除霊能力
中央駅で、藤井が到着するのを待っていた堂島、丸山、梁巣の三人は、駅に向かって放たれた死体に気づいた。
死体は霊でドライブされており、ゾンビの如く動く。
中央駅と言っても駅前の店は、開店休業状態で店員は奥に引っ込んでいるし、客もいなかったが、タクシーの運転手だけが外にでいた。
駅舎を出た梁巣は、タクシー運転手がタバコを吸っているのを見つけた。
「おっさん、逃げろ!」
声をかけられた運転手は、駅に向かって歩いてくる死体に気づいた。
「イタズラ番組か? 動画配信か?」
「違う! やばいから逃げろって!」
梁巣は左足を振り抜いて、運転手に近づいた死体の足を攻撃した。
彼の蹴りは、霊の波動を伴って、動く死体の足に当たる。
梁巣の遠隔蹴りをくらった死体は、顔から勢いよく倒れる。
死体に、生きた人間の反射はない。
倒れ方の異常さに、タクシー運転手は恐怖を感じた。
「うっ……」
ゆっくりと立ち上がる死体には、倒れた時についた細かい傷が赤黒く見えた。
「おっさん、逃げるか、車に入って」
「わかった!」
幸い、動く死体の動きは遅かった。
運転手はタクシーに乗り込むと、ロータリーを回って市街に抜けていった。
「さあ、どうやって(霊を)抜いてやるか」
梁巣は右腕を下げ、溜めてから上に振り上げた。
絶対に届かないはずの距離を飛び、狙った死体に波動が届く。
一番近くに来ていた動く死体は、顎を下から打ち抜かれ、仰向けに回転するようにひっくり返った。
かなり激しい打撃であり、生きた人間なら脳震盪を起こしているだろう。
「抜けねぇ。霊に打撃が入ってねぇ」
梁巣にも、霊そのものが見えなくとも『手応え』はわかっている。
ダメージがあったのか。それが肉体に対するものなのか、霊に対するものなのか。
「まだ修行が足りないってか」
梁巣は顔を伏せた。
目を伏せて、口を固く閉じていたが、笑った。
「なら、こっちだって全力を出す。万一肉体にダメージを与えても、そもそも死体だしな」
梁巣は足を広げ、腕を開いた。
息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
肘を曲げ、拳を作る。
正面に向かってくる動く死体に、届かないジャブを繰り出す。
左、左、そして右のストレート。
左ローキック、右ミドル。
左ジャブで牽制し、回し蹴り。
全ては霊力が込められた、波動となり、動く死体の先頭に届いた。
死体の頬は複数の打撃により裂け、右足がつまずいた様によろける。
さらに体の左側からミドルキックを受けて、よろけていた右に倒れてしまった。
「……」
堂島は駅舎の中から、その様子を見ていた。
梁巣の繰り出す霊の波動は、除霊できるだけの力があった。
しかし、全く効果がない。死体を突き動かしているのは霊力であり、その霊力は梁巣の攻撃でダメージを受けるはずだった。
「何かが違う」
堂島は、駅舎の床這うような、風の様な霊気を見た。
その霊気は、丸山の足元から、丸山の体に入っていく。
「丸山さん!」
何かが入ったように体が波打つように動いた。
目は閉じて、寝ている様だが、口が開いた。
『この女をおいて、立ち去れ』
「黒坪だな! いや、和森か」
操っている相手が誰なのか、確証を得られないままの当てずっぽうだった。
『従うのか、従わないのか』
堂島ははっきり言った。
「渡すか」
『ならば死ね』
丸山の体が立ち上がった。
彼女は強い力で操られている。あの日、アパートの一室で襲われた時と同じだ。
外にいる動く死体と同じ様に、肩をゆすって歩いてくる。
堂島の中で『僕は除霊出来ない』という絶望感だけが広がっていく。
所詮、見えるだけで、除霊できない人間は所詮足手纏いなのだ。
過去、何度もそうだったじゃないか……
それなのに、僕はまたやらかしてしまった。
梁巣と動く死体は、手の届く距離での戦いに変わっていた。
動く死体ではあるが、ゾンビではないので、噛みつきはしない。
だが、後ろから首を絞めてきたり、腕を取って動けない様にしたり、目や金的を狙って拳を突いてくる。
梁巣が一人、一人、先回りして転ばしてしまうので、何とか戦えていたが、同時に襲ってきたら……
起き上がってくる順に倒して時間を稼ぐが、次第に体の疲れがやってくる。
急性呼吸障害。
人間が戦う格闘技にはラウンドに制限時間があって、一定の休みを入れて再開するには訳があるのだ。
だが、霊でドライブされる死体に呼吸はいらない。
確実に除霊できる方法を、見つけないことには梁巣の勝ち目はないのだ。
単なる力ではない。何かテクニックなのか。
梁巣は朦朧としていく意識の中で、考える。
五体の動く死体との距離が、狭まってきている。
同時に襲い掛かられた時が、終わりの時だ。
堂島は大声で叫んでいた。
駅員がいれば、少なくとも丸山に殺されないだろうと考えていた。
だが、堂島の声に答える駅員はいなかった。
曲がりなりにもここは中央駅であり、無人駅というわけではない。
堂島は窓口から事務室を覗き込むと、理由がわかった。
机に突っ伏している職員から霊気が見える。
丸山に霊が戻ってきたのと同じように、職員にも霊がついていた。
駅員に何かをさせる必要はない。手出しせず、寝ていればいいのだ。
そうすれば動く死体か、丸山が何とかしてくれる。
「そうだトイレに篭ろう」
振り返って、トイレに走り出そうとした。
「!」
意識の外にいた丸山に、足をかけられた。
バランスを崩した堂島は、手で支えて顔を打つことは避けられた。
しかし、膝を強く打ち付けてしまい、立ち上がるのが遅れた。
「丸山さん!」
堂島に馬乗りになった丸山は、両腕を強く伸ばし、堂島の首を絞めた。
すぐに体重を乗せてくる。
必死に丸山の腕を掴んで、外そうとする。
だが、その抵抗も長くは持たない。
奇跡が起こらない限り、堂島たちの負けは確定的だった。
視界が狭まり、意識が飛びかけた時。
呼びかける声が聞こえた。
「……とおるくん」
腕に力を入れてないのに、呼吸が出来る。
「透さん、起きてください」
丸山さんの姿はなく、天井が見える。
声は、フワフワに広がる赤いガウチョパンツの上から聞こえてくる。
「私、急いで梁巣くんを助けに行きますので、勝手に起き上がってくださいよ」
堂島は体を起こした。
駅舎を出ていく赤いガウチョパンツに白い長袖のTシャツ。
「玲香ちゃん……」