第42話 どこかで狂った運命
ラルフは、あんなこと言ってたけど、彼は私に断られたくらいで死ぬような人じゃない。
全然、大丈夫。……のはず。
だが、先発隊は危険だわ。ラルフがどんなに用心深い人だとしても、万一ということがある。ケガでもしたら思うと、気が気でない。ずっと一緒だった家族みたいな人だし。
翌日、彼は平然と出陣して行った。
王太子殿下の死の知らせは私には衝撃だった。
ちっとも好きではなかったけれど、長い年月を一緒に過ごした人だった。
こんなに簡単に誰かが消えていく。
殿下と無理矢理交代したのはラルフだった。まるで、当たり前のように、彼は私の横の、殿下がいた場所を占めた。
そして、殿下と同じように南の沿岸地方に出かけて行った。
「ラルフは殿下とは違うわ」
私は声に出して言ってみた。
この気持ちは何というのだろう。なにか、私の体の一部も持っていかれたような気持ち。気になって仕方がない。
「どうか無事に帰って来て下さい」
しかし大変な戦闘になるかと思いきや、数日後にはアウサ族を全滅させたという報が入ってきた。
「ラルフ様は大手柄を立てられたそうで」
マリーナ夫人はすごくうれしそうに私に報告した。私が大喜びすると思っているに違いない。
聞いた途端に、一挙に目が醒めた。
大手柄……
あのラルフが死ぬはずがなかった。
よく考えたら、危険だったらラルフは絶対行かない。
アウサ族撃退は、遠足みたいなもんだと誰かが言っていた。
そもそも殿下のために作られた、お手柄作成・超簡単ミッションだったのだ。
つまり、ラルフは(殿下はどうやって死ぬようなヘマをやらかしたのか知らないが)元々簡単に手柄を立てられるお仕事を、殿下の代わりに刈り取りに行っただけなのだ。
「先発隊……」
そして、その手柄を取れるのは最初に出かけた者のみ。
ラルフが立候補するはずである。
ラルフが死ぬようなヘマをする心配なんか全然なかった。
「なんてことかしら!」
この時ほど、心配して損をしたと思ったことはない。むしろ怒りが湧いてくるくらいだ。なんだか騙されたような気がしてきた。あんな、これから死地に赴きます、みたいな雰囲気を醸し出してきて……。
本邸では、父が、ゲイリーと書斎にこもっていた。
二人はラルフの戦勝なんかには、まるで興味がなさそうだった。
「アウサ族の処分なんざ、本来なら殿下だって、三日もあればカタを付けられた代物だった」
「殿下の出兵は余興ですよ、余興。弱小アウサ族をやっつけて、成果があったように見せかければいいだけだったんです。なんで、暗殺されるような羽目になったんだか、さっぱりわかりません」
ゲイリーと父が言った。うん、思った通りだ。
だけど、ゲイリーは、一応、殿下の護衛騎士の監督をしていたはず。言ってみれば殿下の側近の一人にカウントされる。それなのに言い方が、ものすごく冷たいのはどうしてなの?
それを聞くと、彼は一瞬だけ嫌そうな顔をした。
「殿下を好きな人なんかいません。護衛騎士全員から嫌われていましたよ。それよりも困ったことがありまして」
なんだか殿下の話題はしたくないみたいな?
何があったのだろう。側近たちにそこまで嫌われるだなんて。
だが、殿下の行いなど、二人ともどうでもよかったらしい。
父は、殿下の話題は無視して、なぜ私を呼んだのか説明を始めた。
「今回、どう言う訳か、大国のアレキアが、取るに足りないアウサ族の後押しをしていた。そして、沖合に船を待機させていた。これは捨て置けない」
「ところが、マルケ沖にいたはずの肝心のアレキア軍がいなくなってしまったんです。居たのはアウサの雑魚船ばかり。それはラルフ殿の隊が全滅に追い込みました」
「つまり、今はいわば敵がいない状態なのだ。それで派兵を取りやめたい……なにせ金がかかるのでな。ところが……」
父が渋い顔をした。
「でも、王妃様が納得しないのですよ」
ゲイリーが追加説明した。
「王妃様は、復讐心に燃えています。でも相手がいないんです。まさか、海を渡ってアレキア本土に攻め込むわけにはいかないでしょう」
ゲイリーが、若白髪が混じり始めた赤毛の髪を掻きむしりながら続けた。
「アレキア軍の撤退は、織り込み済みなんでしょう。殿下を暗殺した後は、残っていたら危険ですからね」
父が額にしわを寄せて続きを話した。
「それでオーガスタに聞きたいのだが、何か王妃様が納得してくださる方法はないかな? お前は王妃様をよく知っているだろう」
確かに、王妃様の心情を最もよく理解しているのは私だろう。
この手の相談は、王太子妃候補の頃もちょいちょいあった。
私も途方に暮れて、ちょっと考えた。
「そうですわねえ……」
私は書斎の書棚から地図を引っ張り出してきた。
「この村……ノートンと言うのかしら? 派兵の代わりに、ここに殿下のメモリアルのための駐屯地を作ろうと提案してはいかが?」
その場所は、例の金鉱と海の間にあり、街道がそばを走っている場所だった。
もし、アレキアの狙いが金鉱ならここを必ず通る。いや、もしベロス公爵のような強欲な他家が狙ってきた場合でもこの場所は要だ。
金鉱の警護の方法に苦慮していることは知っていた。
リッチモンド家とパロナ公家の私兵が、突然何もない山を警備し始めたら、不審がられるに決まっている。
だが、王太子殿下のメモリアル駐屯地を王家の軍が守る分には誰も見向きもしないだろう。殿下は嫌われ者だったらしいし。
父とゲイリーは、黙り込んだ。二人は金鉱のことを知っている。
難点は、追悼記念の場所としては、殿下が亡くなられたマルケから少し離れた内陸にあることだが、私には自信があった。王妃様は騒がしい場所が嫌いなのだ。
「港町マルケの喧騒を離れて、王太子殿下の追悼の為だけの設備を、マルケ近くの静かな村に造るのだと言えば、王妃様は必ず納得されるでしょう」
王妃様にこの案を出せば、涙を流して食いつくことを私は知っていた。
「オーガスタ様。名案です」
ゲイリーがちょっと尊敬したように言った。父は少し驚いたようだった。
「なるほど。費用は王家持ちか。オーガスタ、見直したぞ。さすがは、当家の跡取りだけある!」
ゲイリーがニヤリとした。
「王太子殿下が役に立つところを初めて見ました」
どれだけ王太子殿下は、騎士団に迷惑かけたの?!
「だが、王妃様が喜ぶなら、これはリッチモンド家にとっていい考えだ」
彼は高貴たるべき王太子殿下だったというのに、誰も彼を惜しまなかった。
エレノアと結婚したいと言った、その一言から彼の正体がバレ始めていった。いい加減で不精で、無責任。何よりも考えなし。
それまでの間、彼は忠実に王太子としての道を歩んでいた。賢明な妃を娶り、妻に誠実であれば、多少の失言くらいなら見逃してもらえるはずだった。
それなのに、一体、いつ彼は足を踏み外したのだろう。
私は首をひねった。
「おかしいわ。何があったと言うのかしら?」
 




