警視庁の捜査
翌日。
民泊の部屋があるアパートに、北上が運転するワンボックスが止まった。
丸山と堂島はLINKに入ったメッセージを見て、部屋から出てきた。
車の中を覗くと、堂島は言った。
「ちょっと待って、梁巣さんを呼んできます」
「いや、別にあいつに用は……」
「ダメです」
堂島は走ってテントに向かった。
丸山と堂島、梁巣が乗り込むと、車は施設に向かって走り出した。
途中、真っ赤なスポーツカーが抜かしていく。
運転している北上が、舌打ちする。
「野郎、捕まえてやろうか」
「あれが黒坪か?」
沓沢の問いに、堂島は『そうです』と答える。
「この感じなら、いくらでも捕まえる口実があって助かるよ」
車はゆっくりと坂道を登り、中腹にある障がい者施設についた。
公道沿いにある駐車場に黒いワンボックスが止まるときだった。
梁巣が言った。
「あの車、俺が借りた車に似てる」
「似てる? そのものじゃなくて?」
「ナンバーとか覚えてないけど、シルバーだし、車種は一緒」
丸山が言った。
「もしかしたら、土地を借りている人の苗字も『湖浜』さんで、この施設に勤めている人も『湖浜』さんだったから、本当に夫婦なのかも」
北上はシルバーの車に近づき、ナンバーをメモした。
「ん? 堂島くん、どうした」
堂島が左右のこめかみにそれぞれ指を当て、シルバーの車を見ていた。
「何か、何かが憑いてる」
フロントグラスに微かにだが……
堂島はほぼ抜き取られてしまった、霊の跡を見つめるが、それ以上分からなかった。
堂島と北上は、皆んなと合流しようと、小走りに移動する。
警備室の近くに行った丸山が、堂島たちを見る為か、駐車場側を振り返ると言った。
「あれ? そこにミニパト止まっている」
近くにいた沓沢が答える。
「馬場くんの車両だ」
「馬場さん、来る予定だったんですか」
「……」
沓沢は顎に指を置くだけで何も答えなかった。
全員が揃い、警備室での受付を終えると、通路に入った。
後ろの扉がしっかり閉まってから、前の鍵が開く。
そうやって施設の敷地に入ると、建物との中間くらいに湖浜が立って待っていた。
全員が近づくと、湖浜が頭を下げ、言った。
「今日はどういった件で」
「昨日お電話で話した通りですよ」
「ああ、すみません忘れた訳ではありませんよ。行方不明者届が複数出ている件でしたね」
湖浜は同じ方向を向いて歩き出しながら、言う。
「今日は施設の出入りがどれだけ厳格になっているかを説明して、これでも出ていくのは利用者側に問題があるということを分かっていただこうと思います」
「そういう結論になるかは、施設を見せてもらってからだ」
湖浜は言葉を返してこなかった。
「あの、おじさん。外に停めてあるシルバーの車なんだけど」
「……」
「俺が借りた車かな?」
湖浜は立ち止まった。
ゆっくりと梁巣を振り返った。
湖浜は眉間に皺を寄せていたが、言葉だけは丁寧だった。
「ああ、そうだね。妻が車を貸して欲しいと言ってきたので貸したんですよ」
「奥さん、民泊やってる?」
「ああ、そうだね。やってるみたいだね。うちのは地主の娘でね。土地とか部屋の活用とか慣れてるのか、上手なんだよ」
先を歩いていた沓沢が、立ち止まると振り返った。
「早く中に入りたいんだが」
「申し訳ございません」
湖浜は慌てて、沓沢のもとに駆け寄った。
そして先頭を歩き始める。
施設に入る為に靴を脱ぎ、スリッパに履き替えた。
しばらく廊下を歩いた後、湖浜は立ち止まった。
「ここは空いている居室です」
中に入ると灯りをつけ、カーテンを開ける。
窓の外は鉄格子が掛かっていて、窓を開けても出られないようになっている。
ベッドが置いてあり、部屋はそれで占拠されているような状態だ。
そんな部屋でスペースがない為、梁巣と丸山は部屋の外にいた。
「すみませんが、全員入っていただいて。扉を閉めたいので」
湖浜はそう言って無理やり全員を居室に入れた。
扉を閉めると、再び話を始めた。
「この扉は電気錠になってまして、日中はこのように鍵がかかりません」
開けたり、閉めたりをやってみせる。
「ですが」
湖浜はスマフォを取り出して、何かのアプリを操作した。
すると、扉の中で何かが動く音がした。軽い金属音。
「夜間はこうやってロックがかかります。なので利用者が失踪するということはないと考えています」
沓沢が突っ込む。
「だが、実際はいる訳じゃないか」
北上がそれに続けて言った。
「出る手段はありますよね? 『窓からも出れない』、『扉からも出れない』じゃ、火災とかで焼け死んじゃいますよ」
頷いてから湖浜が説明する。
「その通りです。ここのキャップがありますね? 非常時はこれを割るんです」
「キャップの中のツマミをひねれば出られると?」
湖浜は頷いた。
再びスマフォから扉を解錠すると、外に出た。
「今回は空きの居室なのでありませんでしたが、中には簡単トイレや水を置きますので、夜間部屋の外に出れなくても問題はありません」
湖浜はさらに廊下を歩いていく。
そして建物自体の端に到達した。
両開きの扉があって、同じようにツマミにキャップがかけられていた。
「この扉も説明不要かと思いますが、電気錠になっていて、火災時以外には開きません」
ガチャガチャとレバーに力を入れて、動かないことをアピールする。
確かに出られない。堂島は思っていた。
そして、普通の人なら、このキャップを割って出るのも可能だろう。だが、ここは『障がい者施設』ではないのか?
じっとその扉の鍵やレバー付近を見ていると、堂島の目に黒い影が見えた。
「ここ映像撮ってもいいですか?」
堂島がスマフォを構えると、湖浜は慌てた。
背中に手を回し、扉と堂島の間に立った。
「すみません、所内は撮影禁止で」
沓沢が口を開く。
「大丈夫だ、映像は警察の資料としてしか使わん」
湖浜は俯き、しばらく黙っていた。
十数秒すると、顔を上げ、諦めたような様子で扉から退いた。
「……」
堂島はスマフォで動画を撮った。
扉の枠をぐるっと追いかけるように回し、そのあとレバー部分をアップにして撮る。
「ありがとうございました」
湖浜の案内は、さらに施設内の建物の外へと進んだ。
「外周ですが、広いのため全部を回ると時間がかかりすぎるので、ポイントだけ説明します」
今日は天気がよく、遠くまで見晴らせた。
「ぐるっとフェンスで囲まれています。この施設、敷地自体は東京ドーム二個分あるということですが、残念なことに私自身は東京ドーム行ったことがないので実感が湧かないんです」
一部はコンクリート壁、一部は鉄線網目を組んだフェンス。
壁やフェンスの上には、全て有刺鉄線が張られている。
出入り口が付いているのは、警備員がいる出入り口のみ。
したがって利用者がフラフラと出ていくことはあり得ない、と湖浜は言った。
「ポイントは以上です」
施設の外周を眺めながら、
「よく刑務所みたいだって言われますが」
湖浜は続ける。
「刑務所にこんな外が見えるフェンスは使わないから、やっぱりここは刑務所ではないんですよ」