人命尊重という点で、その仕組みは理屈に合っている。
二人は通路を抜けて施設に入った。
建物に近づくだけで、強い熱が体に伝わってきて、危険なことがわかる。
「事務室の火が強くて、これは……」
建物手前は窓という窓から炎と黒煙が上がっている。
建物の奥側は、そもそも建物の形が無くなっていた。
建物の隅々まで火が回って、中里の生存は絶望的だった。
「中里さん、なんか書いてなかった?」
そう言う丸山と同時に、堂島もスマフォを見返す。
二人が峠道を走っていた時に来たと思われるメッセージが入っていた。
『施設の周りの道は、大型車両は通れないんです。けれど、たまに標識が草木で隠れ、間違って入り込む車があって』
なんのことだ? 堂島は順に読んでいく。
『たまたま、屋上で利用者の衣類を干していて、見てしまったんです。大型のタンクローリーが崖から突っ込んでくるのを』
さっき建物が崩れているの見たが、あの崖から、車が建物に突っ込んだからなのか。
「つまり、施設の屋上ってこと?」
どこもかしこも、炎と黒煙が見えるだけで、人がいるように見えない。
「今、打ち返してる」
丸山が両手を使ってLINKメッセージを入力した。
『助けに来たの。今どこ?』
『来てくれたのね? 嬉しいわ』
「返事があったわよ!」
堂島もスマフォを見ていた。
『もう少しで完成するから、待っててね』
堂島はメッセージに霊を感じた。
「これ、中里さんじゃない!」
「何、それどういう……」
堂島は言葉が出なかった。
建物から出る黒煙とは別に、強い霊気が建物中から一ヶ所に集まってきている。
この量の霊気の集まり方は、災害レベルだ。
丸山は堂島の視線を追って振り返る。
建物の事務所の近く、扉が開いて全身火だるまの人影が出てきた。
全身火だるまにも関わらず、しっかりとした足取り。
丸山は恐怖で息を呑む。
「まさか……」
その人影は小太りなシルエットで、明らかに中里さんではなかった。
炎に包まれた人物は、何かものを投げてきた。
堂島の足元に、落ちて転がる。
「スマフォ!?」
画面をみるとさっき見たLINKのやり取りが表示されている。
「中里さんのだ」
「まさか、この炎に包まれた人は……」
「違いますよ」
堂島は言い切った。
人物は近づいてくる。
ちょっとした埃をはらうかのように右手で、手足、頭を擦っていくと、炎が消えていく。
手ではらうだけで、ただれた肌、黒く焦げた肌が、生きている肌の色に戻っていった。
燃えて焦げた服も元に戻ってしまう。
全てが元に戻り、そこに現れた人物が言った。
「得たんだよ。究極の降霊によって、最高の力を」
「湖浜さん!?」
「ネルシャツ! 馴れ馴れしく我の名を呼ぶな」
湖浜は開いた左手を前に掲げた。
何かスイッチを押すかのように、人差し指を前に倒した。
「!」
堂島は何かに吹き飛ばされた。
地面を転がり、あちこちを擦りむいて止まった。
霊視ができる堂島にはわかっていた。
湖浜から伸びてきた霊気が、自身を弾き飛ばしたのだ。
「堂島くん!」
丸山が堂島に駆け寄ろうとした。
「お前はこっちに来い」
湖浜が左手を引くと、丸山は湖浜の方に引きずられていく。
「えっ?」
丸山は何に引っ張られているのか理解できず、戸惑っている。
堂島は霊視した。
湖浜から伸びた霊気が丸山を掴んでいる。
堂島は左手を胸に置いて心で願う。
『由依さん。僕に力をください』
堂島は立ち上がり、丸山の腕を取ると、引っ張っている湖浜の霊気を手で押し戻した。
「?」
湖浜の霊気はスルスルとその左手に戻っていく。
丸山は勢い余って堂島を通り過ぎてしまう。
堂島は丸山と湖浜の間に立った。
湖浜は、自らの左手を見て言う。
「我の霊気に触れた?」
堂島は思った。
肌着代わりにきている由依サイン入りTシャツが、僕に力を与えてくれたのだと。
「だが、見えるぞ。お前の霊気は小さく、弱い。七十人を生贄にして得た我の霊力とは桁が違う」
湖浜の体から、強く黒い霊気が蛇のように顔を出し、弧を描き、再び湖浜の体に戻っていく。七十人を生贄にして得た力は強く、グツグツと沸騰して、体の外に出ては戻っているを繰り返すのだ。そうでもないと体の中に収まりきれないのではないか。
堂島はそう推察した。
「常々思っていた。大ボスが小物を処理するのに、下らない会話のやり取りをして時間を潰してしまう意味はないと」
湖浜が振り上げた左手の上に、大きな霊気の塊が作られていく。
「これでおしまいだ!」
投げつけるように腕を振ると、大きな霊気の塊が堂島の頭上に落ちてくる。
飛び退こうとしても無駄だ。塊は大き過ぎた。
代わりに堂島は押しつぶされまいと、手で支えることにした。
「丸山さん逃げて!」
「女はこっちに来い」
再び湖浜の左手が動くと、丸山の体が吹き飛び、あっという間に合えば湖浜の腕の中にいた。
丸い塊に向け堂島は両手を突き上げ、支える。
関節が曲がったら一気に潰されてしまう。
丸かった霊気が、堂島の周りに垂れてくる。
潰されなくとも、包まれて、取り込まれてしまう。
堂島は真上に腕を伸ばしながら、恐怖した。
霊気が見えない人から見れば、堂島はただ腕を伸ばして立っているだけに見えるだろう。
「どうせ死ぬのに抵抗しよって……」
湖浜は丸山の背中から腕を回して抱き寄せると、首すじを舐めた。
丸山の瞳、その光が失われた。
「さあ、街へおり、新たな王として皆に力を示そう」
『わかりました』
湖浜がまた左手を振ると、施設の唯一の出入り口の扉に大きな穴が空いた。
二人は壊した通路を通り、施設の外へ出ていってしまった。
堂島は押し潰されないようにするのが精一杯で、丸山が連れ去られるのを、ただ見ていることしかできなかった。