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恐れ

 扉の向こうを霊視しようとして、数十秒で堂島は疲れてしまった。

 どうしてこんなに見えないのか。

 堂島だけでなく、沓沢も、北上も異様な疲れを見せている。

 施設自体に何か疲れさせる要因があるのか。

 しかし、それならば、今回だけではないはずだ。

 利用者に何かあるようにしか思えない。

 考えることは出来るのに、いざ霊視をしようとすると、力が入らない。

「どうした?」

 沓沢が扉に向かっている堂島のそばにやって来て、肩を叩いた。

「いつもなら出来る程度の霊視ができなくて……」

「緊張するからだ。俺もたまに裸の嫁さんと対峙すると緊張して肝心なことが出来なくなる。気持ちの問題なんだろうな」

 堂島は黙ったままだ。

「沓沢さん、そういうの、彼には分からないですよ」

「なんだ、堂島はどうて……」

 北上が沓沢の口を押さえて、その先を喋らせなかった。

 いや、分かる。と堂島は思った。下の話は、ギャグとして面白いと思わないだけだ。

 沓沢が北上の手を振り払った。

「開いた口に指を突っ込んでくるな」

「あんまりそう言う話を若者にしない方がいいですよ」

 扉から鍵を開ける音がして、三人は扉から少し下がった。

「さあ、三階の点呼に向かいましょうか」

「……」

 三人は、全員同じような虚な目をしていた。

「お疲れですかな。こちらは終わりにしても構いませんが」

 沓沢が肩をぐるぐると大きく回しながら、言った。

「……いや、大丈夫。ちょっと肩が痛かっただけだ」

 真っ黒なスーツの和森を先頭に、階段を上っていく。

 堂島は一番後ろをついていく。

 さっきまでより、心持ち距離をとるように、ゆっくりと階段を進む。

 一歩、一歩、じっくり進むと、疲労が回復していくように思えた。

 すでに三階に着いている沓沢さんから声がかけられる。

「堂島くん、早く来い」

 もしかしたら、と堂島は思った。

 霊視を直接阻害することが出来ないとしても、疲れさせれて霊視が困難になっていれば、同じことだ。和森は僕に疲労を与えて霊視を出来なく、出来ても制度を低く差せようとしているのかもしれない。

「沓沢さん、先に点呼してください。僕は次の部屋から参加します」

「わかった」

 沓沢はそういうと、和森に扉を開けさせた。

 利用者の名前を呼び、返事をすると和森が褒めてあげる。

 今までと全く同じ流れ。

 利用者の顔や、服装は頭に入ってこない。

 奇妙な返事と、独特のイントネーション、制服なのか病衣を着ているせいか、沓沢や北上には個人を識別できる状況ではなかった。

 それにフラフラなくらい疲れている。

 分かるのは今、三階で、部屋番号は301であることだ。

「では次に行きましょう」

 和森はテキパキと作業を進める。

 次の部屋に行く時には、堂島は追いついていた。

 そして気づいた。

 やっぱり。

 体や頭そのものが疲労しているのではない。

 疲労した感覚が、直接どこからか与えられているようだ。

「いいですか?」

 和森は堂島の顔を見てそう言った。

「はい」

 返事をすると和森が扉の方を向いた。

 堂島は、スッと後ろにさがり、距離を確かめる。

 どれくらい距離を開けたらこの感覚に襲われなくなるのか。

 最悪、多少離れていても扉の隙間から霊視はできる。十分な力で霊視に集中できることが重要だ。

 和森が扉を開けかけると、後ろを振り返った。

「堂島さん、ほらもっとこっち来ないと」

「……」

 今、和森に気づかれると対策を取られてしまうかもしれない。

 堂島はそう考え、和森の方へ近づいた。

 扉を開けて、利用者の名前を呼ぶ。

 堂島は霊視を諦め、ひたすら冷静に利用者の様子を確認することにした。

 だが、堂島は利用者の様子から気づくことは何もなかった。

「さあ、次です」

 堂島は、扉を閉めた和森の顔を見つめた。

 利用者から気づくことがないならば、和森側かもしれない。そう思ったのだ。

「どうかしましたか? 私の顔が何か?」

「……」

 堂島は無言で首を横に振った。

 そうだ。恐れているのだ。

 霊視が出来る僕を一番恐れているから、こんな仕掛けをして来ているのだ。

 やはり霊視が出来る状態で利用者を見なければ、隠されていることに気づけない。

 堂島は確信した。

「北上さん、トイレ行きましょうよ」

「はぁ?」

 和森に見えないように北上をつつく。

「あ、そう、そうだった。次の利用者の部屋に行く前に、トイレ行かせてくれませんか」

「ええ、いいですよ」

 和森はトイレの前まで全員を連れていく。

 堂島と北上がトイレに入ると、和森も一緒に入ってきた。

 堂島は個室に入った。

「おい、大かよ?」

「座りションですよ。そう躾けられたんで」

 和森は用を足すと、先に出ていった。

 それを見て北上が声をかけてきた。

「何があった?」

「……北上さん、僕の盾になってください」

「穏やかじゃないな」

 堂島は細かい内容をさらに小声で伝えた。

「……そう言う意味か」

 北上と堂島は頷きあった。


 二人がトイレから出ると沓沢が大きな声で話しかけてきた。

「今、和森と話していたのが、職員の点呼はしなくて良いのか?」

「そう言われると、そうですね。利用者ばかりでは施設は成り立たないですからね」

「心配しなくても、そのうち職員の顔は見かけると思いますがね」

 和森はだらりと下げた腕の先でスマフォを持ち、何かフリックで入力しているようだった。

「それならいんですが」

 堂島と北上は重なり歩きながら、右へ左へと動いている。

「ではこの部屋ですね。305号室」

 ノックをして、声が返ってくる。

 和森が一瞬後ろを見る。

 堂島は近づいて、顔を見せるような位置に立った。

 和森が扉に向き直ると、北上の背中に隠れるようにして、堂島が後ろに下がった。

 うまく行きそうだ、と堂島は思った。

 何がそうさせているのか不明だが、和森から一定の距離内にいると、極端に疲れてしまう。

 今度こそ、疲れを感じない距離を保って『正確に霊視』するのだ。

 開いた扉の隙間から、利用者までを見通す。

 距離は遠くなるが、大丈夫、この程度なら問題ない。

「ニイジマ・ヨシオくん」

 これは…… 堂島は正確な霊視が出来た。

 ただそれを今、口に出すことは出来なかった。




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