第50話 ラルフの戦勝自慢
アレキアの海上の隊は、ラルフの予言通り、ずっと西に逸れて、パロナ王国との国境近くまで移動していた。
ベロス公爵と王家の人たちが、ギャアギャア激論を戦わしていた間に、アレキアは思いもよらぬ場所から続々と無事上陸を果たし、その知らせを受けた王家は真っ青になった。
「このままでは、ルフランは乗っ取らっれてしまうのでは?」
「それにしても、なぜ、そんな辺鄙な田舎に上陸したのでございましょう? 何もないではありませんか!」
動揺した側近の言葉に、王妃様は気分が悪くなって、議会を出てしまった。
「これというのも、ベロス公爵、あなたが不用意に撤退したりするからだ」
王妃様が出て行った途端、リッチモンド公爵、すなわち父は、ベロス公爵を責めたて始めた。ベロス公爵がすぐ興奮することを知っているのに。
案の定、ベロス公爵は、父に向かってわめきたてた。
「なんですと! 私は、陛下の命を受けて進軍したのだ。戻って来ざるを得なかったのは、裏切り者の騎士どものせい。やつらこそ陛下の敵である」
ベロス公爵は、国王に向かうと口から唾を飛ばして言い放った。
「不敬でございます。リッチモンド公爵には謹慎が適当でございます。陛下、ご決断を!」
「お待ちください! 父上! いえ、ベロス公爵!」
居並ぶ高位の貴族を押しのけて現れたのはビンセントだった。
騎士の格好をしていた。
「騎士の側にも言い分がございます。それにそのような謹慎などと……」
ベロス公爵は自分に逆らう発言をした者が誰だかわかると、より一層激怒した。
息子が下層の騎士の格好をしていたからだ。
「そのような卑しい者のなりをして。お前など、息子でも何でもないわ。勘当じゃ。今すぐ、この場を出よ。下層騎士の発言など聞く耳持たぬ」
「陛下!」
リッチモンド公とビンセントは二人して、陛下の顔を見つめたが、ベロス公爵が立ちはだかった。
「陛下の意志は貴公らにあらず! この場を出よ!」
王は話の成り行きがわかっていたのかわからなかったのか、一言も発さなかった。
父とビンセントは、ベロス公爵に怒鳴られながら、腹の中でニヤリとした。
「出ろ、だとよ。ビンセント殿」
二人は仲良く最敬礼をして部屋を後にしたそうだ。
「王は馬鹿だ。ベロス公爵ごときを止められないとはな」
「止められないに決まってるっておっしゃったのは、あなたではありませんか」
「これで当分宮廷に出仕しなくて済む。私はクビだ」
「私も同様です。沈む船に乗り続けるわけにはいきません。母がおりますゆえ」
二人は顔を見合わせた。それから、言った。
「しからば、ごめん」
二人は仲良く、とっとと王宮から出て行ってしまった。
だが、出て行ったのは二人だけではなかった。多くの貴族たちが、父たちの後に続いて部屋を出て行ったらしい。
「泥船から逃げるネズミみたいなものさ。ビンセントだってそうさ。ベロス公爵家から縁を切りたかったんだ」
ビンセントは、王の面前で勘当されたのだから、今後はベロス姓を名乗らなくても済みそうだとまで言っていたらしい。
リッチモンド公爵が出入り禁止になり、ビンセントが廃嫡されて二週間ほどたったころ、ノートンの村からラルフは戻って来た。
「リッチモンド公爵はうまいことやったらしいな」
ベロス公爵と真っ向、事を構えることは、うまいことだったの?
「もちろんそうだよ。これで、悪いのはベロス公爵だとはっきりするだろう。国王の威を借るキツネだ。実際には何の力もないくせに」
私は、この出来事が王妃様がいなくなった途端に起きたことがショックだった。
まるで、これまで王家を支えてきたのが、あの王妃様だったみたいだ。
「あながち、間違っていないよね」
ラルフは同意した。つまり、王家を支えていたのは、王妃様だと言うのだ。
私は、王妃のことは凡庸な人物だと思っていた。
「だが国王よりマシだ。これから坂道を転げ落ちていくように、王家はダメになっていくだろう」
ラルフは、私が座り込んでいた書斎のソファの向かいに座った。
「ねえ、わかっている? あれがあなたの運命だったんだよ」
ああ、それだ。それが私の受けたショックの原因だった。
「あなたが嫁入りすれば、王妃はそこまで追い詰められなかっただろうね。王太子も馬鹿な真似をしなかっただろうし、ベロス公爵の出番なんかなかった。リッチモンド公爵とババリア元帥が両輪となって財務と軍事を支えただろう。あなたなら、みんなが支えてくれただろう。なぜなら、無私の心で王家を支えるあなたは尊敬される存在になっただろうから」
「無私?」
「そう。あの王妃にしいたげられながらも、支え、助言し、王太子を説得して、周りを説得して、最良の道を選んで彼らを導いていく。誰にも褒められない。きっとずっと後世になれば、評価されるだろうけど、王家の人間はあなたを誉めないだろう。そのくせ、まずいことが起きた時は、外から嫁いできたあなたを責めるだろう」
からかうような調子でラルフは、それでもやさしく言った。
「逃げられてよかったじゃないか。そんな運命から」
「でも、そのせいで王太子は亡くなった」
ラルフは肩をすくめた。
「誰かに支えてもらっていない限り、その責任に耐えられない人間が王太子にふさわしいと思う?」
私は黙った。一国の王太子に生まれついたと言うことは恐ろしいことだった。
「それより、アレキアとの戦いは、今、どうなっていますの?」
国王とベロス公爵は、今頃になって、アレキアの目的地がマルケでないことを知ったらしい。
ビビりまくって善後策を議論していたそうだが、残って聞いていたゲイリーによると的外れもいいところだったとか。
「なぜ、ノートンを目指したのか、彼らは知らないからね。それに、軍事なんかまるで素人だからな」
ラルフは、その問題の地から戻ってきた。
ノートンの村は金鉱を巡ってアレキアと激戦になっていたはずだ。さぞ、大変だったのでは……
だが、ラルフは平然としていた。
「あなたが、歓待するだなんて経費の無駄遣いだと言っていた連中が、アレキアの軍勢全員を仕留めたよ」
全員を仕留めた? 私は耳を疑った。
「全滅ということですか? アレキアの軍勢はどれほどの規模だったのですか?」
「数千だね。こっちは数百どまりだけど。そして全滅ではなくて、全面降伏だね。殺したわけじゃないからな」
ラルフはあっさり言った。
「海から金鉱にたどり着くためには、どうしても狭い渓谷を通り抜けなくてはならない。幅は数十メートルだ。こちらは地元民だからね、地勢をよく知っている。谷を見下ろす高地から、火矢を射かけたり石を落としたり、その辺はアイデア次第だ。後列の連中は、川から流れてきた味方兵の死体に相当驚いたらしい。進軍は止まってしまった。まあ、すでに半数くらいに減っていたがね。今度は背面から襲撃した。奮い立つ連中を止めるのに苦労した」
「奮い立つ連中?」
「そうなんだよ。騎士連中ときたら、例のマックスの娘たちの前でいいところを見せたがったんだ。止めるのが大変だったよ」
ラルフはため息をついてみせた。
「止めたんですか?」
「もちろんだよ。殺しちゃダメだ。身代金を取らなきゃいけないからね」
「は? 身代金?」
「奴隷兵もそれなりの金で売れる。騎士クラスの戦士たちの身内には、身代金を要求した。金額の交渉で少し時間がかかっているが、円満に合意に達した連中はもう帰国していると思う」
売った…… それではまるで奴隷狩りのような?
「人聞きが悪いな。交渉だよ」
ラルフは力をこめた。
「アレキアの太守は話の分からない男じゃない。捕虜の中に太守の甥が混ざっていたんだよ。もちろん首を切ってお返ししてもよかったんだが、太守が喜んで交渉に応じてくれたんでね」
「太守の甥……?」
私は繰り返した。だから何なの? 意味が分からない。
アレキアは確か一夫多妻制だ。
太守の子どもは数十人いるらしい。甥は、もしかすると数百人単位でいるかもしれない。私は天文学的な太守の親族愛に思いを馳せた。
「大事な甥御様なのですね……?」
太守は残虐な性格だと聞いたことがある。親族とは言え、この大甘な措置は信じられなかった。
「なにしろ絶世の美男子でね」
「……絶世の美男子……」
どんな人なんだろう。
「太守が寵愛しているらしい。ただあいにく若者らしく、無鉄砲な性格で、どうしても戦いに出たいと頑張って太守も根負けしたらしい。金鉱を攻略して手柄を立てたかったらしいな」
それは……うちのアレックス王太子殿下よりバカじゃないのか。
「あのう……もしかして、今回の騒動はそれが原因だったとか言うオチじゃないでしょうね?」
ラルフが微妙な顔をした。
「そうかも知れない。他国の内情などわからないが、それでアレキアの行動が全部説明できるだけに、なんとも言えない。アレキア人の商人に言わせると、いつもの太守の気まぐれだそうだが。甥には骨抜きだそうで」
話は妙な方向に進んでいく。
「ええと、甥だけど愛人?」
「もちろん。僕はアレキア人商人と親しくてね。返した方がいいと彼からアドバイスされたので、傷一つ付けずにお返ししたんだ。太守も大変お喜びだったが、しばらくはお仕置きをされるそうだ」
太守自身、多くの妻妾を抱える身であると聞いたのだけれど、これはどういうことなのかしら。
ラルフの方は、別な話題に移っていった。
「この甥の身代金が莫大でね。で、今回の出費はほぼペイした。非常にうまく行ったよ」
「あの……ラルフ……」
私はたまりかねて、ラルフに聞いた。商魂たくましすぎる。
「やはりそれは人身売買では?」
ラルフがちょっと目を見張った。
「あ、これはアレキアの知り合いの商人の助言に従っただけなんだよ……」
「嘘……」
絶対に嘘だ。喜んで身代金の取り立てに手を出したに決まってる。
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