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点呼の日

 北上の運転する車が、堂島たちの宿泊先であるアパートに止まった。

「おい、着いたってLINKメッセージを送っとけよ」

 沓沢が言う通り、北上はグループLINKにメッセージを送った。

 指示した沓沢は殆どLINKを開かないから、梁巣を含めて既読数が3になれば全員が読んだことになる。北上はそう考えていた。

 一分も経たない内に、沓沢が言った。

「LINKのメッセージ読んでるのか、そこまで行って聞いてこい」

 北上は、運転席を下りて、アパートの部屋に向かった。

 扉でノックするが応答がない。

 部屋から何か、小さな声が聞こえるようにも思える。

「……」

 北上は、既読数確認すると共に、もう一度メッセージを送った。

 耳を澄ますと、届いている音が中から聞こえる。

「んぱっ!」

 息継ぎをするような声。

 同じ声が言う。

「助けて!」

 堂島だ。

 中で何かが起きているのだ。

 瞬間的に中に入ることを考える。

 北上は外に面している台所の窓と思われるガラスを割り、窓を開く。

「大丈夫か?」

「……」

 争っているような、息遣いだけが聞こえる…

 腕の力で窓に頭を突っ込み、水道や換気扇のフードなど、掴めるものを掴んで体を引き上げる。

 堂島に馬乗りになっている丸山。

 丸山の伸ばした腕が、堂島の首を押し付けるように締めている。

 体格的には丸山の方が強そうだが、女性だ。

 普通はこんなやられっぱなしにならないだろう。

「た、す、け……」

 堂島の息が漏れたような声に、北上は我に返った。

「丸山さん!」

 腕を掴んで引き剥がそうとするが、硬い。

 思い金属でできているような、そんな気さえする。

「丸山さん!」

 胴を引っ張って、ようやく腕を首から引き剥がした。

「丸山さん、しっかりして!?」

 北上は丸山の頬を叩いた。

 叩いて、呼びかけるが、反応は変わらない。

 堂島の大きな咳が終わると、言った。

「……北上さん。無理です。これは除霊をしないと」

「俺が抑えているから、梁巣を呼んでこい」

「いや、梁巣さんじゃ」

 やっぱり藤井さんを呼んでおいて正解だ。と堂島は思った。

 まさか朝からこんなことになるとは思っていなかったが。

「じゃあ、どうする、一日中このままか?」

「縛りましょう」

 堂島は丸山が買ってきた洗濯紐を取り出した。

 とにかく腕を胴と一緒に縛ってしまえば、首を絞めてくる行為はできない。

 縛ったところで、北上が言った。

「これからどうする?」

「今日、藤井さんがきます。藤井さんに除霊をしてもらいます。とりあえず車に乗せましょう」

 二人は、寝巻きのままの丸山に無理やり上着を着せて、車まで押してのせた。

 そして梁巣に話して、今日の利用者点呼の間、車に乗せた丸山の面倒を見させることにした。

 車が施設に向けて走り出すと、沓沢が口を開いた。

「誰が丸山に降霊した? 堂島くん、あたりはついている」

「黒坪の様子も変でした。そういう意味で言うと、一番怪しいのはあの和森(かずもり)直斗(なおと)じゃないでしょうか」

 梁巣が割り込んでくる。

「いや、黒坪じゃないのか? 黒坪を甘く見ると足元を救われる、そんな気がする」

 確かに強い霊をつけられている上に、梁巣さんのようにそれを使いこなせている。

 堂島は考える。黒坪でも出来るだろう。だが、奴は策を練るような人物ではない。

 全ての糸を引くような人物、となると、和森しかいない気がするのだ。

「黒坪と丸山、和森と丸山、どちらも特に体に触れたりしていないように思うが」

「……」

 梁巣が言う。

「降霊は体に触れなくても出来はする」

「そんな強い降霊の方法を行えば、さすがに梁巣さんも気づくでしょう?」

 そう言ってから、堂島は考える。

 だから、必ず接しているはずだ。行動を良く思いだせばどちらかが触れているはずなのだ。

 もしくは、降霊そのものと、降霊したモノの発現の時間がずれているのだ。

 車内は無言のまま坂を上がっていく。

 誰も口を開かないまま、車は障がい者施設の駐車場に着いた。

 沓沢と北上、堂島が下りて、梁巣と丸山は車に残った。

 今日は、利用者の点呼を行う。

 報告した通りの人数が利用しているのか、それを確かめるのだ。

 堂島は実際に見た利用者があまりに少ないため、実際はもっと多くの利用者が『失踪』している状態なのではないかと考えていた。

 沓沢も北上も、この障がい者施設を調べる上で、実際の人数の確認は重要なことだと判断した。

 もしそうなら、さらなる捜査が必要だ。

 大事件に発展する可能性もある。

 警備を通じて、インターロックが掛かっている通路を抜ける。

 今日は、最初から和森が施設の外に出て、堂島たちを出迎えていた。

「時間通りの到着ですね」

 約束の時間から五分以上遅れている。和森は嫌味を言っているのだ。

 沓沢は言い返す。

「ああ、ちょっとトラブルがあって、間に合わないかと思ったんだが、意外に車がスムーズでな」

「都心と違って、田舎はいつもスムーズですよ」

 堂島は二人のやり取りを見ながら、施設の、特に建物から溢れている霊が気になっていた。

 奴らは何か騙そうとしている。あるいは、何か仕掛けている。単純に見たままを信じてはいけない。堂島は北上に向かって頷いた。

 北上は沓沢と和森の方へ声をかける。

「じゃあ、時間も過ぎているし『点呼』始めますか」

 和森を先頭にして四人は施設の中に入る。

 三人は事務室の前で、和森が配る紙リストを受け取った。

 フロアごとの建物の地図と、号室に対応した利用者の氏名が書かれている。

 四階建ての建物を順番に回って、一人一人確認していくのだ。

 堂島は気になっていることを口にした。

「今日、黒坪さんは?」

「勤務していますよ。点呼(こっち)にはこれませんが」

 怪しい雰囲気、霊力は和森も同じだ。

 サクラ教団や議員であり、黒坪より理性的であることから、憑いている霊力を、より上手くコントロール出来ているように思える。

「気になりますか?」

「いえ……」

「職員は利用者のことを見なければならないのでね。仕方なく私が点呼をすることになってしまっただけです」

 言い訳がましい、堂島はそう思った。

 同じ社会福祉法人の一員とはいえ、施設の直接の職員ではない和森が点呼を行うのは多少の違和感が伴う。

 和森は先回りしてそこを説明したと言うわけだ。

 より怪しい感じがする。

 今まで、特に黒坪は毎回のように対応してきた。

 点呼の時に限って、利用者を見なければならないという。

 和森の背中を見ていると、視線に気づいたように振り返った。

「何か?」

 堂島は首を横に振った。

「では最初の部屋に行きましょうか。101号室から」

 番号の書いてある利用者の部屋の扉をノックする。

 うめき声のような、ふざけているような、特異な声だった。

 和森が扉に手をかけると、急に止まった。

「あの、扉を開ける前に、ここにいるのはすべからく障がい者である、と言うことをまず説明しておくべきだったと思いましてね」

 『今ここに至ってか!』といわんばかりに沓沢がムッとした顔をした。

「今の、健常者からすると、ふざけているような声に怒らないでやってほしいんです。それから似たような顔であることがままあります。それは声も、喋り方についてもです。障がいが、そもそも遺伝子異常が原因の場合もある為、どうしてもそう言うことがあり得てしまいます」

 おそらく、ダウン症などのことを言っているのだろう、と堂島は思った。

「名前を呼ぶと、答えるだけです。質問はご遠慮願います」

「ええ、わかりました。リストを見る限りハイペースで進めないと間に合いそうにないので、急ぎましょう」

 その言葉に和森は顔を伏せ、扉に向き直ると言った。

「約束を守れない場合は、点呼を中断する場合も」

「わかりました」

 和森が扉に手をかけ、開いた。

 間取りは以前入った部屋と同じだった。

 ベッドが置いてあるだけだが、部屋はそれだけで一杯だった。

 格子が嵌めらた窓を向いて、男が座っていた。

 男は制服なのだろうか、薄い水色の病衣のようなものを羽織っている。

 和森がリストを見て言う。

「ナタ、ハジメくん」

 先ほど部屋の外から呼びかけたときと同じような、不思議な声が返される。

「はい、よく出来ました」

 和森がそう言うと、利用者はニッコリと笑った。

 全員、手元のリストにチェックをいれると、和森が下がりながら扉閉じた。

「では次の102へ」

 そう言って廊下を進む。

 また同じようにノックすると、違う声が返ってきた。

 はっきりと存在を示す声だった。

 扉を開けると、利用者はベッドにいた。

 ベッドの頭の側が起き上がっていて、利用者はこちらを向いた。

「ウエダ、カズヨシくん」

 しっかりした返事が返ってきた。

 だが、口全体が動くのではなく、半分だけが動いているように見えた。

 麻痺があるのだろうか。ドアの隙間から覗き見ている堂島は、勝手にそう思った。

「はい、よく出来ました」

 和森が言うと、この利用も同じように笑った。

 リストにチェックを入れると、和森が扉を閉めた。

 マジか…… まだ二部屋なのに堂島は少し気が滅入ってきていた。




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