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4 愚者と愚行

 ここまでは理解できましたか、と宰相が話を一度区切る。

 メイフィア国では、私の冤罪とマリアの虚偽が明らになっている、ということでいいのかと確認すると、宰相さんははっきりと肯定した。

 国外の人が少し調べただけでもわかるようなことだったのに、インフィ国は、私が国にとっていてもいなくてもいいような存在だから、切り捨てて『聖女』を優先した。

 シンプルに腹が立つけど、相手は他でもない『聖女』なのだから国が優先するのは当然だと思い直す。国外追放だけで済んでよかった、というべきかもしれない。それも書面ではなく口頭でだった。

 それを言うと、驚かれた。

 疎い私は不思議に思わなかったけど、それだと後から勝手に国に戻って咎められても『書面がないから証拠がない』と言えるため、事情がない限りは有り得ないらしい。

 この場合の事情は、多分私の冤罪が世間に露呈したときの言い訳だろう。書面がないことで『言われてない』と主張できるということは、逆に『言ってない』とも主張できるということでもある。


「あくまで推測ですが、インフィ国王なりに冤罪の可能性がある貴女の立場を慮ったのでしょう」

「私は己の保身だと思うがな。真実でも虚偽でも面倒が起きないよう国から追い出した。追い出されたほうは、どっちが真実だろうと理由が理由だからこの先も国に戻ってくる可能性は低い」

 確かに。たとえ追放がなかったことになってインフィ国に戻れることになっても、戻りたいとは思わない。冤罪だったと明らかになっても『聖女』を信仰する人たちが納得すると思えない。

 罵倒はともかく、生身に石を投げられるのは嫌だ。


 私は宰相に理解したと頷きかけて

「……あ、でも、罪状……」と、思い出した。

 私には罪状があった。

 国王は明らかに顔をしかめる。

 宰相は国王の様子に、まるで拗ねる子に困る親のような表情で苦笑した。

「ええ、貴女には罪状がありました。ですがあれは正式なものとは言えません」

「でも、マリア……『聖女』を虐げたっていう……。それで罪人用の馬車に乗せられたので、あれは正式なものだったと思うんですけど……」

「今回の件で裁判はありましたか?」

「いえ……なかったです……」

 取り調べは受けたけど裁判はなかった。冤罪なのに、マリアをいじめた、ということで裁判の必要もなく有罪にされたんだな、くらいにしか思っていなかった。

「ではやはり正式なものとは言えないでしょう。『聖女』を虐げたとはいえ、裁判もないのは横暴が過ぎます。そのうえ書面なしの国外追放のみとしたインフィ国王が、罪状を用意して、罪人用の馬車の使用を許可するとは考えられません。行動が矛盾します。

恐らくですが、罪状も馬車もマリア嬢が独断で用意したと思われます」

「ただの越権行為だ。しかも国際的にも禁止されている。これは『聖女』だろうと罰しなければならない」

 国王が顔をしかめたのは、このせいだった。

 宰相も周囲の人たちも、信じられない、というような表情で黙りこむ。

 だけど私は「マリアなら」と納得している。


 『聖女』には様々な特権が与えられる。

 だけど司法に関しては、過去の『聖女』がそれぞれの価値観で司法に介入して混乱が起きたことを理由に、どの国でも『聖女』の介入を禁止している。

 いかなる理由でも『聖女』は裁判に関わることはできない、他者の罪を断罪することはできない、と。

 これは城で真っ先に教わった『扇動の禁止』に含まれている。

 国民から慕われる存在である『聖女』は、王家にとっては国を容易く乗っ取ることができる存在として恐れられている。

 たった一言。ほんの少し動かした表情。それだけで国民は『聖女』の望む手足になる危険性がある。

 だから王家は、信頼と地位と権利と制約を与えて、彼女たちを御した。

 幸い強欲な『聖女』がこれまでいなかったようで、彼女たちは国のために、そして国民のために献身的に尽くした。そのまま時を経て、この『聖女』のイメージが当たり前になって、王家もこのイメージを守ろうと動く。

 だから、マリア()ではなく、(真実)が切り捨てられたのだ。



 歴代の『聖女』たちは、過去の『聖女』たちを尊んでイメージを守る行動していたのか、国民の顰蹙をかうことを恐れて彼らが最も望む姿でいたのか、それとも元からそういった気質の人物が『聖女』になるのか。それはわからない。

 それでもまるで判を押したような『聖女』ばかりだった。


 だけど、マリアにはそんなことは関係ない。

 周囲は自分の思い通りに動くものだと、当たり前に思っている。

 そして彼女は、とにかく強欲な性格をしているから、そのうち現状に満足しなくなる日が必ず訪れると私は確信している。 


「そこまでの危険を犯すほど、マリア嬢はきみが憎いようだ。一体なにをしたんだい」

 私が問いたい。なにをしたのだろう、と。


 幼い頃も接点は一切なかった。

 私は物心ついた頃には両親の手伝いをしていて、大人とはよく話したけど、歳の近い子どもと遊んだことはなかったので、村には誰一人友人と呼べる者はいない。

 反対に、マリアは働く必要がなかったから毎日友人と遊び回っていた。


 本当に急に今まで話したこともない子たちからいじめられるようになって、よくわからないまま対抗していたら周囲から人がいなくなって、段々ひどくなっていった。


「……身に覚えはありませんが……いつなにが理由で恨みをかうかわからないので」

 私の返事に、国王は同意して頷いた。経験があるのだろう。

 大変だなぁ、と場違いなことを思う。

「マリア嬢を訴えるなら手を貸すこともできるが、どうする?」

 国王の言葉に、私は少し考える。

 あの国では私の尊厳は傷ついたけど、こちらでは私に傷は付いていない。むしろマリアのイメージにだけ大ダメージが入った感じさえする。

 追撃するなら、チャンスだ。

 訴えることができると聞いてとっさに思ったのが、それだった。

 下がったと思った溜飲は、まだ残っていたらしい。私は自分で思うより根に持つ性格のようだ。


 それでも、私にとってマリアはくそみたいな人間だけど、インフィ国にとっては国を守るために必要な『聖女』だ。魔法が使えるようになれば、なんとか宥めすかして仕事をさせるだろう。

 だけど訴えてしまうと、特に国民からの信用に傷がつく。更にメイフィア国との禍根になる可能性もある。


 私はどうするのがいいのかわからず、一旦答えを保留して、話の続きを聞いてから判断することにした。

 だけど、宰相は続きを躊躇っているように見える。国王も先を促すか悩んでいる。

「……ここから先は、あなたにとって辛い話になりますが、よろしいですか?」

 あの国で受けた以上のことがあるのだろうか。

 私は考えるまでもなく、構わないと頷いた。




 * * *




 気丈でしたね、と宰相がサニーの背を見送ってから呟く。あれ(・・)を気丈というのかは疑問だったが、最後まで倒れずにいたことは逞しいと思う。

 隣国で調べたことを全てサニーに伝えた。

 何故『聖女』が魔法を使えなくなったのか。その根底と推測、そして真実を全て。




 インフィ国の『聖女』が魔法を使えなくなったことは、恐らく予想している通りだろう。

 だが、サニーの境遇は想像以上に過酷で、よく真っ直ぐ生きてこれたものだと感心してしまう。つい数ヵ月前に亡くなったという両親が愛情深く育てたのだろう。彼らが生きていたら、あの国で唯一サニーを庇う存在だったに違いない。


 サニーは聞き終えると、真っ青にした顔を俯かせ、そして次に顔を上げたときには顔色が戻っていた。

「インフィ国に行きます」

「引き渡しの要請は来ていますが、これは書面での対応で充分だと……」

 宰相の心遣いに、サニーは礼を言って、首を横に振った。

「私を引き渡すように言われてるなら、そうしてください。ついでに直接マリアに言いたいこと全部言ってきます」

「不敬だと言って、処刑より酷い目にあうかもしれんぞ」

 辞めておけというつもりだったが、しかしサニーは決心したような強い目をしていた。

「そうですね。でも、なにも言わないままより、ましです」

 よく真っ直ぐ生きてきたと思ったが、よくも悪くも潔い性格をしているようだ。

 そうならざるを得なかったのか。




 私は、隣国へ行く手配を命じた。




 * * *




 ギルドの人たちに全部話した。

 私が、冤罪だけれど、『聖女』を虐げた罪で国外追放されたことも。

 『聖女』が魔法を使えなくなったことの原因が自分であることも。

 そして、数日後にインフィ国に行くことも。


 皆黙って私の聞いて、そして、ギルド長に思いきり頭を撫で回された。

 それをきっかけに全員からもみくちゃにされる。


「訳ありなのはわかってたが、大変だったな」

「サニーが真面目ないい子だってのは皆知ってて、信じてるからね」

「変な噂がたってもねじ伏せてやるから、心配すんなよ」


 代わる代わる暖かい言葉をかけてもらって、私は、初めて人前で涙を流した。


 インフィ国では両親に心配をかけないように。

 マリアに侮られないように。

 誰も助けてくれない、なのに鬱陶しそうに見下ろす視線が怖くて。

 人前で泣かないと決めたけど。


 私が泣いても、ここの人たちは優しく受け止めて抱き締めてくれる。


 インフィ国に行ったら、きっとここには戻ってこれない。

 私があの国にいないとマリアは魔法を使えないようだから、こっちの思惑なんて関係なく、なんとしても私をあの国に縛り付けようとするだろう。

 国交の条件にされるかもしれない。

 その条件によっては、メイフィア国王も私を向こうに引き渡すと思う。


 だったら全部ぶちまけて、今まで奪ってきた奴がいなければ、自分になんの価値もないことを思い知らせてやる。




 だけど、どうしても願ってしまう。

 ここに帰ってきたい、と。




 * * *




 思い通りにいかなくてイライラする。 

 部屋は豪華だし、ご飯は美味しいし、ドレスだってすごく綺麗で素敵だ。


 だけど、魔法が全然使えなくなったせいで仕事ができないなら魔法以外で役に立てとか、じゃあちゃんとマナーの勉強をしろとか、孤児院とかに慰問しろとか、原因を探れとか、周りがすごくうるさくなった。

 ここ最近魔物の被害が増えて大変だっていうけど、それをなんとかするって王様の仕事じゃないの?


 それに私の奴隷の(・・)くせに、侍女も護衛も私の思い通りに動かない。

 前までお願いすればどこでも行けたのに、今は部屋から出してもらえなくて、つまらない。

 だからドレスとか宝石とか買ってオシャレして楽しんでるのに、貴女の生活は国民からの税金で賄われている、とか教師の女に言われた。そんなことわかってる。


 でもそれって『聖女』なんだから当たり前でしょ? 『聖女』は国民を癒す存在なんだから、そうした分は返してもらわなきゃ。

 それに自分達のお金を『聖女』の私に使えるんだから、嬉しいでしょ?

 もっと国民からもらってもいいと思う。


 そう返したら、女はかわいそうなものでも見るみたいな目で私を見つめた。

 腹が立ったから花瓶を投げたら顔に当たって、目が見えなくなったらしい。

 ざまあみろ! 私をあんな目で見たからよ。


 それでもさすがに王様に怒られるかなとちょっと思ったけど、なにもなかった。

 私は『聖女』だからね! 私を害したからあの女に罰が下っただけなんだ!




 それから、周りの人たちは私になにも言わなくなった。望めばなんでも差し出してくれる。

 そう、私は『聖女』なんだから、精々私に尽くして崇めなさい。




 * * *




 きっと『聖女』の真実から目を背けた罰なのだろう。




 山のような嘆願書は全て『聖女』マリアに対するものだ。

 傲慢な振る舞い、国税の散財、そして暴力行為。それらに対する訴えが、何十件もきている。

 今なら、調べずともわかる。

 虐げていたのはサニーではない、マリアの方だったと。

 マリアの訴えは、虚言だったと。


 だが、もう全てが遅い。


 冤罪のままサニーを追放してしまった。しかも罪状をつけた罪人用の馬車に乗せて。

 何故そうしたと訊けば、マリアがそうしたという。

 国際的にも禁止された越権行為だ。

 どうあれ『聖女』マリアを罰しなければならなかった。

 なのにマリアが「サニーに自分の罪を理解してもらって、ちゃんと償って、きちんと生きてほしかったから……」と涙ながらに言われ、言葉に詰まった。

 それでもあの時に私が言及していればよかったのに、私は「なんて慈悲深いのだろう」と、マリアの行動を許してしまった(・・・・・・・)


 そう、愚かにも、許してしまった(・・・・・・・)のだ!


 慈悲深い者が、自分の虚言で無実の人間を罪人にし、罪状を裁判も通さずに無断で用意して、それを貼らせた罪人用の馬車に乗せるものか!

 しかも『聖女を虐げた』というあの罪状に、国民が彼女に対してどういう行いをするかなど想像に容易い。


 やはり石を投げられたようだったが、護衛が機転を利かせてサニーを無傷のまま国境まで送り、最後まで民から守ってくれた。

 『聖女』が暴力を許した、そう言われてもおかしくなかった。

 そのことをマリアは理解して、護衛に感謝しなければならないのに、あろうことか勝手に彼らを護衛から外した。名誉職である『聖女』の護衛から『聖女』自ら外したとなれば、大きな醜聞だ。

 案の定彼らを受け入れるところはなく、私が手を回して離宮で暮らす弟一家の護衛に就かせた。弟は事情を知ると快く彼らを受け入れてくれた。

 それが唯一の救いだった。


 それからもマリアは、マナーの勉強も魔法の訓練も受けずに、ただ贅沢に過ごした。

 始めは慣れない城暮らしの慰めになればと自由にさせていたが、いつまで経っても『聖女』としての役目を放棄し、しかも聞こえてくるのは悪評ばかり。

 三ヶ月経つ頃になんとか宥めすかして結界の貼り直しをさせようとしたが、なんとマリアは魔法が使えなくなっていた。

 本人や周囲にいつからだと訊いても、マリアはずっと怠けていたためわからない。少なくともサニーを追放する前までは使えていたらしいことは確認できているため、私たちはサニーが原因だと考え、近隣国に要請を出した。


 その間にもマリアの暴挙は止まるどころか日に日に酷くなり、メイフィア国からの返事が届いた日、とうとう教師の女性を失明させてしまった。

 私が、マリアの行いを一度でも諌めていれば違ったかもしれないのに、全て許してしまった(・・・・・・・)から、起きてしまった。


 私は、また決断しなければならない。

 せめて犯した間違いを正さなければ。


 マリアが魔法を使えなくなったことは、私が間違えた罰なのだろう。


 サニーが戻れば、全てを明らかにして、『聖女』マリアを正すことができる。

 正すことさえできれば、『聖女』マリアも魔法を使えるようになり、『聖女』としての自覚をもって役目を果たしてくれるようになる。

 私は浅はかにも、そう考えていた。




 サニーを国外に追放したこと、そしてサニーも自らの意思で国を出た時点で、全てが終わったことも知らずに。





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