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行方不明、失踪、あるいは殺人

 警視庁の沓沢(くつざわ)亮治(りょうじ)は捜査一課の刑事だった。

 彼は北上(きたがみ)と組んで捜査を行なっていた。

 担当していた複数の事件が、一応の決着をつけたところだった。

 間髪入れずに課長から呼ばれ、沓沢と北上は打ち合わせ室に向かっていた。

「課長、また俺たちに仕事振る気だよ」

「たまにはどっか遊び行きたいですよね」

「そんなこと言うな。本当にそうなるぞ」

 沓沢は笑いながらそう言った。

「本当に遊びに行ければいいじゃないですか?」

「言葉通りならな」

 北上は首を傾げる。

「どう言う意味です?」

「『どこか』の地方の仕事が振られるって意味だ」

 二人は打ち合わせ室の扉前に立ち、ノックをして名乗ると、応答を待った。

「入れ」

 二人は、課長が待つ打ち合わせ室に入ると、机に二人分の資料が置かれていた。

「一息入れる間もなく、すまんな」

 課長が言うと、沓沢は座りながら答えた。

「いつものことですから」

 北上は資料をパラパラと捲る。

「障がい者施設の失踪事件ですか?」

「ああ、そうだ。まだ事件性ははっきりしていない。同じ障がい者施設で、複数の利用者の行方不明者届が出ている。君たちで調べて、事件性の有無をはっきりさせてほしいんだ」

 北上はボソっと呟いた。

「地味ですね」

「お前達に頼むのは訳がある。霊視が出来るとかいうニートが、関わってる」

「あれ? なんか最近、堂島くんのことでここの警察署に電話したような気が」

 沓沢が北上の顔を見る。

「漁港の爆弾事件の後にも、なんかあったのか?」

「ライターの丸山から、ある殺人事件に関して堂島が捜査協力できるように県警に話を通してくれって」

 言いながら、北上はメモを見返す。

「丸山から依頼された事件の被害者はこの(・・)障がい者施設の職員だ……」

「まさかの堂島(ネルシャツ)案件か」

 課長は立ち上がった。

「やる気になったなら、頼んだぞ」

 課長はそう言って出て行った。

 しばらくの間、二人は黙ったまま、課長が用意した資料を読み込んでいた。

 県警の調査では、障がい者が失踪したのは、施設側の責任ではないという見解だ。

 平均すると一月に一人のペースで行方不明になっている。

 だが、落ち度がないと主張する施設側は、行方不明者届を出さない。

 障がい者の意思でいなくなったとすれば、そのことに対して行方不明者届を出せるのは親族だ。何人かの障がい者の親族が行方不明者届を出しているし、山の捜索も行なっているが、捜索はお金がかかり過ぎるのか、打ち切られている。

 別の問題としては、障がい者施設がサクラ教団と関係のある社会福祉法人であることがあげられる。

「サクラ教団か……」

 沓沢は、ため息と共にそう言った。

 さらに、保守党の青年部の和森(かずもり)が関わっていること。

 サクラ教団の関連企業へ施設の障がい者を派遣したり、就職を斡旋したりしている。

 和森と障がい者の失踪の関連性は不明。

 ただ和森は角田(つのだ)と関係が深いということだ。

 角田は保守党の党首になりそうな、若手のホープであり、様々な事件と関わっている可能性がある人物だ。

 角田と関係しているなら、和森も何か事件と関わっているかもしれない。

 そういうことだった。

 沓沢は椅子の背もたれを使い、天井を見上げながら言う。

「障がい者施設から、障がい者がいなくなると何かいいことがあるのか?」

 北上は考えるが、答えが出ない。

「行方不明だから『死んだ』扱いになるまで、時間があるだろう」

「……いや、悪い噂がたつだけで、いいことないと思いますがね」

「実際、悪い噂が経っているのか?」

 北上は資料をパラパラとめくる。

「うーん、どうでしょう」

 いくつか資料を後ろの方のグラフを見る。

 利用者は減っているどころか、増えていた。

「利用者が増えるに従って、行方不明者も増えている気がするな」

「一定の割合のに利用者が施設を逃げ出そうと思うのなら、利用者が増えれば、増えるだけ人数も自動的に増えるのは、自然にも思います」

 沓沢は、施設周辺の地図を見て言う。

「それと、だ。ここでの行方不明はすなわち『死』だろう?」

「どうでしょう? 山の捜索で見つかってはいませんが、必ずしも『死』とは限らないのでは?」

「周囲を見てみないと分からんが、行方不明イコール『死』だとしたら、それは『殺人』と同義だ。障がい者施設ぐるみで行なっている『殺人』」

 地図上では山の中腹にある施設ということしかわからない。

 周囲の森がどれくらい深いのか、存外迷わず街まで降りれるのか。

 沓沢は頬杖を付き、言った。

「……まさか、な。いや、そんな」

 沓沢にしては歯切れの悪いフレーズを言うな、と北上は思った。

「何を考えたんですか?」

「障がい者の親が『そう望んで』この施設に入れているのだとしたら?」

「まさか。家族なんですよ。家族を捨てにくるみたいなことする訳ない……」

 沓沢より、北上の方が刑事としての経験は少ないが、それでも信じられないような動機の事件を沢山見てきた。

 家族だからこそ憎むこともある。家族だから関係を断ち切りたい時もある。

 正しい、こうあるべき、そんなことが通じない、非常識な事件に何度も遭遇した。

「……とは言えないですよね。そういった線も考えておくべきですね」

「まずは施設を見てくるか。逃げられても仕方ないような設備なら、施設側の責任を問える」

 北上が資料を畳んで、立ち上がった。

「車を準備してきます」

「頼んだ」

 沓沢も立ち上がるとタバコを手に取り、喫煙所へと消えていった。




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