第37話 有能かも知れないが、嫉妬深い
テオドール・イングラムことテオは微笑んでラルフを見て聞いた。
「見てきましょうか?」
「君は父上のリチャード・イングラム市長に動くなと言われていたよね」
「ええ。でも、ご心配なく。僕が行かなくても、ここの使用人に聞けば誰でも喜んで教えてくれます」
ラルフはため息をついて、うなずいた。
「次期王太子妃のベロス嬢ですよね? 毎回お越しですから、ここでは有名人です」
「毎回?」
思わず私は確認した。そんなにしょっちゅう来ているの?
テオはにっこり笑った。
「市庁舎のダンスパーティは、そう何回も行われるわけじゃありません。小さい同業者だけのダンスパーティもあります。でも、ベロス公爵令嬢は、そう言った特殊なパーティを除いたすべての会にお越しになられていました」
「まあ。知らなかったわ」
テオはにこやかにうなずいた。
「貴族の方々は、滅多に来られませんからね。でも、ベロス様は最初に来られて以来、市庁舎のパーティの自由な雰囲気がお気に召したと言われて、機会があるごとに来られていました。でも、最近は……」
その時、ベロス嬢の雄たけびがここまで聞こえてきた。
「死ねばいいんだわ、オーガスタ!」
三人は一瞬黙った。
テオは何事か悟ったに違いない。私の顔をチラリと見た。
「……あの通り、大荒れでしてね」
さすがのラルフも、テオと私から目を離して、雄たけびのする方を心配そうに見やった。
「穏やかではありませんね。おい、ジョン」
テオは急ぎ足で通り過ぎようとしていた若い給仕に声をかけた。
「ベロス嬢の今回の騒ぎの顛末を知っている者をここへよこしてくれ」
給仕はテオの顔を確認すると、いかにも承知しましたと言う風に頭を下げて、今度は走って行った。
「しばしお待ちを。それとも、もうお帰りになりますか? 僕なら、あの令嬢に見つからない裏通路へご案内できます」
「まあ、すてきだわ」
私は、このいかしてる若者の顔を嬉しそうに眺めた。
手際のいい男は大好きだ。それに、ペラペラしゃべれる弁舌さわやかな男も好みだ。
ラルフは更にムスッとし出した。
「先ほどのダンスは本当に素晴らしかったです。息もぴったりでした。さすがご夫婦だけありますね。背格好もお似合いで。ハンサムな旦那様と絶世の美女の奥様です。目立って仕方がなかったですよ」
彼は立て板に水だった。
すぐに給仕がもう一人やって来て、事の成り行きがはっきりした。
「いつも、最後には大暴れされるのですが、今夜は特に荒れていて、皆さんからやめろと言われているのに、酒を飲んでいました。それで、お付きの女を殴って、護衛に止められていました」
「お付きや護衛以外は、一人で来ていたの?」
私は口をはさんだ。
「以前は父親のお貴族様が一緒に来ておられたんですがねえ。それとずっと前のような気がしますが、一度だけ、婚約者の男と来ていたこともありました。……あの女に踊れと言われるのが怖くて皆さん戦々恐々ですよ。イングラム様みたいに要領のいい方ばかりではありませんからねえ」
そう言うと給仕はチラっと私の顔を見た。
「貴族の方も、こちらのお二人みたいに品が良くて美しい方もおられるんですねえ。先ほど、踊ってらっしゃるのをお見かけしましたが、本当にお上手でまるで夢のようでしたよ。みんな感動しておりましたです。ただ、それがベロス嬢の耳に入ったものだから……」
「それであの雄たけびか」
多分、私たちが誰だかわかったのかもしれない。
「かも知れませんですね」
「帰った方がいいな」
テオがニヤリと笑うと、ポケットからカギを出してきた。
「では、裏の通路をご案内いたしましょう。誰にも見つかりません」
すぐそばの目立たない小さな扉をテオが開けると、そこは従業員用の通路に繋がっていた。
少し歩くと、別の扉に出てそこを出ると、もう外だった。
「馬車を呼んでまいりましょう。お名前は?」
「オールバンス男爵」
観念したようにラルフが答えた。
テオは腰をかがめて礼をした。
「父がお世話になっております。今晩のことは黙っておいたほうがよろしいのでしょうね?」
ラルフが悪い笑顔になった。
「しゃべっていいよ」
「え?」
テオが本気でびっくりした顔になった。
「と、言うよりしゃべって歩いて欲しい。オールバンス夫妻が市庁舎のパーティに来て一曲踊って帰った。ダンスはうまくて見惚れるほどだったと」
「自分で言うの? ラルフ」
私はちょっと抗議した。だが、テオは目をキラキラさせながら、ラルフを見つめていた。一言一句を頭に刻み付けるように。
「それで?」
「うん。そのほかに、女性の方、つまり夫人だが、大変な美人だったと」
「ラルフ……」
私は抗議するようにラルフに言ったが、ラルフはテオに向かって話し続けた。
「だが、騒ぎに驚いて帰ってしまったと」
「ねえ、そんなこと、何の意味があるの?」
「だが、テオ、君に会ったことや、ベロス嬢の詳細を聞いたことは話さなくていい」
「なんでも仰せの通りにしますよ」
テオはニコニコしながら言った。
「妻をしつこくダンスに誘った件は大目に見てやる」
「私がテオと踊りたかったのよ。頭のいい子は好きよ」
テオは驚いたようだったが、耳の先をちょっと赤くして、ニコニコした。
馬車が来ていた。御者のピーターは玄関でない場所に、主人二人が立っているのを見て、面食らったような顔をしていたが、黙って歩道に車を寄せ、止めると足台を持ってきた。
馬車の窓からテオを見ようと少し身を乗り出すと、中に引きずり込まれた。
「何をするの」
ラルフは何も言わず、ムスッとした顔をしていた。
「テオはいい子じゃないの。知り合いになるべき相手だわ」
私は言った。
「知り合いになれてよかったわ。今のイングラム市長は有能だと言われてるじゃない。息子も、あれなら市長よりもっと出世するかもしれないわ。それに、ベロス家には迷惑をかけられているようでしたもの」
「今夜ここに来たのは、街の連中の歓心を買いたかっただけです。品行方正で美しい夫人だと。あのリリアン・ベロス嬢とは大ちがいだと。あなたなら出来ると思ってね」
嘘ばっかり。
私はラルフの顔を読んだ。
ラルフは楽しみたかったのよ。私とダンスして、きれいな奥さんを自慢したかったんだと思う。宮廷ではできないもの。
なんて素直じゃないのかしら。いつだって、何か理屈をつけないでは遊びにも行けないのよ。
「あなたも出来たではありませんか。ダンスのリードは素晴らしかったわ」
ラルフはため息をついた。多分、テオの件で機嫌が悪いのである。
ずっと黙ってから彼が聞いてきた。
「テオのようなタイプがお好きなのですか?」
どんなタイプを私が好きだろうと、どうでもいいのではないだろうか。
「好きよ。要領がよくて、目から鼻に抜けるようなタイプだわ。実行力もある。一言で言うと有能ね。大好きよ」
最近、だんだんラルフの思いが理解できるようになってきていた。
彼は公爵家の後継ぎになるためだけに私と結婚したのに、それだけでは我慢できないらしい。
男性の気持ちと言うのは私には正直あまりわからないけれど、みんなこんなものなのかしら。
妻と名の付く者には勝手をさせないと言う訳ね。
これは王太子殿下どころの独占欲ではなかった。
結婚するまでは、こんな人だとは思わなかった。
「明日、エレノア様がお戻りになります」
ポツリと彼は言った。
「南翼もギリギリ明日には完成します。そして、私は、姉のパロナ公館から一人取り締まりの人間を引き抜きたいのですが……」
私は目を見張った。
パロナ公館の人間がほぼ全員スパイであることは前回の滞在で理解できた。
そんな人間をリッチモンド家の中に入れていいのか?
「でも、パロナ公国とリッチモンド公爵家は運命共同体になってしまいました」
「アレキアのせいね」
「そうなのです」
「父の意見が聞きたいわ」
私はきっぱりと言った。
「承知しました」
めずらしくラルフがおとなしく従った。
「一応、マリーナ夫人を入れたいと思っております」
「え?」
あのこうるさいマリーナ夫人を? そしてラルフの味方一辺倒の?
「いやですわ」
それでもラルフが何も言わないので、私は宣言した。
「何があってもお断りです」
だって、ラルフとの仲を勧めに来るのだもの。気が付いたら私のベッドの中にラルフが入り込んでいたりしたら、身の毛がよだつ。
「そんなことはしません」
そんなことって、何? 今、何を想像したの?
「つまり、夫婦間において、夫の私の味方ばかりをするだろうと言うことですよね」
ラルフが渋い顔をしながら解説を始めた。
「違うのです。マリーナ夫人を呼びたいのは一つはパロナ公国との連絡をスムーズに取りたいこと。これはお父さまにご相談なさって結構です。事態は急を要します」
私はパロナ公国と金鉱の開発の話はラルフから聞いただけだった。でも、たぶん、とても重要なんだろうと思う。
「あと、もう一点はエレノア嬢対策です。南翼にエレノア嬢を入れるわけには絶対に行きません」
エレノア?
「彼女はあなたの心を悩ませる。だから、南翼に入れません」
私はちょっとびっくりした。私の心を悩ませるから、南翼に入れない?




