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漁港

 堂島(どうじま)(とおる)は、漁港に来ていた。

 観光や、買い物、食事といった目的ではない。

 たまたま駅で見かけた男を霊視してしまったためだ。

 なぜ漁港なのだろう、と思いながらも男を追いかけていた。

 潮の香りがして海が見え、漁港の施設に近づくと堂島は、男の目的が分かった。

 労働党の街頭演説があり、労働党の党首が応援演説にくるのだ。

 この街頭演説に参加するのか。わざわざ県外から? 何の為に?

 黒塗りの車が何台か止まっている。

 堂島は男を見逃さないようにしながらも、全体の人の流れを追った。

 流石に首相が来る街頭演説などとは違い、市か町のボランティアによる持ち物検査だけで会場に入れるようだった。

 追っていた男も、あっさりとボランティアの持ち物検査をすり抜けて行ってしまった。

「まずい」

 堂島の並んでいる列は、持ち物検査が遅れており、流れが遅かった。

 人が交錯して追っていた男が見えなくなる。

 落ち着け、と堂島は自分自身に言い聞かせた。

 人数にもよるが、きっと霊視で見つけることができる。自信をもて。

「きみ、これも見せてもらっていいかな?」

 堂島は持っていたバッグの中に入れていたケースを指さされた。

 彼は取り出して、ケースを開いた。

「パッド型コンピュータです」

「ああ、わかります。ありがとうございました。どうぞ」

 ようやく中に通されると、堂島は周囲を見まわした。

 会場には人が大勢詰めかけていて、全員を見通すことは出来なかった。

「どこだ……」

 堂島は焦った。

 霊視した様子だと、男は誰かを殺そうとしている。

 そしてこの場所ということは、真っ先に考えられるのは『労働党党首』の殺害だ。

 自らの恨みが募って生きたまま怨霊(おんりょう)変化(へんげ)したのか、誰かに降霊されたのかは、わからない。

 だが、霊視する限り、霊は強い殺意とその実行手段を有している。

 堂島が会場を縦横に走り回っていると、スーツの男が前方を塞いできた。

「どうなされました? 会場内では走らないでください」

 私服警官だろう。

 堂島は興奮気味に口を開いた。

「危険な人が一人、会場内に」

 周囲の人々が反応し、堂島は視線を集めてしまう。

 スーツの男はワントーン落とした冷静な声で言った。

「……ちょっとそちらに移動しましょうか」

 同時はスーツの男の強い力で体を押され、人の少ない会場の端に移動させられた。

「現状、そういった人物の報告はありません。不用意な発言で、会場を混乱させようとするなら、出て行ってもらいます」

「さっきの持ち物検査、目視だけで金属探知使ってませんよね?」

「……」

 私服警察と思われる男は、答えなかったが動揺はしていない。

「荷物検査している人も、簡単なレクチャーを受けただけのようですし」

 言われっぱなしで若干キレ気味になって、スーツの男が問い返す。

「失礼ですが、ご職業は?」

「無職です。いわゆるニートです」

「ふん」

 スーツの男は、偉そうに会場警備のことを語る『赤黒ネルシャツ』の男を見る目を細めた。

「SNSで嘘の情報を流したり、他人を中傷するような書き込みをするのは犯罪ですよ」

「なんでそんな話に飛躍するんだ。何も書き込んでない。見た事実を言ってるんだ! やつを放って置くと誰か死ぬぞ!」

 会場にいる人間に聞こえてしまったらしく、スーツの男は堂島の腕を掴んで押さえた。

 そして警察手帳を使って警官であることを告げると同時に、言った。

「申し訳ありませんが、会場を出てもらいます」

 警察と分かっているのに逆らうと、公務執行妨害になってしまう。

 そう考えた堂島は抵抗することができず、ただひたすら言葉を繰り返した。

「白い上着を着た男です。白い上着、白い上着の男に注意してください……」

 会場には白い上着を着た男は大勢いて、顔を見合わせていた。

 会場を出た堂島は、会場の外で全体を見回せる場所探した。

 あれだけ強い霊を(まと)っているのだ。分からないはずがない。

 しばらく見ていると、会場内で追っていた男を見つけた。

 歩道を動いて、しっかりと男を確認できる位置に来ると、堂島は気づいた。

「ない……」

 電車の中でもう一つ感じていた、強い霊気が見えない。

 何か機械のようなものだったはずだ。

 追っていた男は、時折、笑い顔を見せた。

 追いかけている時には、見たことがない表情の変化だ。堂島は推測する。

 まるで事が終わって安心したかのようだ。

 つまり、すでに殺してしまったか、殺したも同然といった状況に違いない。

 堂島は走った。

 端から端まで、もう一度霊気をチェックしないと。

 人の手を離れ、物についた霊がどこまで見れるか分からない。

 走った末、堂島はついに見つけた。

 すぐ分からなかったのは、光学的な黒と霊視で見える『黒』が重なって、はっきりしなかったせいだった。

 荷物検査のボランティアが交代しているのを確認すると、堂島は知らぬ顔をして受付して再び会場に入る。

 追っていたあの男は、ここから、いったいどうするつもりなのだろう。

 堂島は考えながら、事が起こることを待った。




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