表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/38

除霊能力

 中央駅で、藤井が到着するのを待っていた堂島、丸山、梁巣の三人は、駅に向かって放たれた死体に気づいた。

 死体は霊でドライブされており、ゾンビの如く動く。

 中央駅と言っても駅前の店は、開店休業状態で店員は奥に引っ込んでいるし、客もいなかったが、タクシーの運転手だけが外にでいた。

 駅舎を出た梁巣は、タクシー運転手がタバコを吸っているのを見つけた。

「おっさん、逃げろ!」

 声をかけられた運転手は、駅に向かって歩いてくる死体に気づいた。

「イタズラ番組か? 動画配信か?」

「違う! やばいから逃げろって!」

 梁巣は左足を振り抜いて、運転手に近づいた死体の足を攻撃した。

 彼の蹴りは、霊の波動を伴って、動く死体の足に当たる。

 梁巣の遠隔蹴りをくらった死体は、顔から勢いよく倒れる。

 死体に、生きた人間の反射はない。

 倒れ方の異常さに、タクシー運転手は恐怖を感じた。

「うっ……」

 ゆっくりと立ち上がる死体には、倒れた時についた細かい傷が赤黒く見えた。

「おっさん、逃げるか、車に入って」

「わかった!」

 幸い、動く死体の動きは遅かった。

 運転手はタクシーに乗り込むと、ロータリーを回って市街に抜けていった。

「さあ、どうやって(霊を)抜いてやるか」

 梁巣は右腕を下げ、溜めてから上に振り上げた。

 絶対に届かないはずの距離を飛び、狙った死体に波動が届く。

 一番近くに来ていた動く死体は、顎を下から打ち抜かれ、仰向けに回転するようにひっくり返った。

 かなり激しい打撃であり、生きた人間なら脳震盪を起こしているだろう。

「抜けねぇ。霊に打撃が入ってねぇ」

 梁巣にも、霊そのものが見えなくとも『手応え』はわかっている。

 ダメージがあったのか。それが肉体に対するものなのか、霊に対するものなのか。

「まだ修行が足りないってか」

 梁巣は顔を伏せた。

 目を伏せて、口を固く閉じていたが、笑った。

「なら、こっちだって全力を出す。万一肉体にダメージを与えても、そもそも死体だしな」

 梁巣は足を広げ、腕を開いた。

 息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。

 肘を曲げ、拳を作る。

 正面に向かってくる動く死体に、届かないジャブを繰り出す。

 左、左、そして右のストレート。

 左ローキック、右ミドル。

 左ジャブで牽制し、回し蹴り。

 全ては霊力が込められた、波動となり、動く死体の先頭に届いた。

 死体の頬は複数の打撃により裂け、右足がつまずいた様によろける。

 さらに体の左側からミドルキックを受けて、よろけていた右に倒れてしまった。


「……」

 堂島は駅舎の中から、その様子を見ていた。

 梁巣の繰り出す霊の波動は、除霊できるだけの力があった。

 しかし、全く効果がない。死体を突き動かしているのは霊力であり、その霊力は梁巣の攻撃でダメージを受けるはずだった。

「何かが違う」

 堂島は、駅舎の床這うような、風の様な霊気を見た。

 その霊気は、丸山の足元から、丸山の体に入っていく。

「丸山さん!」

 何かが入ったように体が波打つように動いた。

 目は閉じて、寝ている様だが、口が開いた。

『この女をおいて、立ち去れ』

「黒坪だな! いや、和森か」

 操っている相手が誰なのか、確証を得られないままの当てずっぽうだった。

『従うのか、従わないのか』

 堂島ははっきり言った。

「渡すか」

『ならば死ね』

 丸山の体が立ち上がった。

 彼女は強い力で操られている。あの日、アパートの一室で襲われた時と同じだ。

 外にいる動く死体と同じ様に、肩をゆすって歩いてくる。

 堂島の中で『僕は除霊出来ない』という絶望感だけが広がっていく。

 所詮、見えるだけで、除霊できない人間は所詮足手纏いなのだ。

 過去、何度もそうだったじゃないか……

 それなのに、僕はまたやらかしてしまった。


 梁巣と動く死体は、手の届く距離での戦いに変わっていた。

 動く死体ではあるが、ゾンビではないので、噛みつきはしない。

 だが、後ろから首を絞めてきたり、腕を取って動けない様にしたり、目や金的を狙って拳を突いてくる。

 梁巣が一人、一人、先回りして転ばしてしまうので、何とか戦えていたが、同時に襲ってきたら……

 起き上がってくる順に倒して時間を稼ぐが、次第に体の疲れがやってくる。

 急性呼吸障害(チアノーゼ)

 人間が戦う格闘技にはラウンドに制限時間があって、一定の休みを入れて再開するには訳があるのだ。

 だが、霊でドライブされる死体に呼吸はいらない。

 確実に除霊できる方法を、見つけないことには梁巣の勝ち目はないのだ。

 単なる力ではない。何かテクニックなのか。

 梁巣は朦朧としていく意識の中で、考える。

 五体の動く死体との距離が、狭まってきている。

 同時に襲い掛かられた時が、終わりの時だ。


 堂島は大声で叫んでいた。

 駅員がいれば、少なくとも丸山に殺されないだろうと考えていた。

 だが、堂島の声に答える駅員はいなかった。

 曲がりなりにもここは中央駅であり、無人駅というわけではない。

 堂島は窓口から事務室を覗き込むと、理由がわかった。

 机に突っ伏している職員から霊気が見える。

 丸山に霊が戻ってきたのと同じように、職員にも霊がついていた。

 駅員に何かをさせる必要はない。手出しせず、寝ていればいいのだ。

 そうすれば動く死体か、丸山が何とかしてくれる。

「そうだトイレに篭ろう」

 振り返って、トイレに走り出そうとした。

「!」

 意識の外にいた丸山に、足をかけられた。

 バランスを崩した堂島は、手で支えて顔を打つことは避けられた。

 しかし、膝を強く打ち付けてしまい、立ち上がるのが遅れた。

「丸山さん!」

 堂島に馬乗りになった丸山は、両腕を強く伸ばし、堂島の首を絞めた。

 すぐに体重を乗せてくる。

 必死に丸山の腕を掴んで、外そうとする。

 だが、その抵抗も長くは持たない。

 奇跡が起こらない限り、堂島たちの負けは確定的だった。

 視界が狭まり、意識が飛びかけた時。

 呼びかける声が聞こえた。

「……とおるくん」

 腕に力を入れてないのに、呼吸が出来る。

「透さん、起きてください」

 丸山さんの姿はなく、天井が見える。

 声は、フワフワに広がる赤いガウチョパンツの上から聞こえてくる。

「私、急いで梁巣くんを助けに行きますので、勝手に起き上がってくださいよ」

 堂島は体を起こした。

 駅舎を出ていく赤いガウチョパンツに白い長袖のTシャツ。

玲香(れいか)ちゃん……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ