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青年部の男

 丸山と堂島は急いで車に乗り黒坪(くろつぼ)の家へ向かった。

 近くまで来ると、黒坪の赤い車が見えたのでそのまま空き地に入れて待った。

 黒坪が出てきて車のエンジンをかける。

 かけたかと思うと、黒坪は家に戻ってしまう。

 すぐ戻ってくるかと思うと、なかなか出てこない。

「あいつ何してる?」

「車が好きな人は、エンジンを温めてから動かすみたいね」

 丸山はハンドルにもたれるようにして、黒坪の家を見ている。

 ようやく黒坪が出てくると、車に乗り込み、赤い車が、ゆっくりと前の道に出てきた。

 しばらく進むと、赤い車はいきなりアクセルを開けた。

 センターライン近くを堂々と走り去っていく。

 丸山はゆっくりと車線に入って、赤い車を追う。

「流石に信号無視まではしてないわね」

 まだ山道に入る前は、一つ二つ、信号があった。

 赤い車も、二つ目の信号で引っかかっていた。

 丸山の車がその間に近づくと、信号が変わり再び赤い車が加速した。

「ここから先は一本道。施設に行く以外はないわね」

「施設の中で事件を起こしたらどうしましょう」

 丸山は首を傾げる。

「そうね。昨日の湖浜(こはま)さんに行って見学させてもらおうか」

「お願いします」

「入れるか、保証は出来ないけど」

 赤い車には追いつけないが、丸山もかなり飛ばしている。

 ようやく山を上がって施設の駐車場に車を止めた。

 堂島は車を降りると、赤い車のエンジンがまだ動いていることに気づいた。

「またエンジンがかかっている」

「ターボタイマーじゃない?」

「なんですか?」

「自分で調べなさいよ」

 丸山はエンジンがかかっていることは気にするな、という風で、そのまま警備室へと向かっていった。

 堂島が警備室についた時は、丸山は警備室の電話を借りて湖浜と話しているようだった。

「昨日出来なかった、施設の写真などを撮らせていただきたくて、施設を見学したいのですが」

 頑張って中に入れないか交渉している。

 警備員は『先に話をしておけよ』と言った風に呆れていた。

『今日はダメだ。申し訳ないが』

「あの」

『今日はダメなんです。説明しているでしょう』

 耳元に大きな音が入ったらしく、丸山は目を瞑って受話器を耳から離した。

「どうですか?」

「切られてしまった」

 丸山は警備員に受話器を返して会釈をすると、堂島の方に下がってきた。

「せめてここから見張る?」

「……」

 外周の壁からは距離があり、堂島がどれだけ霊視しても距離が離れれば『確度』がボケてしまう。何かありそう、だけでは捕まえられない。

 堂島は呆然と施設を見ていた。

 丸山も何か策はないかと胸のしたで腕を組んで考えている。

 二人が警備室の前で立ち止まっていると、警備員が会釈をした。

 堂島が気づいて後ろを振り向くと、警察車両(ミニパト)が駐車場に入り、止まった。

 丸山もミニパトに気づいて見ていると、中から制服姿の馬場(ばば)が出てきた。

 二人は、馬場に近付いて行った。

「今日は、どうしたんです?」

和田(わだ)康二(こうじ)を任意で取り調べているの。その中で芦田(あしだ)真奈美(まなみ)と接点があるとすればこの施設に入っていたころよ。何があったのか事情を聞きに」

「僕たちも一緒に入れてくれませんか?」

 馬場は堂島の視線を逸らした。

「彼は霊視が出来るし、私も雑誌記者をしているから、勘は鍛えられている。きっと役に立つわよ」

「そうかもしれないんだけど……」

 逸れていた馬場の視線が堂島に戻ってきた。

「余計な発言はなし。施設内では大人しくして」

「わかりました」

 三人で警備室の前に戻り、警察と捜査協力者として施設に入った。

 施設の建物に入ると、湖浜が三人を見て怒った。

「なんでお前たちまで入ってきてる!」

「二人は今回の捜査協力者です」

「えっ!?」

 湖浜は訝しげな顔をしたが、そう言われた人間を突き返す訳にもいかなかった。

 湖浜は馬場たち三人を応接室に通した。

 そしてしばらくすると、職員を一人連れて戻ってきた。

 馬場は立ち上がり、自らの名前を名乗り警察であることを示した。

 その職員は女性で、中里(なかさと)と名乗った。

 髪は後ろでまとめていて、顔の輪郭がはっきり分かった。

 学校を出たばかりという若さだったが、落ち着きがあった。

「座って話を聞きましょうか」

 馬場はまず芦田との関係を聞いた。

「芦田さんとは、私的にはあまり関係がありませんでしたが、仕事ではお世話になって」

「そうですか。では芦田さんの働きぶりについて教えてください」

「私から言うのもなんですが、芦田さんは、すごい頑張り屋さんで、利用者にも優しくて」

 メモを取ろうとした馬場がペンを止めた。

「それ、表面的には、ですよね」

 その言葉を引き金に、堂島は中里の目をみた。

「……いえ、そんなことないですよ」

「ある利用者が言うには、ここでいじめがあったと」

 中里が怯んだように思えたが、その瞬間低い声が響いた。

「待ってください」

 湖浜は続ける。

「施設でいじめなどありません。中里も、芦田も、そんなことはしません。それらのことは完璧にコントロールされているんです。いじめられた、というなら、日付と時間を教えてください。その際の監視カメラの映像を提供します。絶対にそんなことはありません」

 『絶対に』と言う場合が一番怪しい。丸山は数々の取材の中から、そういう事を感じていた。丸山は湖浜に対し、言った。

「施設の隅から隅まで映像が残っていると?」

「ええ、もちろんです」

 馬場は丸山と湖浜の話から、元に戻そうと修正する。

「ちょっと待ってください。私は中里さんの意見を聞きたいんですが」

「私も、いじめはなかったと思います」

「いじめを受けた利用者は『和田康二』という方です。覚えはありますか?」

 中里は湖浜の顔色を見ているようだった。

「中里からは言いにくいでしょうから、私の方から話します。和田の障がい度から考えると、施設で普通にケアしていることを彼側が勝手に『いじめ』と捉える可能性が大いにあります。先ほど言った通り、いつ『いじめ』があったのかを明確にしてもらい、監視カメラの映像で確認した方が早いし、正しい回答に行き着きます」

 堂島はそんな重度の障がい者が、職員を呼び出し、ナイフで抉るように刺すだろうか、と考えた。確かに、知的障害がある場合、社会ルールや善悪はわからないかもしれないが……

 中里は馬場に向き直ると、言った。

「芦田さんは『いじめ』の報復で殺された、と言うんですか?」

「和田は、同じ言葉繰り返すように、それを言い続けています」

「……」

 中里は何か気づいたようだが、口は開かなかった。

 何か感じた馬場が、湖浜に言う。

「あの、少しだけ席を外してもらってもいいですか」

「……」

 出て行かざるを得ないはずだ。逆らうなら、公務執行妨害になる。

 湖浜は立ち上がって、扉を開け部屋を出ていった。

 丸山が扉から外を見て、廊下に誰もいなくなったことを確認して扉を閉めた。

 馬場が説明する。

「中里さん、言いづらかったと思います。すみませんでした。ここで言ったことは、湖浜さんには知らせませんのでご安心を」

 中里は口を開いた。

「和田さんが何度も同じことを口にすると言うことは、近くにいる誰かがそれを繰り返し言っているからだと思います。この施設にいたときも私が言った言葉や、芦田さんが言った言葉とかを、面白がって繰り返し言っていましたから。だから、本当にいじめがあったのか、それは怪しいと思います」

「そうですか。それは少し考えてみます」

 堂島が口を開いた。

「芦田さんですけど、殺される前に何か不安とか悩んでいるようなことはありませんでしたか?」

「えっ、芦田さんが?」

 中里の視線が天井の方へ泳いだ。

 それを見て、堂島は言葉を加えた。

「はっきりとしたことでなくてもいいですよ」

 中里は口に指を当て、少し間を置くと話し始めた。

「どこまでご存知かわかりませんが、この施設はこんな山の中にあるせいで、利用者が山に入ってしまい、行方不明になることがあります。ここ何ヶ月かの間にも、数名の利用者が行くへ不明になり、山を捜索することがありました」

 中里は話を続けていく。

 捜索は費用がかかり、施設側の落ち度で行方不明になったと明確でない場合は、施設側から捜索を申し出ないらしい。利用者の関係者が捜索を申し出た場合は、別だそうだ。

 捜索があった行方不明は、どうやら利用者の親族がかけたものだったが、二時間、三時間、一日、二日、と捜索が続けられる中、かさんでくる費用が払えず、やむなく見つからないまま打ち切られたのだ。

 芦田は、行方不明になった際、本当に施設側に落ち度がないのか、疑問に思っていたようだ。

『私、調べてみようと思う』

 中里はそう打ち明けられたそうだ。

「その結果を聞かれましたか?」

「いえ、そこまでです。それこそ結果を聞く前に芦屋さん、亡くなってしまいましたから」

「めちゃくちゃ怪しいじゃない」

 そう言うと丸山は、スマフォのLINKを開いて、中里とIDを交換した。

「何か思い出したら、連絡ください」

 馬場も、堂島もそれを共有した。

「あと、いじめ、ですけど」

 中里は言った。

「この施設には、黒坪という職員がいるんですけど、彼ならやっていたかも」

「じゃあ、やっぱり日時がはっきりしたほうが良いんですね」

 中里は頷く。

「監視カメラの映像があるのは間違いないですから」

 全員が応接室を出て、湖浜のところへと向かうため、廊下にでた。

 廊下の端、入り口の方から一人の男が歩いてきた。

 逆光になり、シルエット気味に見える男。

 眼光だけは鋭くその影になっているにも関わらず、四人を見る目は鋭く厳しいものだった。

 事務室から湖浜が出てくると、四人には目もくれず、入り口側の男に頭を下げる。

和森(かずもり)様、お出迎えが出来ず申し訳ございません」

 どう考えても湖浜の方が年上で、施設の長だ。

 和森と呼ばれた男は、それよりずっと若いのに、ずっと強い立場にいることになる。

「湖浜、あちらの方は」

 湖浜が頭を上げると、四人の方を見た。

「職員が亡くなった事件で、警察が調べにきているのです」

 和森がまっすぐ四人に向かって歩き出す。

「和森様、お待ちください」

「挨拶をするだけだ」

 引き止めようとした湖浜を制して、近づいてきた。

 真っ黒なスーツの上下。パリッとしたワイシャツまで黒い。

 オールバックに撫で付けている黒い髪。

 鼻と耳にピアスをつけている。

 服が黒いせいか、胸元や袖の先に見える肌の色が余計に白く見える。

 血の気の無いような、白。

「芦田の件は、こちらも心を痛めています。ぜひ真犯人を捕まえてください。警察への協力は惜しみません」

 和森は馬場に右手を差し出した。

「頑張ります」

 手を握り返すと、馬場は震えた。

「私はここの職員に用がありまして、ここで失礼します」

 そう言うと四人の真ん中を抜けて施設の奥へと入っていく。

 湖浜が慌てて和森を追いかけてくる。

 そして、四人のいるところで立ち止まり、言う。

「そういう訳で私は忙しい。これ以上、職員への質問はやめ、お帰り願いたい」

「はい」

 馬場は即答した。




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