堂島の目に映ったもの
警備室にいた堂島は、北上と一緒に車に戻った。
梁巣は、堂島の顔を見るなり言った。
「いや、車の中はさ喉が渇くんだよ。外に水を飲みに行って、戻ってきたらいなかったんだ」
沓沢が言った。
「そんなことはどうでもいい。なんにせよ気づくのが遅すぎる」
「……」
沓沢がそう言うのも無理はない。
丸山は手と胴を縛っていて、上手く動けなかったはずだ。
そんな丸山が、警備室まで行き、縄を解いてもらうようにお願いしている。それなりに時間があったのだ。いないことぐらい、その間に気づくべきなのだ。寝ていたか、完全に注意が逸れていたとしか思えない。
誰も喋らない車内で、沓沢が口を開いた。
「終わったことはいい。それより堂島くん、点呼で何かわからなかったか」
「確証まではないですが、数えた人数より、本当の利用者は少ないはずです」
「根拠は?」
北上は三階のトイレで言われたことを思い出した。
「思い出してください。点呼している時、やたら疲れたってこと」
「確かに、今はさっきほど疲れていないな。精神的なものだろう」
堂島が言った。
「沓沢さんの言う通りです。おそらく和森のまとっている霊が、我々を疲れさせていたんじゃないかと」
「どうしてそんなことを? あんなに疲れたら点呼に時間がかかるばっかりだ」
「時間かけさせたかったんですよ」
堂島は自分の考えを述べた。
「三階と四階で点呼している時、私はその『疲れ』の影響範囲から逃れ、集中して霊視を行いました」
「で?」
「丸山さんと同じような霊気を、利用者から見たんです。操り人形のような、何かを」
「つまり、どう言うことだ。はっきり言え」
堂島は言った。
「おそらく、ワンフロアずつ利用者を移動させてた」
「つまり、我々は同じ利用者を何度も数えていた?」
そうだ。堂島は思った。
和森が最初の利用者の部屋を開ける前、突然、これから会うのは『障がい者』だとに釘を差して来たのも気になっていた。
同じように見えるかもしれないけど『障がい者』だから『そういう可能性がある』と言ったのだ。政治家であり、記者などの前でそんな発言したら、人間の尊厳を傷つける問題発言として政治生命に関わるほどの内容だ。
だがそんな内容を、あの場で言い切った。
つまり、我々に『同じ顔』がいても別人だと思わせようとしていたに違いない。
堂島はそう話をした。
「……結果、どれくらいの利用者がいるのかわかりませんが、あのリストの利用者数より少ないことは確かです。ワンフロアずつやらないと誤魔化せないほどに」
「証拠はないがな」
沓沢はいつものようにそう言った。
「そうですね。現時点では霊視だけが根拠です。建物内の監視カメラ映像を見ればわかるはずですが」
「今すぐ乗り込むか」
北上が言った。
「和森が言ってましたよね。建物内のカメラ映像はそう簡単に見せてくれないと思いますよ」
「だが見れば一発だ」
その時、沓沢のスマフォが大きな音を鳴らした。
すぐに電話に出ると、沓沢は数回返事をすると切った。
「和森が圧力かけて来た」
「沓沢さん、どういうことです?」
「すぐに署に戻れだと」
沓沢と北上は署に戻ることになった。
堂島は藤井を迎えに行かなければならない為、中央駅に落としてもらう。
梁巣も堂島と一緒に中央駅で車をおりた。
「何かあったら連絡する」
堂島は、そう言った北上に手を振って見送った。
寝ている丸山は、梁巣と協力して駅の待合室に座らせた。
「けどよ、障がい者施設に『障がい者』がいないってどういうことになるんだ?」
失踪していて、それを施設ぐるみで隠している。
規模、つまり利用者数に応じて、国から助成金がてるのかもしれないし、利用者数を維持していることは非営利団体にとって重要なことなのかもしれない。
「わからないです」
「それと、失踪した障がい者がどこにいるのか」
それもわからない。
施設内で言った通り、和田は自らの意思ではなく誰かに操られて芦田を殺したと思われる。そして誰かに操られて警察署のトイレで自殺した。
和田が殺した施設職員の芦田は、利用者失踪の秘密に近づいたのかもしれない。
だから和田を操り、殺した。
和田を操っている男は…… それは和森に違いない。
今日も利用者を操って、本当にいる人数より多くいるように見せかけた。
和森は障がい者を失踪させ、何をしようとしているのか。
そして失踪した障がい者はどこにいるのか。
「!」
丸山の髪が、堂島の顔に掛かった。
まだ彼女は寝ていて、今、堂島にもたれ掛かって来た。
「丸山さん!?」
起こそうと右腕を動かすと、柔らかいものにあたった。
「あのあの、わざとじゃないんです」
見ると彼女の襟元が少し開いていて、大きな胸の谷間が見えていた。
やばい。
今、僕、どれくらい胸を見ていただろう。
丸山さんに変態なのがバレちゃう。
堂島は焦った。
寄りかかってくる丸山の体勢を正しく直そうと押し戻そうとすればするほど、余計なところに手が当たってしまう。
堂島は思い切って肩に触り、椅子にまっすぐ座らせた。
「おい!」
梁巣の声に緊張感があった。
梁巣は立って、駅舎の外を見ている。
「なんか仕掛けて来たんじゃないか」
誰が何を仕掛けて来たのだろう。
「どこ?」
「たたないと見えない」
堂島は顔を赤くした。
梁巣は椅子から離れない堂島から顔を背けると、言った。
「そうだよな。オメェは見る人。俺はヤる人だ。ようやく俺のターンだってことだ」
梁が何を見ているのかがわからない。
だが、堂島にも見ている方向に霊気が見えた。
それは丸山にもつけられていて、和田にも、施設の利用者にも見えたものだ。
遮蔽物を通して感じているだけなので、細かくは分からない。
「どれくらいいるんですか?」
「四、五人ってところか」
梁巣は駅に待機している一台のタクシーに気づいた。
運転席は空だ。
「まずい。運転手の野郎、車の外に出てやがる」
堂島はようやく股間が収まって立ち上がった。
そして駅舎の外にいる『モノ』を見た。
「死体だ。動く死体」
梁巣は駅舎の外に出た。
「こっちから迎え打つ」
ゆらゆらと肩を揺する様に、ゆっくりと進む死体は、ゾンビそのものだった。
堂島がよく見ると、死体は施設の病衣を着ていた。
まさか兵隊の様に使うために、利用者を殺して保管していたのか?
何の為に?
堂島はそれを考えた人間の狂気を感じ、震えた。