利用者の影
一階のフロアを終わった時、和森側から休憩を入れないか、と言ってきた。
「どうです。皆さん疲れたでしょう?」
堂島は頷いた。
沓沢は、もっと早くしないからだ、と言う雰囲気だったが、北上は滅入っているようだった。
北上は賛成した。
「そうですね。一旦休憩にしましょうか」
和森は打ち合わせ室のような部屋を開け、そこに全員を連れて入った。
「どこでも適当に座ってください。次は二階から始めます。トイレは部屋の奥、左に曲がった先にあります」
長机に椅子が並んでいる状況で、奥から座っていく。
堂島は最後、扉に近い手前に座った。
三人が座るのを見ると、和森は用事があると言って扉を開けて出て行った。
そして会議室に鍵を掛けた。
「!」
一瞬、ほんの一瞬だった。
和森が出て行った廊下に、堂島は不審な霊気が漂うのを見た。
そして考える。
なんだろう、どこかで見たようなものだ。
そして、廊下に見えたと言うもの、少し違う気がしていた。
利用者の部屋から透けて見えたもののように思う。
そう、この施設の利用者から霊気が漂っている。
なぜ、利用者に高齢している? わざわざ利用者に霊を、一体、なんのために……
「沓沢さん」
「トイレに行ったよ。どうしたの堂島くん」
北上がそう言うと、堂島は言った。
「今、和森、この扉に鍵を掛けましたよね?」
「確かに」
「どうして鍵をかける必要があったか」
北上は笑った。
「サプライズをするのに、準備でもしてるのかな?」
「……そう。何か見せたらいけないことをしてるんですよ。この廊下で」
「何か分かったって言うこと?」
堂島は首を横に振る。
「それが分かればそれを先に言ってます……」
「まあ、二、三部屋回った時点で俺は気持ちが落ちたから、鍵が開いていても見たくはないがな」
本当にただそれだけのことだろうか。堂島はこだわるところなのか、判断がつかなかった。
沓沢に聞いてみるべきだ、と堂島は思った。
「そういえば、署内で和田が自殺した事件、堂島くんには何か見えなかったの?」
「そうだ。あの時訊ねたが、ちゃんとした答えを聞いてない」
「沓沢さん、戻られたのですね」
堂島は昨日の出来事を思い出していた。
「!」
頭の中に鮮明に蘇ってきた。
象徴的な霊の形。
それは言わば『操り人形』の紐。
もしその見え方が、付けた霊の『使い道』と一致しているなら……
「昨日、見えたものですよね。すでに亡くなられていたので、霊が抜けて行くところでしたが、紐のようなものが手足や頭についていて」
「それは?」
堂島は説明しずらいな、と思いながら口を開いた。
「普通は、抽象的なものしか見えないんです。『悪意』とか『固執』とか『敵意』とかそんな感情のようなものです。でも、昨日、トイレで見たものは違いました。まるで操り人形の紐のように霊が見えました」
「操り人形?」
「ええ。手や足についている紐のように見えました。それも和森についてる霊気に似ていた」
「和森が和田を操り人形のように『霊』で操作したってこと?」
「そう考えるのが、素直な回答だと思います」
沓沢は悔しがる。
「それ自体は証拠にはならないんだ」
「その通りです」
堂島は自分の見えるもの自体が、事件の証拠にならない事はわかっていた。
だから、和田を殺した件では立件出来ない。現実的な証拠を見つけて、現実的な事件で捕まえるしかない。もっと大きな悪事が動いていて、その悪事全てを霊の仕業で片付けられない『はず』だからだ。
「だが、和森にどうして和田を殺す動機がある?」
堂島には分からない。訊ねられてもただ黙っていることしか出来ない。
「和田が芦田を殺した理由や経緯を調べらえたら、和森に不利なことがあることになるな」
北上が言う。
「その操り人形の紐、最初からずっとついているんだとしたら?」
「和森の当初の目的は『芦田』の殺害になるな」
「沓沢さん! それですよ。芦田が何か鍵を握っているんじゃないですか? 芦田が何かこの施設の秘密にたどり着いた。そこで元施設利用者を使って殺した!」
扉から鍵を操作される音がした。
音に気づいて、二人は話を止めた。
扉が開き、和森が現れた。
厳しい目で沓沢と北上を睨みつけている。
「この施設に秘密などないですよ。さあ、二階の点呼に移りましょう」
四人は建物の端にある階段を使って二階に上がり、号数が減っていく方向で部屋を訪れ、点呼をとって行った。
全く変わり映えのしない作業で、ただ利用者の名前や部屋の様子が違うだけ。
障がい度合いも強かったり、弱かったり個人差があった。
二階の端まで終わると、同じように三人は疲弊していた。
「お疲れのようですね。後二回ありますよ。また休憩しますか?」
一階の事務室の上にあたるところには『お楽しみルーム』と書かれたスペースがあった。
三人は同じようにそこに案内され、椅子に座り込んだ。
「三階の職員と話してきますので、ここで休憩ください」
扉を閉めると、和森はまた鍵を掛けていった。
堂島は、部屋の外から足音が聞こえなくなると口を開いた。
「何か気づきましたか?」
「逆に聞こう、何に気づく?」
「一階と似たり寄ったりで、ひどく疲れる」
何か違和感がある。堂島ははっきりしなかったが、モヤモヤとした思いだけはあった。
後二フロア。その中でこのモヤモヤが晴れれば、事件の核心に迫れる、とう思っていた。
「そうですね。疲れました。なぜ、こんなにも疲れるのか……」
堂島の言葉に、北上が答える。
「疲れると正しい判断が出来ない。テキトーに決断したくなる」
「それが狙いなのかも」
確かに、三人は異常に疲労している。障がい者を相手にすると言うことが、精神的な負担になているのだ、と考えていたが、もう『慣れ』があっても良いはずだった。
だからこの二階での疲れは、故意に引き起こされているものかもしれない。
堂島は、この疲れについても疑うべきだと考えた。
そして『もし、自分が疲れていなかったら』何をするかを考えた。
「そうか」
扉に近寄って、扉を透かし、廊下を流れる霊気が見えないか、堂島は霊視を始めた。