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第55話 生きた証拠

 ラルフは説明を続けた。


「子どもは王太子殿下の子どもではない。これはリリアン嬢も知らなかったらしい」


 私は耳を疑った。本人が知らない?

 ラルフは冷たい調子で言った。


「リリアン嬢は、何気なく、赤ん坊の尻に青あざがあると話した。アレキア人の赤ん坊特有のもので、大人になると消えるそうだ。王太子殿下とリリアン嬢の間の子どもなら、そんなあざがあるはずがない。聞いた途端、意味を悟ったセリムは、リリアン令嬢とベロス公爵を脅すために使おうとした。僕がそれを止めた。もっといい使い(みち)がある。もう、王妃様が、ベロス公爵とリリアン嬢を守る必要性はなくなるのだ」


 それは、つまり、これまでのすべてが(くず)れ去ったと言うこと。


 王妃様に静養が必要だと言った言葉は真実だった。もう、彼女が守るべきものはない。


 私は手で顔を覆った。


 なんて、かわいそうな王妃様。


「王妃様は、僕を絞首刑にすると宣言したのだ。横暴だよ」


「あなたが無事でよかった」


 ラルフは肩をすくめた。


「大したことじゃない。何しろ、無理だからね」


 私はラルフに向かって言った。


「今、王宮は、どうなっているのかしら?」


 



 王宮は大騒ぎになっていた。


 何しろ、セリムがリリアン嬢の子どもは、王太子殿下の子どもでないと宣言したからだ。ラルフの死刑どころではなかった。


 逆上した王妃は、セリムを死刑にしたがったが、ベロス公爵が必死に止めに入った。

 ただの証人で、何かしたわけではないと弁明に努めた。


「少しでも当時の状況がはっきりすればと思っただけでして……」


 リッチモンド公爵も割って入った。


「告発状の内容にあやふやな部分がございます。ラルフの罪状については、今一度、検証することとしてはいかがでしょうか」


「おや、リッチモンド公、娘婿の話となればずいぶんと甘いことですな。死刑で十分でしょう」


 ベロス公爵が嘲笑(あざわら)った。リッチモンド公がぎろりとベロス公を見た。


 ベロス公爵はそれまで、リッチモンド公のことをおとなしい、いわば問題を起こさない覇気(はき)のない人物なのだとみなしていた。

 だが、違っていた。


「人一人、噂だけで死刑だなどと、ベロス公、あなたの裁定はずいぶん厳しい。さよう、私は娘婿を自分の息子同様に案じております。その点、あなたとは違う。オールバンス男爵が、その真偽のほども不明な告発文に名を書かれている、ただそれだけのことで死刑なら、そのアレキア人も、殿下に手紙を渡した以上、十分死刑に値するでしょう」


 リッチモンド公の声は大きくてよく響き、その場を制した。


 ベロス公爵は、リッチモンド公爵から反発を食うとは思っていなかったらしい。


「王妃様の裁定ですぞ。即時死刑を執行すべきです」


 そこへアレキア人が口を(はさ)んだ。


「もし。お言葉ですが、その手紙の真偽の程は、私ではわかりかねますよ? ベロス公爵に判断していただこうと思ってお渡ししたのです。出どころも不明なのですから」


 リッチモンド公が言った。


「死罪の件は時間をかけて検討するべきでございましょう。殿下が人の子なら、ラルフもアレキア人も人の子で、母もいるのです。息子が死んだと聞いたらどんなに悲しむことでございましょうか」


 ここで、王妃がわっと泣き出し、散会になったという。


 セリムは、王妃がいなくなったので、大手を振って出て行った。誰も止めなかったらしい。


「ベロス公爵が懸命に擁護したからね」


 ベロス公爵は王妃が決めたことだからと、ラルフの即時死刑の執行を求めたらしいが、それこそ他の貴族全員に白い目で見られたらしい。


「目的が僕の死刑だからね。どうしても、そこは譲れないらしいよ」


 私は憤慨した。


「リリアン嬢のお子さまの秘密を全土に知らしめましょうよ」


 ラルフは笑った。


「そんなこと、僕たちが心配しなくていいよ。今頃、噂は広がっているさ。誰にも止められない」


 私はベッドに座ったまま、ラルフに聞いた。


「じゃあ、この茶番劇は成功したの?」


 ラルフは振り向いた。


「大成功さ。ありがとう。オーガスタが倒れてくれたおかげだよ」


「え? どういうこと?」


「若く美しい妻は夫の死刑宣告を聞かされるために呼び出され、ショックを受けて倒れた。みんなが同情した。王妃様とベロス公爵は要らない。横暴すぎる。みんながそう思ったことだろう」


「私は早くあの場を出たかったから、芝居を打っただけよ」


 私はちょっと顔を赤くして抗議した。


「素晴らしい機転だ。とても効果的だったと思うよ」


 そこへマリーナ夫人が父の公爵の訪問を告げに来た。


 私はあわてた。


「ラルフ、あなたがここにいることをお父さまは……」


 ラルフはふっと笑った。


「知っている。それから、チェスター卿も、ゲイリーも」


 私は一瞬訳が分からなかった。


 だが、次に怒りを感じた。


「じゃあ、どうして私だけ知らなかったの? 信用されていなかったの?」


「だって、あなたは僕と結婚したくないって言ってたじゃないか。僕が死んだら好都合かもしれないって」


 目と目が合った。ラルフは軽いからかいを帯びて。私は怒りを帯びて。


 そんなことあるわけないでしょう!


「あなたがそんなつもりなら……私に何にも知らせたくないと言うなら、それは受け入れますわ」


「あ、ごめん、オーガスタ、意地悪を言った」


 ラルフが慌てて抱きしめた。


「ちょっと仕返しをしたかったんだ。いつまでも、なかなか僕を受け入れてくれなかった」


「あなたのように、本音がどこにあるのかわからない人を信用するのは、難しかったのですわ」


「僕は、単純明快にあなたのことが好きだっただけだ」


「今日のことだって、あなたの仕組んだことですよね?」


 私はプイと横を向いた。


「私は心配したのですよ? リッチモンド公爵家の名誉にかかわりますから」


「オーガスタの嘘つき。僕を心配してくれたんだろ?」


 私は何も答えなかった。どうして私に何も教えてくれなかったの?


「だって、王妃様があなたを呼び出すなんて、思ってなかったんだ。あなたが来た時、僕はどうしようと思ったよ。顔色が変わるのが自分でも分かった」


 それで、あんなに変な顔をしていたのか。

 ラルフが心配してくれたことはわかったが、それでも怒りは収まらなかった。


「全く、どうしてあんなにも大勢が集まっていたのかしら。とても恥ずかしかったのよ」


「だから、わなさ。王妃様は怒りに任せて大発表会をしたがるだろうから、多くの貴族が集められるだろう」


「大勢を集めたかったの?」


「そうだ。できるだけ多くの人に、子どもに王位継承権がないことを伝えたかった。重要貴族を大勢集めることは、僕たちにはできない。そこは王妃様の力をお借りしたかった」


 私はラルフの顔を見た。なんて嫌味な。


「継承権がないことは、いずれ成長するにつれバレていくだろう。だけど、待ってられない。今だってアレキアは狙っている。早くどうにかしたい。この国が滅亡していくのを黙って見ていることは出来なかった」


 そこへリッチモンド公爵、つまり父がやって来た。


「オーガスタ、大丈夫か?」


 父は大汗をかいていた。急いで大聖堂から戻ってきたのだろう。


「マリーナ夫人、何か冷たい飲み物を」


 私はマリーナ夫人に命じてから、父に言った。


「わたくしだけ、教えてもらっていなかったんですって?」


 父はピタッと動きを止めて、心底申し訳なさそうな顔をした。


「すまなかった。まさか、王妃様がお前を呼ぶとは思っていなかった。説明をする時間がなかったのだ。心配だったろう。ラルフは絶対に安全だったのだが、本当にあの短時間では伝えられなくて……」


 私はにっこりした。


「気を失って倒れたわけじゃありませんのよ? お父さま。わたくし、あの大聖堂から、出来るだけ早く出たかったのです。ラルフを殺されるわけには、いかないと思ったの。倒れてみせれば、すぐにあそこから出られると思っただけですわ。ご心配おかけして申し訳ありませんでした。でも、これでおあいこですわね」


 父は、仰天して私をまじまじと見ていた。


「ですからね、お父さま、今度からはわたくしも仲間に入れてくださいませ。次は何をしますの?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] おお…オーガスタ、覚醒!ですね。 目覚めたらこの娘頭いいからなんかすごそう~楽しみにです!! [一言] 王妃様自分の愛情に足を掬われた感じがします…。 そしてアレキア人はモンゴロイドなのか…
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