2 冤罪と断罪
我が国の『聖女』であると偽っているサニーは、その後の取り調べでもずっと「自分は最初から『聖女』じゃないと言っていた」と主張した。
サニーは初めて対面したときから、確かにそう言っていた。自分ではない、後から来るはずだ、と。
だが、真の『聖女』であるマリアからサニーの悪事を聞いたことで頭に血がのぼり、王も我々もそのことがすっかり抜け落ちていた。
しかし裁判の準備のため少し時間をおいたことで冷静になった王がそのことを思い出し、改めて調査をすることになった。
すると、すぐに彼女があの場で言ったことの、一部が、真実であることがわかった。
まず、サニーが『聖女』だということになったのは、彼女が『聖女』だと言って引かなかったあの使者が原因だった。
彼は占いをもとに村の出生届を調べて、マリアとサニーの二人だけが条件に当てはまったため二人の素行調査をし、その際にマリアが村から出ている経緯を知った。
そのことで彼は、まだ見ぬマリアに疑念を抱いた。
「果たしてマリアが『聖女』だったとして、あんな行いをする彼女が国民から愛されるのか」と。
だからサニーを『聖女』にしようと考えた。たとえ彼女が『聖女』でなくとも。
使者は『聖女』をただの飾りだと軽く考えていた。
というのも、先代の『聖女』は有能すぎて半日かかるような仕事もすぐ早く終わらせてしまったため、空き時間を自由に過ごすことが多かった。その様子を幼い頃から見ていた彼は「『聖女』の仕事は実は大したことがない。国民に愛想を振りまいているだけの、魔法に長けただけの者」と思い込んでいた。
更に彼には、魔法は根気よく鍛練すれば必ず身に付くもの、という個人的な信条があり、それをサニーに押し付けた。そもそも魔力が合わない、という根本的な問題なのに、ちゃんとサニーの話を聞いていなかった。
尋問に対して彼は最後まで、自分の疑問は間違っていない、と主張した。
次に、申請されていた多額の費用は全て、侍女長が使い込んでいたことが発覚した。
彼女はサニーが「自分は『聖女』じゃない」と言っているのを聞いて、利用することを思い付いたという。
彼女は浪費癖を理由に離婚していた。官僚である夫の稼ぎで贅沢をしていたので、自分の稼ぎでは以前の生活を維持できず、かといって質を下げることを厭い、悩んでいたところだったという。
金は全て、ドレスや宝石に変わっていた。
「だって元は私たち国民のお金ですし、それに『聖女』様ですもの、少しくらい分けてくれてもいいと思ったんです」
そう主張していた侍女長は即刻解雇され、与える罰も決まっている。
しかし、マリアを虐げていた件については、まだ真偽が不明なままだった。
真実ならば、相応の罰をサニーに下さなければならない。だが虚偽だとすると『聖女』が民を貶めるひどい嘘を吐いたことになってしまう。
文字通り『聖女』とは、聖なる女性。慈悲深く、清廉潔白な乙女。国民が求めているのはそういった者だ。
だが、再調査の途中でマリアと領主の息子との一件、そして村でのサニーの様子を知った王は、マリアに対して疑念を抱き始めている。
更にマリアが嘘を吐いているとなると、最も『聖女』を信頼しなければならない立場が揺らいでしまう。
それでも彼女が真の『聖女』であることは間違いなかった。
たとえどんな人間であったとしても。
故に、サニーの処遇に迷う。
何故なら、それを決めるためにマリアの身辺を更に調べて真偽を確認しなければならない。
もし今知る以上の嘘が出てきたら……。我々はそれが恐ろしかった。
だが王は決断しなければならない。『聖女』マリアを信じるために真実から目を背けるか、公平な目で真実と向き合うか。
* * *
罪人の刺青を入れられたらその辺で首でもくくろうかと思っていたけれど、言い渡されたのは、私が使った分の返金と、国外追放だった。
詳しく聞くと、再調査が入って私自身が『聖女』だと偽った事実がないこと、多額の費用を使い込んだのが侍女長であったことが証明された。そのため『聖女』と名乗った罪は、冤罪だと確定した。
だけど表向きは『聖女』として生活していたため、私が二ヶ月間で使った費用の返金が決まった。
これは元から返すつもりでいたし、貯金から返せる金額だったからすぐに手続きをした。
国外追放は、マリアをいじめていたことに対する罰だった。
そっちはやっていないから反論したけど、証拠がないからと覆らなかった。村の人が証言してくれるのではと思ったけど、すぐ有り得ないと気付いて止めた。『聖女』になったマリアに取り入るため、もっとひどい嘘を言われる可能性のほうが高い。
国王は再調査したと言ったけど、城の中だけを調べて、村までは行ってない。ただ自分達とマリアを煩わせる私をさっさと追い出したいのだと、そう判断した。
とはいえ再調査が入らなかったらもっと最悪なことになっていたし、結果的には私が望んでいた形になったから、これ以上は望まないことにした。
私はずっと、国から出て魔法を思い通りに使えるようになりたい、と考えていた。
両親の死をきっかけに国を出るつもりだったのに、無理矢理村長の家に連れていかれたときは、どうしようかと思った。
それでも、もしそこで最低限でも生活ができたなら、感謝して、恩を返して、成人してからきちんと挨拶をして出ていくつもりだった。
その心が変わったのは、あの家での私の扱いのせいだ。
村長の家で私は、使用人のようなことをしていた。
学費が払えなくて学校を辞めていたし、ただでお世話になるわけにもいかないから、村長に話して許可をもらった。だけど給金をもらったことは、もちろんない。
無理矢理とはいえ私は住まわせてもらう立場だったから、最初から無償で働くつもりでいたし、それは別によかった。
問題は、衣食住の方。
服は元々持っていたものを何度も繕って着ていたし、食事も半分腐った余り物ばかりでよくお腹を壊した。
住むところも屋根裏で、雨漏りと虫とねずみの被害がひどかった。すぐに寝具も服もカビ臭くなったし、ねずみや虫の気配がいつもしていて、気分が悪かった。
お風呂はもちろん使わせてもらえないから、外の仕事のときに川で手早く体を洗っていた。
あれは最低限の生活とはいえない。
とはいえ、そんな生活をしていたから、似たような獄中も耐えられたのだけれど。なんだったら雨漏りがなくて食事がまともな分、獄中のほうが過ごしやすかった。
更に、毎日毎日マリアからも、夫人からも、家政婦のおばさんからも嫌がらせを受けた。
仕事は増やされるし、食事も抜かされるしもらっても腐ってるし、なにをしてもダメ出しばかりで作業が終わらない。なのに仕事は増えていくのだからやってらんない。
そのうえ村長は「頼っていいから」と言っておきながら、目の前で私がマリアに詰られても、なにもしてくれなかった。二人は仲がいいな、とトンチンカンなことを言って笑っていただけ。
しかも村長が私を見るとき、目が全く笑っていないことに気付いてしまった。
更に村長は、私が王都に連れてこられる一週間前に、両親の遺品と私の私物がまだ残っていた家を勝手に処分して、しかも更地にした。
あまつさえ恩着せがましく
「一人であの家を片付けるのは辛いだろうと思ったから、私が代わりにやっておいたよ」と言って、私を見て、気持ち悪く微笑んだ。
私をいじめているときの、マリアと同じ表情で。
ようやく私は、村長にも疎まれているのだと自覚した。
でも理由はわからない。……否、愛娘のマリアに逆らっていたからだろう。
村長は直接私に対してなにかをしてくる感じはなかったけど、私の保護者代理でもあったから、サインひとつで私を適当な家にも娼館にも売り飛ばすこともできる立場で、正直気が気じゃなかった。
成人してから出ていくつもりだったけど、その前になにがあるかわからない。
もしかしたら、成人直前に逃げられない場所にやられるかもしれない。
今日か明日にでもいきなりどこかへ追いやられる可能性もある。
だから私は成人を待たずに、早々にあの家から逃げ出すことを決めた。
あれだけ私を虐げていたのだから、消えても探されることはないと踏んでいた。それに成人すれば、手続き等のときに保護者代理の許可もいらなくなるし、私から縁を切ることもできる。それまで注意しながら逃げればいい。
マリアたちははどうでもよかったけど、村長の機嫌だけは損ねないように行動しながら、仕事の合間に魔物のいる場所を避けて国境に向かうルートをチェックして、変装用の服の準備を始めた。
そのときに使者の人たちに連れていかれたから、残念ながら実行までいかなかったけど。
それでも『国を出ていく』という夢が叶ったことで溜飲下げるんだから、感謝してほしいくらいだ。
だけどマリアは、最後まで私を徹底的に虐げた。
国王が『我が国に戻ることは許さない』と宣言してすぐに、私はマリアの『お願い』で罪人用の馬車に乗せられた。
インフィ国では罪人は罪状が書かれた馬車に乗せられて、しかるべき場所に移送される。
私の罪状は、『聖女』を虐げたこと。
他は冤罪として正式に処理されたから罪状として書けない。それでも、虐げた、という言葉だけで『聖女』を慕う人たちの怒りを煽るのは充分だった。
馬車に向かって石を投げられ、罵声をあびせられた。私はずっと無理矢理ドアを開けられて襲われるかもしれない恐怖に震えていた。
だけど移送についてきた護衛の人たちは、無駄に正義感に駆られた追っ手を撒いて、追い払って、ちゃんと私を国境まで無事に送ってくれた。
しかも「道中でどうぞ」と自分の昼食だというパンまで分けてくれた。
聞けば、彼らは『聖女』専属の護衛で、城で私の護衛をずっと勤めてくれていたそうだ。再調査のときも、私の無罪の証明のため積極的に協力したと言う。
「短い期間でしたが、貴女の言動は真面目で、他の護衛にも侍女たちにも毎日きちんと挨拶をして、丁寧に接しているのを見てきました。誰かを虐げるような人物には思えません。
私たちは、自分の目で見たものを信じます」
「ありがとうございます……!」
暖かい言葉に嬉しくなって思わずお礼を言ってしまったけれど、よく考えたら遠回しに『聖女』が嘘ついてると思ってます、って言っちゃったようなものでは。大丈夫なのかと表情を窺うと、彼らは予想外に柔らかい笑みを浮かべていた。
「私たちは貴女を無事に国境まで送ることしかできませんが……どうぞ、お元気で」
護衛の人たちに見送られながら、門に向かって歩き出す。
私は安堵から涙を流した。
そう、安堵したから、私は泣いているんだ。
そう思わなければ、壊れそうだった。
マリアに急にいじめられるようになって。
大好きだった両親が突然死んで。
それでも頑張ろうと思っていたのに。
ひどい冤罪をかけられて。
知らない人たちから石を投げられて国から追い出される。
最後に少しだけ心が救われたけど、まるでインフィ国から嫌われたみたいだと自嘲しながら、私は振り向かず、一人で生きていくために、国境を越えて真っ直ぐ歩き出した。
* * *
サニーが国を出たと聞いて、私はベッドの上で跳び跳ねて歓喜した。
「ざまあみろ! 私に逆らうからよ!」
最後に罪人用の馬車にちゃんと乗せられるか見に行って正解だった。私をいじめたという罪状が書かれた馬車に乗るサニーの惨めな姿はものすごく愉快で、笑いが止まらなかった。
それに目論み通り馬車に石を投げられたそうだ。
けど、残念ながら同行した護衛が守ったから、サニーは無傷だったとか。
石を投げられてぼろぼろになった後、男どもに襲われて、人としても女としても終わればいいと思っていたのに。
余計なことをした護衛は、あとで私の専属から外しておかなきゃ。結構顔がよかったから勿体ないけど、特に好みってわけじゃなかったし、もっといいのがまだまだいるから、目の保養がちょっと減るくらいはいいでしょう。
「ああ! とても気分がいいわ! 今なら村の収穫祭でいくらでも踊れそう!」
私はベッドから飛び降りて、ステップを踏む。毛足の長いふかふかの絨毯は少しだけ踊りにくかった。
あの村は秋には毎年大々的に収穫祭を行う。祭りの最後の夜は朝日がのぼるまで火を囲んで踊って来年の豊穣を願う。
豊穣を願う他にも、恋人や夫婦で踊ると『実を結ぶ』とも言われていて、恋愛成就や子宝祈願にもなっていた。
それもあって私は村の男から躍りに誘われることが多かった。でも朝まで踊るなんて疲れちゃうし、好みじゃない男にも絡まれて鬱陶しい。あと同じ朝までなら踊り続けるよりも、ベッドの中で気持ちいいことしてるほうがいい。だから毎年気に入った男に誘われると、そのまま輪から抜けて最後まで参加したことがなかった。
でも今なら何人でも相手にしたっていい。
しばらく我慢させられていて、ちょうど欲求不満だった。護衛の誰かを誘うのもいいわね、と思いながら喜びに浸っていたところに、教育係だという女が部屋に入ってきた。この女は私がお城に来たその日から、マナーや魔法の勉強をしろと急かしてくる。しかも今日はとうとう「『聖女』ではありませんでしたが、サニー様はこちらに来てすぐに取りかかっていましたよ」と言ってきた。
私はあの子と比べられることが、この世で一番嫌いだ。
それにお城に来てまだ一ヶ月も経ってない。
「……ごめんなさい……サニーが国を出た時のお話を聞いて少し混乱していて……」
私はしおらしく見えるように少し俯いて、小さく笑う。
女は諦めたように溜め息を吐いて
「では、明日から始めます。それまでにこれを全て読んでおいてください」と言って分厚い本を数冊置いていった。ちょっとページをめくって見たけど、細かい字がびっしりと並んでいて、うんざりした。
本を机に放り投げて、私はベッドに転がって、自分が手に入れたものを思い返す。
ふかふかでいい匂いのする大きなベッド。
広くて豪奢な部屋。
ドレスとアクセサリーがいっぱい入ったクローゼット。
『聖女』という絶対的な立場。
そして格好いい王子様。
インフィ国では『聖女』は王妃になれる決まりがある。貴族だったら正妃。準貴族だったら側妃。平民でも『聖女』だったら特例として側妃になれるけど、ほとんどは恐れ多いと言って辞退している。だけど『聖女』は王家以外との婚姻は認められていないから、辞退した『聖女』は一生独身のまま。
私はもちろん、二つ返事で頷いた。一生独身とか嫌だし。
本当は正妃の方が格好もつくからよかったけど、公務とか色々面倒なことが多そうだったから、側妃でも我慢することにした。王子様も「マリアはそれでいい」と言って優しく微笑んでくれたし。
そう。私は『聖女』なんだから、いるだけでいいんでしょ。だって前の『聖女』もそうだった。ちょっと仕事してあとは愛想振りまいてたらいいなら、簡単だ。
マナーだって、私は『聖女』なんだから多少のことは許されるでしょう。
勉強だって、ちゃんと学校に通っていたのだから、今更することなんてない。バカらしい。
「……そういえば王子様と婚約するとき、テイソーを守っていたか、って訊かれたけど……テイソーってなんだったのかしら?
わからなかったけど、大丈夫です、って言ったら婚約を認めてもらえたし、まあいいか」
* * *
城の侍女たちは、今日も囁き合う。
「ねえ……聞いた? 『聖女』様ったら、またお勉強もしないで……。今日は誘われてもないお茶会に参加したらしいわ」
「ええ、聞いたわ。『聖女』様だからお断りできなくて許可したけど、マナーがなっていなくて、公爵令嬢の方々を不快にさせたとか……」
「平民でも相手は『聖女』様だからって、第一王子のご婚約者様が丁寧に教えたそうだけど、うるさいって『聖女』様に怒鳴られたとか。可哀想に……あんな大声で怒鳴られるなんてないことだから、ショックで寝込んでしまって……」
「先日の護衛の方の解雇だって、ひどかったじゃない。『聖女』様が国民に暴力を許したって言われかねないから、無傷で国境まで送ったそうだけど、そのとき『聖女』様が本を投げつけたっていう……」
「『聖女』様なのに随分と暴力的な方なのね……。
ねえ……前にいた子に、村でいじめられていたって言うけど、本当なのかしら……」
「専属の子も、お勉強の先生も、ずっと褒めていた子ね。魔法の覚えはすごく悪いけれど、他のことは覚えが早くて、態度もよかったって。今でも、彼女が誰かを虐げるような子じゃない、って言っているわ」
「でも、調べ直したんでしょう? 穏やかそうだったけど、人は見かけによらないっていうし」
「それが、聞いた話なんだけどーー」