何で二人はケンカしてんの?
「おい山下! 陸部の太田と細川が喧嘩してるらしいぜ! 取っ組み合いの!」
トイレに行っていた川上が息を急き切って教室に飛び込んできた。
「取っ組み合いの!? やばいじゃん、何で?」
分かんないけど、かなりやばい雰囲気らしい。見に行こうぜ!」
「関わると危ないんじゃねぇ?」
「大丈夫だって! 先生呼ばなきゃいけないかもだろ!」
そんな優等生めいたことをいいながら、川上は目をキラキラさせている。グイグイ手を引っ張ってくるので、仕方なく後に続いた。校庭に出ると、なるほど人集りができている。その真ん中で、太田と細川が掴み合っているようだ。
「二人って仲良かっただろ。なんでこんなことになったんだよ。ねぇ、どうなってんの!?」
川上が、野次馬の一人を捕まえて聞いた。
「女を取り合ってるんじゃないかって話らしい」
「えっ女を!? すげえ!」
「川上お前絶対楽しんでるだろ」
「状況を把握しようとしてるだけだって」
川上は澄まして答えた。
「いや、違うぜ」
反対側にいた違う野次馬の一人が話しかけてきた。
「太田の母ちゃんと、細川が寝たらしい」
「えぇ!? マジで!? それはやべーな!!」
川上が興奮気味に叫んだ。
「そんなことある? 何かの勘違いじゃねぇ?」
「違うよ」
前にいた女子生徒がくるりと振り向いた。
「太田くんが、細川くんの裸の画像を流出させたらしいの」
「えっ痴話喧嘩なの? リベンジポルノとかそういう系!?」
再び川上が叫ぶ。
「深刻すぎる。その情報確かなの?」
「いや、違う」
後ろから来た男子生徒が言った。
「細川が、太田の腹が出てるってからかったんだよ」
「ちげーよ」
横から別の野次馬が話しかけてくる。
「時計の正確性のことで争ってる」
「いや何が本当なのかマジで全然分かんねーんだけど! 何なの!?」
川上が叫んだとき、人集りの前の方から悲鳴が上がった。どうやら、争いが激化しているらしい。
「ちょっとどいてくれ! 俺ら関係者なんだ!」
川上が適当なことを言って、グイグイと人混みを掻き分けていく。危なっかしくて、俺も「すみません、すみません」と謝りながら付いて行く。
「だから、何度言ったら分かるんだ!!」
やっと二人の姿が見えるところまで来たとき、細川が激高して叫んだ。
「お前こそ何度言ったら分かるんだよこのクソ川が!!」
太田も負けじと叫び散らす。激しく揉み合いながら、殴ったり突き飛ばしたりしている。
「おぉ、おお! 盛り上がってんなァ。ね、君最初から見てた?」
最前列で二人を諌めようとしている男子生徒に向かって、川上が聞いた。
「最初っからいたよ!」
彼は疲弊した顔をして答えた。
「何で揉めてるの?」
俺が聞くと、彼は心底嫌そうな、泣きそうな顔をして言った。
「腹時計だよ」
「ん? 何だって?」
「腹時計の正確性について争ってる。自分の腹時計の方が正確だって、お互い一歩も譲らないんだ。くだらないことで争って、もうたくさんだ。帰りたい……」
「ハラドケイ……?」
全く訳が分からなくて、俺と川上はポカンとしたまま、目の前の闘争を見つめた。砂埃を立てながら、二人は激しく揉み合っている。
「俺の方が! 俺の方が正確だって言ってる!」
「そんな訳ない! 俺の腹時計にかなうものはない!!」
日の傾きかけた校庭に二人の怒号だけが響き渡っていた。