再逮捕
二人は一日中、黒坪の跡を追いかけていた。
施設の勤務が終わると、黒坪は赤いスポーツカーでそのまま飲み屋に行った。
飲み屋から漏れ出てくる霊気は邪悪であったが、犯罪レベルまでは達しなかった。
外で待っている二人は、黒坪が、女性を連れて出てくるのを見た。
そのまま運転代行を呼び、黒坪は女性を自宅に引き入れた。
謎の時間が過ぎると、女性は一人で黒坪の家から出てきて、まもなく止まったタクシーに乗るとどこかへ消えていった。
霊気の弱さから、堂島は黒坪が寝たと判断し、二人は今日の監視を終えることにした。
そんな状況から、丸山と堂島が民泊となっているアパートへ戻ってきたのは、夜遅かった。
堂島は車から降りると、梁巣が寝泊まりしているテントに目をやった。
梁巣も堂島と同じく霊力を使いこなす人間であり、存在していると堂島からは霊気が見えた。
だが、今、彼の気配が感じられない。
寝ている、という訳ではない。
堂島は、外階段を上がろうとする丸山を呼び止めた。
「梁巣さんがいない」
「どうせ修行という名の散歩でもしているんでしょう?」
口ではそういうが、心配らしく丸山もテントにやってきた。
堂島はテントの前に立った。
「梁巣さん?」
呼びかけると同時にテントのチャックを開けて中を覗く。
肌着が脱ぎ散らかされたまま放置されている。
「いません」
丸山は別のことに気がついたようだった。
「待って、この足跡」
「昨日の雨で地面が少し緩くなっているからじゃないですか?」
「それだけじゃなくて、いろんな種類が、いっぱいあるじゃない」
堂島も足跡を確認した。
テントを中心にたくさん残っている。
「襲われたとか、そういう?」
「……けど、誰に?」
堂島は、丸山の背後に人影を見た。
堂島が見ているモノが気になって、丸山が振り返った。
「お二人さん。署まできて」
県警の馬場だった。
二人は丸山の車に乗って、馬場の後ろをついて行った。
警察署に着くと、馬場が先導して署内に入っていく。
「取り調べ室?」
「僕たちを?」
馬場は首を横にふる。
「中に入れば分かるわ」
堂島が中に入ると、椅子に座って背中を見せている人物が見えた。
黒い線の入った黄色いジャージ姿。
「梁巣さん!」
堂島は大きな声をあげると、丸山が別のことに気づいて声を出した。
「北上さんに、沓沢さんまで」
「お久しぶり」
丸山は北上が差し出す手を握り返した。
沓沢は全体の様子を見て動き、全員の注目が集まると言った。
「じゃ、説明しようかな」
沓沢は話を始めた。
二人がどうして、この市の警察署に来たのかと言う理由。
それは障がい者施設における行方不明者多発の調査だったこと。
ここに来てみれば、職員が殺された事件があったという。
その殺人事件と行方不明者多発との関連性。
最初の容疑者になった梁巣の不自然さから、梁巣をここに連れてきて話を聞いている、と言う状況だと言うこと。
「言っていることが本当なら、かなり不自然だな」
沓沢に、堂島が答える。
「ええ。何か仕掛けられていたとしか思えないぐらい不自然ですよ」
「そこで一つ、聞きたいんだ。堂島くんにその車を見せれば分かるかな?」
「だいぶ日が経っているので、どこまで見えるかはハッキリ言えませんが」
沓沢は細かく頷いた。
「それは構わん。見るだけ見てもらいたい」
「わかりました」
堂島は考えていることを付け加えた。
「凶器を買った場所で見たんですが、ここら辺で証拠となりそうな霊気は、全てあの障がい者施設へと吸い込まれていくようなんです」
「無論、施設の立ち入りもする。その時には同行してもらう」
堂島が返事をしようとすると、丸山が手を挙げる。
「私たち、宿泊してるんです」
「いきなりなんだ?」
「捜査協力の要請なら、宿泊費を持っていただきたいんです」
沓沢は額に手を当てた。
「……ああ、わかった」
沓沢はそのまま北上の肩に手をおいた。
「費用は後で精算しますよ。領収書をもらって置いてください」
「よかった」
丸山が笑顔になった。
「俺も」
北上が困惑していると、沓沢が断った。
「テントに費用はかからないだろう」
「じゃ、飯代」
「食事代は出ない。却下だ」
すると急に話を変えた。
「その黒坪というのはどこまで怪しい?」
堂島は言う。
「彼には強い霊がつけられています。その為か、元々の性格なのかはわからないですが、やたらと暴力を振るうやつで、犯罪の一歩手前まで……」
「障がい者の失踪と関係ありそうか?」
堂島は答えに詰まってしまった。
「一つ言えるのは」
「なんだ」
「障がい者が出て行きたくなるきっかけにはなっていると思います」
それは黒坪が障がい者をいじめている、いやいじめているに違いない、と思うからだ。
県警の馬場が口を開いた。
「あの施設で利用者のいじめをしていたのは、黒坪じゃなくて、『芦田真奈美』だという話です。だから和田康二は恨んで芦田を殺したという」
「和田というのが職員殺害の容疑者か。施設職員の芦田というのは被害者で…… 女性じゃないか」
「沓沢さん、まさか女性だから『いじめをしない』というのは、偏見だと」
「そうは言っていないが」
堂島が手を挙げた。
「なんだ?」
「和田容疑者を霊視したいです」
沓沢は時計をみる。
「馬場、どうだ?」
「明日にしてください」
「ということだ。全ては明日。堂島くんには、一日お付き合いしてもらうぞ」
堂島は無言で頷いた。