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第43話 お世継ぎ問題

 王太子殿下の死去以来、社交界は火が消えたようになっていた。知人同士が地味なお茶会を開く程度である。


 アリサ・ボーネル嬢と、そういったお茶会で会う機会があった。確か、エレノアのお友達で、王太子殿下を巡ってライバル同士だった令嬢だ。出来れば親しくなりたくない。なにか良くない思い出があったような気もするし。


「今はペンザンス伯爵夫人ですの」


 だが、彼女の方から近づいてきて、自己紹介してきた。

 結婚できてうれしそうだ。


「ペンザンスと言えば、南の海浜沿いでしたかしら?」


 ちょっとだけ話をしてもいいかもしれない。ペンザンス領はマルケの近くだ。


「そうですわ。よくご存じですのね」


 彼女は自慢の金髪を振って答えてくれた。


 ペンザンス家の領土でのアウサ族の被害状況や、周りの領主たちはどうしていたのか。


 しかしながら、彼女は驚くほど自領について知らなかった。


「アウサ族? 海藻の一種ですか?」


 この時点で会話を打ち切って帰ればよかったのだ。彼女はエレノアに誘われてダービィへ行ったらしい。何か言いたいことでもあるらしく、私を引き留めて、エレノアの話を始めた。


「エレノア様はダービィで、泣いて皆様に語っていらっしゃいましたわ」


「何をですか?」


「ラルフ様はエレノア様を愛していて、お二人で公爵家を継ぐと約束していたのに、王太子殿下に婚約破棄され、あぶれた姉のオーガスタ様が恋人を盗ってしまったと。ラルフ様も公爵家の圧力に負けて仕方なく結婚された、エレノア様は公爵家の犠牲になったのだって」


 さすがに返す言葉を思いつかなかった。捏造?


「でも、ラルフ様がエレノア嬢を愛してらしただなんて、絶対嘘ですわ。殿下のことだって……」


 えーと、そう言えば、ペンザンス夫人はラルフにもアタックしてたんだっけ。

 何か嫌な思い出があると思ったらそれだ。それと、なぜ、あなたがラルフ呼びなの?


「エレノア様の方が、オーガスタ様より、男性にとっては魅力的なのだと、誰かから教えられたそうですのよ? 殿下は必ずオーガスタ様よりエレノア様を選ぶと」


「え?」


 誰かしら。エレノアにそんな入れ知恵をしたのは。エレノアが飛びつきそうな話だわ。


「それ、本当ですの?」


 私はちょっと険悪になってペンザンス夫人に詰め寄った。


 おかげで、私との婚約は破棄され、殿下はベロス嬢のハニーラップに引っかかり、挙句の果てに行かなくてもいい遠征に行き命を落とした。怒涛(どとう)の展開だ。


「殿下にとって、オーガスタ様よりエレノア様の方が魅力的だったことは確かですわ。実際、婚約破棄されたくらいですもの」


 ペンザンス夫人はツンとして言い切った。


 私は思わずペンザンス夫人の顔を眺めた。本人に向かって、魅力ないですよねーとは、どういう挑戦状なのかしら、これ。


「貴族令嬢の使命はよき結婚にあるのですわ。エレノア様と違って、私は立派に伯爵家に嫁ぎました」


 ペンザンス夫人はいかにも得意げに語った。


 結婚だけが幸せじゃないわ、とか、男を捕まえるのがうまいのは自慢になるのかしらとか、いろいろ考えたが、「ご結婚、おめでとうございます」とだけ言って、話を切り上げて、早めに自分の家に帰ることにした。


 後で調べたらペンザンス家は領地のほとんどを抵当に入れていて、借金まみれだった。

 都合が悪いので、領地の話なんか家庭内では出ないんだろう。そりゃマルケのことも知らないだろう。

 そのほかにペンザンス伯爵は女癖が悪いと有名だった。


「おめでとうございますでよかったのかしら?」


 帰って着替えさせてもらいながら独り言を言ったら、ソフィアが変な顔をしていた。




 その後、ラルフは無事に凱旋してきたが、そのまま王宮に吸収されてしまって、公爵家には戻ってこなかった。


「戦勝将軍と言うことで、パレードくらいあってもいいと思いますわ」


 マリーナ夫人はひいき目が過ぎると思う。そんなことをしたら、王妃様が怒る。それより、ラルフと父と、それからゲイリーも戻って来ないと言うことは、なにか面倒が起きているのでは。



「お世継ぎ問題でもめているのかもしれません」


 マリーナ夫人がぽつりと言った。


「次のお世継ぎは、殿下のお子さまでございましょう?」


「さあ、わかりませんよ?」


 マリーナ夫人は意味ありげに言った。


「ことによるとラルフ様になるかもしれません」


 びっくりした。


 だが、よく考えたら、ラルフはただの貴族ではなかった。


 王子が亡くなり、他にお子がいない王家には跡取りの問題が発生しているはず。


 マリーナ夫人はとっくの昔に気付いていたらしいが、私は今頃になってこの問題に気がついた。


 王家の系図を必死になってたどる。

 

 できればラルフくらいの年頃のまだ若くて、王家に血が近い人間……。


 確かに、ラルフは王孫に当たり、おそらく最も若い成年男子の王族だった。


 ちょっと、ゾッとした。


「リリアン様のお子様で確定ではないのですか?」


 私はマリーナ夫人に向かって言ったが、マリーナ夫人は、(さか)しげに頭を振った。


「お子さまが無事に成年に達することが出来ればよいのですが。予備が必要なのですよ。それに継承権は順番を決めておかないといけません」


 予備……。理屈はわかるが、そんな呼び方はどうかと思う。王妃様はどう思われるかしら。


「いっそ、もう立派に成年に達してらっしゃり、大公爵家の令嬢を妻に迎え、有能なことはこの上なく立派に証明されている美丈夫のラルフ様を王太子様に据えるか」


 マリーナ夫人……。堂々と言ってのけるのはどうなのかしら。確かにこの南翼には、使用人もほとんどいないし(特に夜は秘密を守るため)、人に聞かれる心配はないけれど。


「で、でも、ラルフ程度に血が繋がっている人はたくさんいるわ」


「たくさんって、どなたのことをおっしゃっているのです?」


 マリーナ夫人に問われて私は考えた。


 先代の王には、王子がたくさんいたので、血族が多い気がしていたが、子どもがいる家は三つだけ。


 そのうち、ラルフの家は姉妹しかいない。そして全員嫁いでいる。他国に嫁いだ娘の息子たちは除外せざるを得ないだろう。


 第一王子は前国王で故人である。


 三番目は公爵だったが、他家へ婿入りしたはずだ。


 ただ、夫人との間に子どもがいなかった。愛人には子どもがいるそうで、現在進行形でいろいろお家騒動的な話に発展している。

「あそこは、除外と言うことで」

 マリーナ夫人のコメントが全てを語っていた。

 確かにめんどくさ過ぎる。


 四番目は伯爵家。ここは早くに物故した。今の陛下と変わらない年まわりの息子がいる。ちょっと変わっていて彫刻家として有名だった。

「腕は当代一流だそうですね」

 マリーナ夫人もそれは否定しなかった。

 ただし彫刻家は王様には向いていない気がする。


 問題は二番目の侯爵家。ご本人は相当のご高齢だが存命だ。夫人は十年ほど前に亡くなられ、三人の兄弟がおられる。


 立派なラルフの対抗馬のはずなのだが、マリーナ夫人は却下した。


「なにしろ、まずお年が行き過ぎています。国王陛下と同い年ですもの」


 要するに、陛下より若くなければ後継としては意味がないと言いたいらしい。


「陛下より先にお亡くなりになるやもしれません」


 あ、言っちゃってる。


「ご子息がおられるでしょう?」


「十五人、お孫さまがいらっしゃるのですが、皆さま、鳴かず飛ばずで」


 数の多さに驚いたが、名前を聞いて、頭を抱えた。


 全員、なんらかの形で知り合いだったが、ラルフがダントツで優秀なのはよくわかった。みな、これと言った地位についていない。


 あと、先代のリッチモンド公爵の存在は大きかったのが、今更ながら理解できた。

 結婚相手の格が違った。


 特に娘たちは、婚家先が裕福かどうかだけで嫁いでいた。家の方にいくらかお金を回してもらえることを期待してのことと思う。嫁いだ娘たちは苦労したのではないかと気の毒になったが、高い身分を鼻にかけて、自由自在に振る舞ったらしく、婚家先で顰蹙(ひんしゅく)を買ったらしい。どっちもどっちだ。


 マリーナ夫人は、全員の結婚相手を覚えていて、トラブルの内容まで熟知していた。


 私も前コーブルク侯爵のバクチ狂は知っている。夫人にぶん殴られたことがあることも。


「ですから、ラルフ様以外は考えられないと思いますの。戦功著しく、見事、王太子殿下の仇を討ったそうではありませんか。このことも王家には高く評価されることと存じます」


 殿下に褒賞(ほうしょう)を与えるためのチャンスのはずの出兵が、逆にラルフの名を高めるだけの結果に変わったのはどうしてなんだろう。


「王宮に缶詰めになっていらっしゃるなんて、お気の毒でございます。オーガスタ様に顔を見せに、早く帰って来て下さったらいいのに」


 マリーナ夫人はそう言ったが、そう言われて私はサーと顔色を変えた。思い出した。ラルフの出陣の直前に、殿下がお亡くなりになって、妙に心細かったものだから、ラルフの脅迫に負けてしまったんだった。


 帰ってきたら、どうしたらいいのかしら。

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