第32話 王家主催のパーティで結婚披露
国王主催のダンスパーティまで日がなかったが、ドレスはあった。両親が必死になって結婚のために用意してくれたが、パロナ公国の館に引きこもってしまったせいで着ることのなかった披露宴用の豪華なドレスが何着もあった。
「結婚後、最初の披露になるので、出来るだけ豪華に、そして美しく」
ラルフはそう言い、セバスは、誠にごもっともですと言った。
当日、私はビクビクしていた。あまりいい予感はしない。
考え込みながら、階下へ降りていったのだが、待っていたラルフの様子に、私は息をのんだ。
これまで彼がぜいたくな服を着たところを見たことがなかった。
だが、今日は違った。
伯爵家の嫡子、王孫の身分だから、今までも安物を着ていたわけではないのだが、今晩のラルフは最高級の正装を身に着けていた。
体にぴったり合っていた。
正直、かっこいい。ちょっとすてきかも知れない。確かに騒がれるだけのことはあるのね。
多分、父の差金だろう。
これまで彼はダンスパーティに出る時も父の用事に走り回っていたが、今晩は走り回る側ではない。次期公爵家の実質上の跡取りとして正式にデビューする日なのだ。
気合の入った格好はそう言う意味だ。別に私の為じゃない。
後から着飾った両親がやってきた。
「おお、オーガスタ、素晴らしい」
父が嬉しそうにほめてくれた。
エレノアがいないと、こんなにも物事がスムーズだなんて。素晴らしいわ。
いつも、エレノアだけを誉めないと、話が必ずこじれだしてややこしくなるのよ。だから両親も、私やラルフを誉めたりできないでいた。
「本当によく似合うわ。クリーム色の厚絹に金の刺繍ね。ラルフのは濃紺だからぴったりね」
公式のパーティは……いつも気の張る退屈で疲れるものだった。
これまではずっと王太子殿下と一緒だったから余計にそうだった。
殿下と一緒の時間は、彼が粗相をしないようにいつでも緊張してフォローに回っていた。
「アレキアの大使殿か。お初にお目にかかる。王太子のアレックスだ……アレキアは一夫多妻制だと聞いたが本当か?」
余計な質問をアレキアの外交団に放った時は、どうフォローしたらいいかわからなくなってしまった。王妃様はギロリとにらんでくるし、殿下は興味があるのか、なかなか(後宮についての質問が)止まらない。
後で、王妃様からたんまりお説教を食らった。
なぜ、質問を設定しておかなかったのかとか、王太子としてふさわしい設問ではなかったとか。
私が例示しておいた質問を殿下が無視したことは、王妃様だってわかっていたはずだ。だけど自分の息子の評判が悪くなるような事態が起きると、いつだって、私のせいになった。
「あんな気の利かない下品な話題はどうかと思いますわ。本当にオーガスタ嬢と来たら!」
王妃様は回り中にそう言って歩いていたが、たいていの貴族達は事情を知っていた。
だが、中には、王妃様の言葉を信じる者もいて、変な騎士や田舎者の地方貴族などが、私が本当にハーレムに興味があると思ったらしく、声をかけてくることもあった。(ハーレムの一員になりたがる公爵令嬢なんかいるはずないだろうに!)
その都度、ラルフかゲイリーが間に入って、私を救出する羽目になった。
ダンスパーティの際には必ず、誰か公爵家の者が護衛にこっそり加わっていたものだ。
ただの参加者である今晩はどうなのだろう。
今回は、席次はぐっと後になっていた。おかげで私たちはさほど目立たず、末席で静かにしていた。
ラルフをフォローする必要はなかったし、そもそも外国の使節団から話しかけられることなんかない。
緊張感はないはずだったが、隣のラルフがちょっと気になった。
やる事がないので、横目でラルフを鑑賞することにした。だって、公爵家の邸内では、彼は、すごくカッコよく見えた。もう一度見ておこうと思ったのよ。
そして、ラルフが私を絶賛鑑賞真っ最中だってことに気が付いた。
目と目が合ってしまって、ラルフは口元をほころばせた。
そんなつもりじゃありません。あなたを見つめていたとか、そんなことはありませんよ! ちょっと確認しようと思っただけなの。違う、違う!
ラルフがこっそり手を握ってきた。
手を引き抜こうとすると、「ダメです。夫婦なんだから」と叱られたので、握られたままでずっといなければならなかった。
誰も見ていないし、誰も来ないだろうから、どうでもいいけど、でも、誰も見てないなら、手を握らなくてもいいじゃない。
だが、そう思っているのは私だけだったらしく、まずリーリ侯爵夫人がわざわざあいさつにやってきてくれた。
「本当にお久しぶり! リッチモンド公爵令嬢!」
リーリ夫人はわざと間違えたのではないかと思う。今の私は、オールバンス伯爵家のサブタイトルの男爵夫人なのだから。
「そして、だんなさまのオールバンス男爵ね!」
ラルフが、それはそれは愛想よく微笑み、丁重に代表の侯爵夫人の手を取ってあいさつした。
侯爵夫人と一緒にやって来た中年の、全員の平均体重がラルフの体重を軽々と超えてしまいそうな堂々たる重鎮の夫人たちが、嬉しそうに頬を崩した。
「優しそうな旦那様ね!」
そう見えるのだろうか。打算と現実主義の見本みたいな人ですけど。
「やっと積年の思いがかなって結婚できました。これまで、殿下に不敬に当たると黙っておりましたが、今は晴れて妻と呼べることになりました。一生大事にしたいと思っています」
よくこんな歯の浮くようなセリフを堂々と!
しかし、このラルフの言葉は、彼が予想した通りの反応を引き起こした。
何人かがハンカチを取り出し、目元をぬぐい始めたのである。彼女たちは、お気に入りの私の幸せを願ってやまなかったのだ。
私が踏みつけられ、婚約破棄の憂き目にあうだなんて、絶対に許せなかったのだ。
「良かったわ。お幸せにね……」
いや、ええと、これはどう反応すれば?
私たちは偽装結婚で、ラルフの思いとやらは(真偽のほどはよくわからないが)全然叶っていなかった。別に彼は気にしていないらしいので、どうでもいいけど。
しかし、王太子殿下と結婚しなくて済んだのは大いに結構だったが、私の乙女の夢のファーストキスとセカンドまでが、この横の男にかっさらわれてしまった。
返せ。被害届を出したいくらいだ。
反応に困ってちょっとぼうっとしていた隙に、サックリ腰をつかまれ抱き寄せられたのには、泡を食った。
「うれしいです」
耳元でラルフが真剣にバカなことを言っていて、腰に回された手にギュッと力が入った。
思わず真っ赤になって、回りのご婦人方を見ると、全員、ほんわかしている。
「若いころを思い出すわあ」
違うんですッ、ここ、ほんわかする場面じゃなくて、ええと、どういう場面なのかしら?
だが、そこへがやがやと人声と共に、絶対来るだろうなと覚悟していた人物が近付いてくるのが見えた。ベロス嬢その人だった。




