三十五人
四人は中央駅から丸山の車に乗るため、民泊になっているアパートに歩いて向かっていた。
道は一本道。
道の両サイドは畑で、見晴らしがいい。
こんな田舎で、そもそも人は少なかったが、四人は歩道を歩いている間、他の人とすれ違わないし、車も見かけなかった。
藤井はたまらず言った。
「この地域、いつもこんなに閑散としているのでしょうか?」
「玲香ちゃん、何日もここにいるわけじゃないけど、流石に違うと思うよ」
堂島は警戒するように周りを見た。
「そうだな。少なくとも車は走ってる」
「透さん、山を見てください」
「?」
堂島は立ち止まって山を見た。
「何も変な感じはないけど」
「いつもは見えるものが見えない、とかそう言うことも無いかしら」
山だけはなく、周りをぐるぐると見回す。
強い弱い、多い少ないはあるにせよ、浮遊している霊が見えたりするものだ。
人がいないのと同様に、霊も見えない。
「確かに、おかしいよ。霊気がなさすぎる」
「皆さん、急いで警察署に行きましょう。情報がないまま、我々だけでここにいるのは非常に危険ですわ」
藤井が走り始めた。
すると梁巣が走って抜かしていく。
「俺が道案内する」
四人は一列になって歩道を走り始めた。
走っている内、丸山が疲れて遅れてしまった。
「丸山さん、大丈夫ですか?」
気づいた堂島が立ち止まって振り返る。
「梁巣さん、玲香ちゃん! やばい」
藤井が振り返り、先頭の梁巣も立ち止まった。
後ろから大きなトラックが走ってきている。
ただのトラックに見えたが、堂島には違って見えた。
「あのトラック、死体が…… 死体が積まれてる!」
トラックが近づいてくると、運転席に黒坪が、助手席に和森が乗っているのがわかる。
「梁巣くん、これは私たちで止めねばなりません」
藤井は梁巣のジャージの袖をつまみ、引っ張った。
「戦うってことか」
「あなたにそれ以外何が出来るのですか」
「言ってくれる」
藤井と梁巣は肩で息をしている丸山より後ろに行った。
「透さん、丸山さんと早く車に乗って、警察署に向かうの」
「玲香ちゃんは?」
「大丈夫。梁巣さんがいますから」
「……」
梁巣が言う。
「迷うな。急げ!」
堂島は丸山の腕を引っ張りながら、道を走っていく。
「まずは、トラックを止めます」
「はぁ!?」
藤井の発言に、梁巣は声が裏返っていた。
「トラック止めるなんてとんでもねぇぞ」
「タイヤを狙いましょう。ピンポイントで固め撃ちすれば穴くらい開くはずです。時間がありません、右のタイヤに波動を全力で波動をぶつけて」
藤井は連続で手刀を繰り出し、梁巣はローキックとパンチをコンビネーションで繰り出す。
右のタイヤに向けて、集中的に霊の波動が飛ぶ。
霊の波動は、物理的なダメージも与えられるが、大型トラックの分厚いタイヤ、しかも回転している状態のものに穴を開けるのは、簡単なことではない。
現に、トラックはなんの影響も受けずに走り続けている。
「もっと速く。波動を密に」
梁巣は足を止め、腰を入れたパンチを高速で撃ち出すスタイルに変えた。
藤井は大きな、隙のない波動を撃つため、回転しながらの連続肘撃ちを行う。
すると、びくともしなかった大型トラックのタイヤに変化が起こった。
大きく変形し、波打ち始めたのだ。
「くっそ!」
梁巣は息を吐き、速度を速めた。
霊の波動は、これまでなかったほどの密度に達し、タイヤを直撃した。
波打っていたタイヤはタイヤハウスにぶつかり、弾けた。
梁巣と藤井は、飛んできたタイヤの破片を軽々と避ける。
トラックはコントロールを失って、道を塞ぐように横になってから、止まった。
止まったトラックは、荷台を上げ始めた。
載せていたものが道路へ落ちていく。
載せていたのは死体だ。
死体は全員、施設の利用者と思われる服を着ている。
藤井の計算では推定三十五人の遺体。
それが道路に山と積まれた。
助手席側の扉が開き、和森が飛び降りてくる。
「やってくれたな」
藤井は、黒ずくめの男を見て、身構えた。
「その遺体で何を呼び出そうとしたのかしら?」
「?」
和森は荷台の振り返って少し考えるが、向き直って言った。
「不要だから処分しただけだ。お前ら二人とも、今ここで遺体に殺されろ」
大型トラックを回り込んできた、短髪の男が言う。
「和森さん、この女、殺す前に俺にやらせてくださいよ」
短髪の男は、黒坪だった。
「好きにしろ」
黒坪はいやらしい笑みを浮かべた。
藤井は合気道スタイルで構えた。
「あなたにやられるわけないでしょう」
梁巣が言う。
「奴は、出来るぞ」
「……少しは出来るのね」
「こっちから行くぞ」
藤井は姿勢を少し下げた。
和森が大きな声で指示を出す。
「我が僕となりし死体よ、動き出せ。そして、目の前の敵を排除せよ」
トラックの後ろの山となっていた死体が『もぞもぞ』と動き始める。
山を離れると、上の死体が下に転がり、痙攣する。
紐で引き上げられたかのように立ち上がり、梁巣たちに向かって歩いていく。
目が開いている者、目を閉じたままの者、片目だけ開けている者もいる。
死体は霊で突き動かされていて、肉体の器官が文字通りに働かなくとも用が済んでしまうのだ。
梁巣は笑った。
「数は多いかも知れないが、もう骨は掴んでるんだぜ」
梁巣が大きなモーションから、動く死体の霊の『紐』を切るように蹴りを繰り出した。
「隙だらけだな」
肉体的には届かないはずの和森が、ローキックの動きをする。
藤井が、払うように手刀を振り下ろす。
「お前は、俺を無視するな!」
黒坪が正面を蹴るように右足を突き出す。
ここにいる全員が『霊波による遠隔攻撃』を会得しているのだ……
藤井は、体の正面で腕を十字に交差させ、黒坪の攻撃を受けた。
霊波は、体格の違いによる差が生まれない。
本当に黒坪の前蹴りを喰らったら、後ろにズレているはずだった。
しかし、この場合、純粋な霊力の違いが戦いに現れる。
藤井の霊力は、黒坪の攻撃に優っていた。
ゆえに藤井の体は数ミリさえ動かなかった。
梁巣は、軸足に和森のローキックを受けた。
和森のローキックの波動は、藤井の手刀で弱まっていたが、梁巣の波動の飛び先を狂わせるには十分だった。
梁巣の撃った波動は動く死体ではなく、何もない場所へ飛んで消えた。
「やるね、お嬢さん」
黒坪は手を叩くと声を上げた。
「思い出した。こいつ未葉だ! アイドルの未葉。爽やか清涼飲料水のCMにでてる女」
「まさか、アイドルが霊能者なわけないだろう」
和森は鼻で笑った。
梁巣が突っ込む。
「この人は未葉じゃないぞ」
「やりとりに混じらないで」
そう言ってから、藤井はさらに続けた。
「梁巣さん、一旦引きます。死体が近づいていて、不利です」
連中は適当に会話し、動く死体が近づくのを待つつもりなのだ。
「待って藤井さん!」
藤井の声に振り返った梁巣は、走って藤井を追った。
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