依頼
堂島は仕事を持たないニートであり、金に困っていた。
生活自体は両親の稼ぎで続けることが出来たのだが、先日の漁港の事件のせいで、必需品が壊れてしまっからだ。
壊れたのはタブレット型のコンピュータだった。
漁港の事件の際、爆発する車にバックパックを向け盾にした。
爆発物から飛んできた殺傷力を増すための金属片が、バックパックのコンピュータに刺さったのだ。
それに気づいた時、堂島は全身が震え出した。
一つ場所がズレていたら、死んでいたかもしれない。
爆発物に対して、バックパックを盾にしたことがいかに無謀だったのかを知った。
時が経つと、日々の生活に流され、死の恐怖も薄らいだ。
そして、止まってしまったコンピュータを買い直すことを考え始める。
コンピュータ自体がないわけではない。
それとデータはクラウドにバックアップされているので、参照は可能だった。
だが、部屋のどこにいても使えるし、移動先やベッドの上などでは、タブレット型コンピュータが最適だった。
通常のコンピュータの不自由さに耐えきれず、堂島は決断した。
決まった仕事のない堂島は、仕事を求め『丸山』に電話をかけた。
丸山というのは知り合いの『丸山豊子』という名の雑誌記者だった。
今回の事件で助けてくれた『警視庁の北上』と知り合ったのも、この丸山という雑誌記者のおかげだった。
『堂島くん久しぶり。今日は、どうしたの?』
「あの…… お金がなくて。何かお金になることないですか」
『どストレートね。そういえば、この前の漁港の街頭演説、ちらっと堂島くん映ってなかった?』
鋭い。と堂島は思った。いや、それとも、いつもいつも赤黒いネルシャツを着ているせいだろうか。
「わかっちゃいました?」
『一目散に党首の方向へ走っていったわね』
「この話、記事になるなら、お話しますよ。話したら取材協力費とか、もらえません?」
電話の向こうでキーボードを叩く音がした。
『大した額にはならないけど、それでもよければ』
「お金になるなら!」
二人は待ち合わせ時刻と場所を確認すると、電話を切った。
一時間後、二人は周囲が倉庫で囲まれた駅の喫茶店にいた。
「そんなにはっきり見えたの?」
「ええ。もう決意している感じで、犯罪秒読みという感じでした」
「車に仕掛けられたことが分かってるなら、なぜもっと早く警察に連絡しなかったの?」
堂島は、その前に騒いでしまったことが失敗だったと話した。
「だから、ギリギリまで引きつける必要があったんです」
「まぁ、そう言われるとそうね。先に言っても信じてくれないのがオチよね」
「一応、その時のバックパックとタブレット型コンピュータ、持って来ましたよ」
丸山は右手でメガネを押し上げた。
「……」
バックパックとタブレット型コンピュータの写真を一通り撮ると、丸山は言った。
「顔は写さないから、その時の様子を再現した写真も撮らせて」
細かい質問や、雑談を含めながら様々話しを終えると、二人は喫茶店を出た。
「そこらへんの駐車場をみて、撮影させて」
あちこち歩き回り、漁港の駐車場に似た雰囲気の場所を見つけた。
「ほら、しっかり再現して。そしたらモデル代も追加してあげるから」
堂島はどれだけ少額なのかは知っていたが、少し増えると聞いてやる気になった。
丸山がスマフォで撮影すると、言った。
「うん。これでいいかな。一応、本になったらお金払うって仕組みだから、けっこう先の話よ?」
「……仕方ないですよね」
「……」
丸山は堂島の寂しげな顔をみてから、顎に指を当て、少し考えた。
「もし良ければ、だけど」
「なんですか?」
「その霊視の能力でお金稼ぐ気ある?」
そう言うと、丸山は左手で長い髪を肩の後ろへとはらう。
堂島は、例の漁港の事件を思い出してしまった。
霊視をすると『自分の命を失う』可能性があるということを。
「……犯人逮捕に協力、とかじゃなければ」
「うん、私もそういうのは怖いから、ただ見るだけのやつに限るつもりだけど」
「当然、見えても除霊できませんし」
「わかった。そこも付け加えておこう。あと、斡旋料、私が貰うけど」
いくら抜くつもりか分からないが、堂島はそれを丸山の当然の権利だと思っていた。
「ええ。以前からそうでしたし」
「決まり。じゃあ、記事が載った本にそれっぽい霊視の募集もかけちゃうね」
もしかして、たくさんの依頼が来てお金持ちに……
堂島は軽く妄想した。
次々にやってくる人を、次々と面接して、ズバズバと霊視する。
時に、本当にヤバイ奴もいて、その場で乱闘になったりするが、霊視の力でその場を納めてしまう。
スーパーヒーローのような自分。
いや、そうはならない。
堂島は思い出していた。
霊がついていることを指摘すると、怒った男から首を絞められ、殺されそうになった過去。
白赤コーデの親戚がやってくると、そんな悪霊は一瞬で除霊してしまう。
見えるだけで、除霊できない人間は所詮足手纏いなのだ。
過去、何度もそうだったじゃないか……
けど、今度こそ。
除霊はしない、と言う前提なら、きっと。