オーナー
丸山が戻ってくると、三人は民泊になっている一室に入った。
部屋は台所とリビングがひとつながりになっていて、あとはユニットバスがあるだけだった。テレビはあったが、ケーブルや衛星とは繋がっていない。地上波だけが見れるものだった。押し入れには、一応、三人分の布団が入っていた。
一通り部屋を確認した後、床にぺったりと座る。
丸山が口を開いた。
「この民泊のオーナーは『湖浜』さんて人だった」
「えっ、霊視を依頼した湖浜さんですか?」
「女性だったわよ。もしかしたら、あの湖浜さんの奥さんということもあるかも知れないけど」
梁巣が言う。
「この周辺はあちこち『湖浜』と言う表札がかかってる。全員が親戚かは知らないが」
特定の名字が多いことは田舎のあるあるの一つだろう、と堂島は考えた。
「さあ、一息ついたら、黒坪を見張りに行くわよ」
「僕はいつでもいいですよ」
「ごめん、私がもう少し休みたい」
丸山がゴロリと横になった。
大きな胸が、流れ出すように動くのを見て、堂島は唾を飲み込んだ。
「二人には部屋が大きいよな。やっぱり俺も入れてくれないか」
「そういう問題じゃないの。規則とお金の問題だから」
梁巣は窓際に行くと空を見上げた。
「雨降りそうなんだよな。ここら辺、水捌け悪くてさ」
堂島は返す。
「それも修行だと思えば」
梁巣は走って部屋を出ていく。
「鬼! 渡る世間は鬼ばかり!」
部屋は二人きりになってしまった。
堂島は寝ている丸山を見下ろすように見ている。
スーツの上着を脱ぎ、ワイシャツとスカート姿だった。
メガネを外し、伏せた瞼。
呼吸に合わせて上下する胸やお腹。時折、彼女が足を擦り合わせるようように動かすと、スカートの裾が捲りあがり、太ももがあらわになる。
高速道路でずっと妄想していた内容が、現実になりつつあるような、そんな気がしていた。
今日はここで二人きり、なのだ。
「!」
気づくと堂島は、思ったより時間が進んでいることに気づいた。
丸山を起こそうと手を伸ばして、やめた。
堂島は思った。体に触ったり、体を揺すって起こそうなんて、なんて『卑劣な』人間なんだ、と。
「丸山さん、起きてください。行きますよ、黒坪を見張にいきましょう」
疲れているのか、丸山は起きてくれない。
ゴロリと体を横にすると、広がっていた胸が、一方方向に寄って、大きく見える。
堂島は目を閉じて激しく首を横に振った。
ダメだ、変なことばかり考えてしまう。
「丸山さん! 起きてください!」
自分の中の妄想を、吹き飛ばすかのように、堂島は大声をあげる。
周囲の部屋は澄んでいないのか、日中だからいないのか、わからなかったが、周囲の部屋からの反応は無かった。
「丸山さん!」
「あっ……」
ようやく丸山は、一度、目を開け、再び目を閉じた。
「起こして」
そう言うと丸山は、床に垂直に手を上げた。
堂島はその手を取って、引っ張り上げようとするが、そもそも握り返してくる力が弱すぎて、引き上げられない。
「ちょっと、真剣に起きてください」
「起こしてよ」
堂島はその言葉を鵜呑みにしていいか悩んだ。
体が滑らないようにしてから両腕を引っ張るか、脇の下に手を差し込んで引っ張り上げるか。実際に本人が力を入れないのに起こそうとしたら、それくらいしかない。
脇の下に手を差し込んだら…… 丸山の柔らかいところに触れてしまうかもしれない。
堂島の動悸が激しくなった。
起こしてくれと言ったのは彼女なのだから、僕は悪くない。
堂島がそう決意して近づいた瞬間だった。
「もう! 堂島くんが意地悪するから」
そう言うと、丸山は勝手に起き上がった。
目を見開き、手を床に滑らせるとメガネを取った。
「さあ、十分寝たし、行くわよ!」
「……はい」
「何? 元気ないわね」
勝手に考えて、勝手に落ち込んで、本当に僕はバカだ、と堂島は思った。
こんな調子だから、僕は社会に出られない。
だからニートなんだ。
「?」
丸山が堂島の顔を覗き込む。
堂島は視線を逸らしてしまった。
そんなこんなで、二人は民泊になっているアパートの部屋を出ると、駐車場に停めていた車に乗り込んだ。
車は施設に向かう山道へと曲がった。
一本道をくねりながら、進んでいくとタイヤを鳴らしながら走る車の音が聞こえてくる。
「暴走車かな、気をつけるわね」
丸山の言葉を聞いて、堂島は嫌な予感がした。
「もしかして……」
車がヘヤピンカーブに差し掛かると、アクセルを踏み込んだ激しいエンジン音が近づいてきた。
赤いロータリーエンジンの車だった。
その対向車はタイヤをロックさせながらカーブに突っ込んでくると、大きく車体を揺らしてから、再びアクセルを踏み込んできた。
後輪駆動の車らしく、後ろのタイヤが空回りし、コーナーを曲がり始める。
「危ない!」
衝突を察知した丸山は、路肩へハンドルを切った。
堂島は両手を伸ばし、車の天井を抑えるようにして体をシートに押し付けた。
彼は対向車の運転手を目で追う。
車が舗装した道路を外れ、砂利を踏み進みながら揺れる。
対向車は後輪を滑らせながら、曲がり、コーナーを立ち上がっていく。
「!」
車が止まり、丸山は大きくため息をついた。
「何考えてんかしら」
「あの車を追いますよ」
丸山が堂島の顔を見た。
堂島は頷く。
「黒坪が乗っていました」