黒坪とサクラ教団
馬場と丸山、堂島の三人は、障がい者施設の外に出た。
警備室で出た時間を記載すると、丸山は言った。
「さっきの和森って人の話が聞きたいんだけど」
「とりあえず車の中で話しましょう」
馬場がそう言うと、三人はミニパトに乗った。
車は止めたままだったが、馬場が運転席に座るので、ルームミラー越しに会話することになる。
丸山は運転席へ話しかけた。
「鼻ピの人、馬場さんは知ってたみたいだけど、どんな人なんですか?」
「ああ、和森直斗よね。サクラ教団の偉い人で、保守党の青年部で有望視されている政治家でもあるみたい」
馬場はハンドルを叩いていう。
「そうよ、私、そんな人に手握ってもらっちゃったわ。もしこれで彼に見染められたら」
堂島は車のバックミラーを見ながら、馬場の様子を見る。
自分自身を抱きしめるように腕を交差させ、瞼を閉じていた。
「馬場さんは警察の中で偉くなろうとは思ってないんですか?」
「和森さんと結婚できれば、玉の輿で警察なんかやめてもいいわ。警察内部で偉くなろという場合でも、和森さんと仲が良ければ昇進も早いはずよ」
丸山が突っ込む。
「そんなのヤバくないの? あの人がここの警察を牛耳ってるってことじゃない」
「ほら、ここの職員の黒坪のこと」
「まさか黒坪? あの和森と、何か関係あるの?」
丸山は施設の方に目を向ける。
「和森さんが、黒坪のこと目をかけているのよ。優秀な職員とか言って」
「黒坪が優秀なわけ無いでしょうが」
堂島は、吐いて捨てるようにそう言った。
「まあ、とにかくそういうことで。今日のお話はおしまい」
運転席のシートから乗り出し、馬場は出て行けとばかりに手で払った。
「解散解散」
二人はミニパトを降りて、去っていく馬場に手を振った。
しばらく、丸山の車に乗って、施設を見ていた。
「あそこ、あそこ道が続いているみたいなんで」
堂島が指差すところには、車道があった。
「あそこなら、施設を見下ろせると思うんです」
「でも距離は離れてしまうでしょ」
「それはここでも同じです。霊視は無視して、光学的に監視しましょう」
丸山はエンジンを掛けて、施設の駐車場から出て道をさらに進んだ。
何分も経たずに、施設を見下ろせる場所に着いた。
車は路肩の空き地に止めた。
少し歩いて、施設が見下ろせる場所に移動する。
「ちょっと怖いわね」
丸山がそう言うのも無りはなかった。
崖の上のような場所で、真下が障がい者施設。
道は急カーブして、さらに降っていく。
長い降りと、障がい施設に向かって、まっすぐの下り坂なのだ。
丸山はその道を指差す。
「車がブレーキ効かなくなったら、私達の背中に車が突っ込んできて、車ごと施設へ……」
障がい者施設に突っ込むように落ちていく車。爆発。
映画で良くある自動車事故の映像。あくまで想像の産物だ。
「車自体がそんなに走って無いんですから、気にしなくても」
堂島は障がい者施設を見ながら、思い出していた。
「そういえば、施設利用者の行方不明があったって。僕は和森の話なんかより、そっちが重要な気がしますけど」
「こんな場所にあったら、そりゃ行方不明にもなるでしょうよ」
堂島は丸山の言うことが分からなかった。
「どういう意味です?」
「周りは森よ。動物なんかもいっぱいいる」
「それと行方不明は繋がらないような」
「追っかけちゃうんでしょ」
堂島は想像してみる。
窓の外に動物が見える。
リスとか、鹿とか……
僕なら、写真に撮るかもしれないが、外に出てそれを追いかけようとは思わないが。
「障がい者は動物を追いかけるとでも」
「あるいは、逃げようとして、でもいいわよ」
堂島は再び想像してみる。
職員がくる。黒坪のような、自分勝手に暴力を振るう人間だ。
怖い。ここから逃げ出さないと。
窓を開けても格子が嵌められていて、出れない。
外が見える扉を覚えておく。
扉に近づくと、そこには指紋の認証装置が付いていて開かない。
「いや、外に出たいかもしれないですが、出れないでしょう?」
「どうしてよ、障がい者施設であって牢屋じゃ無いのよ」
「牢屋ですよ。警備室から施設内に入る時のインターロックを見た時、丸山さんが言ったことを思い出してくださいよ」
丸山は覚えていないようで、首を傾げる。
「何? インターロックって?」
「僕調べたんです。インターロックって、施設の中に入る時の廊下で、片方ずつしか鍵が開かない仕組みのことですよ」
「ああ、そのことか」
フェンスの上のバラ線なども、牢屋のように見える原因だ。
施設側の責任ではない場合、施設は行方不明の届けを出さないという。
それが正しいのか、堂島は思った。
法的に正しくても、人の道として正しいのか、コンプラ的にとか、そういうことだ。
「この障がい者施設って、どうやって経営してるんですか?」
「ここは確か、サクラ教団の社会福祉法人が経営してるんじゃないかな。社会福祉法人は、非営利団体よ」
「非営利なのにあんながっちりした警備室とか」
儲からない、つまり、簡単な扉のイメージを堂島は持っていた。
バラ線をフェンスの上に設置したり、金はかかっているように思える。
「非営利だからつけられるんでしょ」
「国から金が出るから?」
「そんな感じ」
堂島は、曖昧だなぁ、と思いなら、後で調べようと考えた。
非営利だとしても、職員の給料は必要だし、何らかの公金は入っているだろう。
非営利なら、どれだけ利用者が増えようが、減ろうが、経営には関係ないと言うことか。
いや、行方不明というのは、死亡として扱うのか?
堂島はいますぐにでも調べたくなって、スマフォを取り出した。
「!」
「どうしたの?」
丸山は堂島の視線を追うが、そこには施設の窓があるだけだ。
何か霊視でしか分からない何かを感じているのだろう。
「……黒坪がまた暴力を振るっているような気がします」
「せめて写真とか撮れないかしら」
窓際に黒坪が一人で現れた。
そして窓の外、崖の上を見る。
「隠れて」
堂島がそう言うと、二人は身を低くした。
「気づかれたってこと?」
「分からないです」
「カメラを持ってこよう。この距離なら、そこそこ撮れると思う」
丸山は車に戻ろうとするが、堂島は引き止める。
「こっちは北側で、廊下しか見えないから無駄ですよ」
「けど、何もしないよりましじゃない?」
「もし部屋側が見えたとしても、プライバシーの問題で部屋の様子は映らないようになっているはず」
丸山はムッとしている。
「いくらチャンスがあっても、カメラを構えていないと特ダネは撮れないの」
「……すみません。考えがネガティブすぎました」
丸山はカメラを取ってきて、施設を狙ってファインダーを覗く。
時折、連続でシャッターを切っていた。
二人が施設を見つめる中、何事もないまま時間が過ぎて行った。