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第31話 王太子殿下、捨てられる

 私はあ然とした。


「無茶を言うわね」


「無茶なのはベロス公爵ですよ。ババリア元帥の上に、統括元帥と言う新たな役職を作って最高責任者を名乗っているのですよ? そのうち国王代理でも名乗るつもりでしょう」


 ラルフは皮肉った。


「名前だけで、軍を掌握できるのかしら」


「無理ですね」


 あっさりラルフは答えた。


「今、表立ってもめているのはアウサ族だけ。ベロス公爵も自分が統括元帥として軍事行動を起こす必要はないと慢心しているでしょう。でも、今は大国アレキアが金鉱を狙っている。おそらくは、ここ数年では最も危険な状態です」


 私は息をのんだ。


「それじゃあ……いざとなったら、ベロス公爵ではどうにもならないわ。ルフランが危険だわ」


「さあ、果たして、ベロス公爵にルフランが危険だなどと言う認識があるかどうか」


「どういうこと?」


「ベロス公爵は商人です。アレキア商人とも縁が深い。国政に関わりたがるが、彼に、ルフランと言う国に対する責任感や思い入れがあるかどうか。むしろ全然ないのじゃないかと思いますね。私欲を肥やすためなら、アレキアと結びつくかもしれない」


 私は憤慨(ふんがい)した。


「娘が王太子と結婚するのよ。ゆくゆくは王妃様だわ。この国が存在しなければ王位も意味がないわ!」


「あなたならそう思うでしょう。長年王太子妃教育を受けてきて、国とはどういうものかを学んできた。でも、リリアン嬢はそうじゃない」


 ラルフはため息をついた。


「王太子殿下は、最も選んではいけない女性を妻に選んだ。ベロス公爵は強欲で強硬です。そしてあなたの父上のような狡猾さがない」


 父が狡猾かどうか知らないが、少なくとももっとうまくやるだろう。


「この鉱山の存在を知れば、ベロス公爵は黙っていないでしょう」


 金鉱なんか聞いただけで飛びつくだろう。


「ベロス公爵なら、攻め入ってでも、パロナ王国を自分の支配下に置きたがるでしょう。王家のものじゃなくて、ベロス家のものにしたがると思います。金鉱の存在を知らないままならいいのですが、アレキアとの間で戦争になれば嫌でも気づくと思います。何しろ、戦争の理由が金鉱ですからね。何事もなければいいのですが」


「ラルフ、でも、その話はさっきのあなたの話と矛盾しない? 戦争になれば、ベロス公爵の無能さが露呈するからいっそ起こせばいいと言っていたじゃない」


 ラルフは笑った。


「誰が戦争を起こすだなんて言いました? とんでもありません。私は一介の貧乏貴族。何もできない。私には衷心から国の行く末を憂うことしか出来ない」


 嘘臭い。


「私にできるのは、情報収集くらいです。ベロス公爵邸に出入りしているアレキア人の商人を知っていますからね。戦争はまずいが、紛争程度なら、金鉱と関係のないところで起こせばいいんです。あなたが殿下に嫁いでいれば、こんな心配はしないで済んだのだけれど……」


 私は唇をかんだ。私のワガママで面倒な事態が起きていると言いたいのかしら。


「違いますよ。私があなたと結婚できたと言う意味は、公爵閣下が王太子殿下を見限ったと言うことです。もう、どうなろうと知ったことではないとお考えになったのでしょう」


 それは私が最初から言っていたことだ。あの殿下はどうにもなりませんと。


「だから、私たちも方針を変えないといけません。もう、殿下なんかどうでもいいんです」


 ラルフは、親し気に私の手を取った。


「三日後に、王家主催のダンスパーティがあります」


「殿下がいらっしゃるところへは、出来れば行きたくないわ。私は、婚約破棄されたみじめな負け犬とそしられているのよ?」


 私はエレノアの言葉の数々を思い出して、むかつきながら言った。


「公爵家の跡取りなのですから、参加しなくてはいけません」


「参加しなくちゃいけないことはわかっていますわ」


 私は渋々言った。


「仲のいいところを、王家に見せつけたいと思っています」


 ラルフが言った。それ、婚約破棄した殿下への仕返しですか? そんなこと、しなくてもいいと思うわ。


「度を越して熱々の夫婦を見せつけます」


「それは一体なぜ? 何のために?」


 私はイライラして聞いた。


 ラルフとイチャイチャを演じるのですか? それは、恥ずかしいから、イヤだ。それに本当は仲のいい夫婦ではない。


「私たちは負け犬なんかじゃありません。真実の愛の勝利者なんです」


 ラルフは微笑みながら答えた。

 私は一瞬でしかめつらになった。何を言ってるのよ。


「そして、宮廷全体、国全体の雰囲気を変えるのですよ」


「ダンスパーティに出たくらいで何が変わると言うの?」


 私は唇をとがらせて聞いた。


「殿下の婚約破棄なんか、どうでもいい、関係ないとベロス家に見せつけたいのです。ベロス家はそのことで自分が優位に立ったと勘違いしているでしょう」


 私は前回のダンスパーティを思い出した。

 あの時も母と侍女たちが似たようなことを言って、無理矢理着飾らせて出席させた。

 でも、その結果、どうも殿下の執着が強まったような気がするんだけど。


「ベロス公爵がリッチモンド家より上位に立ったと勘違いされると、色々と面倒でしょう。それだけではない。王家にも認識していただきたい。リッチモンド家は、王太子妃にこだわっていない、それどころか幸せな結婚を手に入れたのだとわかっていただきたいのです」


 私は神妙な顔をしてラルフのストーリーに聞き入った。マウント取りなの?


「私は、昔からあなたを愛していて結婚したかった。殿下の婚約破棄は願ってもないチャンスでした。あなたも、私に応えてくださった。とても幸せな二人なのです」


 うーーーーむ。微妙。


「そのためには、今回のダンスパーティはとても都合がいい。あなたに嫉妬したり、妙な対抗意識を燃やす令嬢達が、誰もいないからです」


 ん?


「私なんかにそんな神業できませんが、あなたが見事に全員をダービィ送りにした。すばらしい手腕だ」


 どうして褒められているのか、また、なぜ彼女達がいない方がいいのか、見当もつかなかったが、ラルフは上機嫌だった。


「エレノア達のことかしら?」


「その通り! 今、王都に残っているのは、リーリ侯爵夫人を中心とした穏健派の貴婦人方だけです」


 ああ、なるほど。


 リーリ侯爵夫人一派はなにがあっても私の味方。


 リーリ侯爵夫人ら年配の有力者たちにとって、私は望ましい王太子妃だった。

 特にベロス嬢が出現してから私の株は爆上りした。


「そう。その通り。殿下は年配者を尊重する慎重で控えめな王太子妃候補から、女の魅力をプンプンさせた、いかにも安っぽくて浅はかな女に乗り換えたのです。長年、王妃様や王太子殿下から、何を言われても耐えて仕えてきたと言うのにね。しかも国王陛下御夫妻たっての希望で妃候補になったと言うのに、理由もなく突然のクビです。皆様の同情の的です」


 同情されたくないんですけど。私の値打ちが下がっていくような気がするんですけど。


「でも、その令嬢の身近にいて、長年叶うことのない恋を秘めていた男にとってはチャンスでした。ついに望みを叶えたのです。ロマンチックじゃありませんか?」


 私は、改めてラルフを見た。

 これを本人が言うんじゃなかったら、ロマンチックだと思ったかもしれない。


「そして、王太子殿下は、リーリ侯爵夫人たちの推しであるあなたの魅力に今更ながら気が付いて、ひどく残念そうに後悔しているのです。リーリ侯爵夫人的には、ざまあみろな展開です」


 なんとなく不安な気がして、私はラルフの顔を見た。

 なんなの? これは?


「宮廷中のムードを変えて見せましょう。愚かな王太子と、それとは無関係に、真実の愛に包まれた賢明な公爵令嬢です」


 なんかこう、微妙に事実と異なる感じがあるけど、いいのかしら。


「ベロス公爵とリリアン嬢はそんなこと、気にするかしら?」


 特にリリアン嬢は、宮廷の雰囲気になんか、気が付かないんじゃないかしら。


「その二人がどんなに鈍くても、王妃様は気が付くと思います。きっと、逃した魚がとても惜しくなるでしょう」


 王妃様は、確かに惜しがるだろう。リリアン嬢のことは、気に入っていないんだから。


 そして、たぶん気が付くだろう。


 これまでは王太子妃候補だったから、王妃様は私に好き放題に文句を言えたのだ。今は他家の夫人。しかも夫に溺愛されて幸せそう(フリだけど)。


 もう関係はない。社交上、よほどの失礼がない限り、今までみたいな扱いはできないだろう。そもそも接触がなくなる。


「いいかもしれないわね」


 私は渋々ラルフに賛成した。


 王妃様にも、よぉーくわかっていただきたいわ。もう、息子の嫁(候補)じゃないのよ。あなたの気に入らなくても、問題ないのよ。その権利はラルフのお母さまに移りました。


「そして、王妃様のご様子の変化に、ベロス公爵は敏感です。ベロス公爵だけでなく、王妃様に対しても、殿下に対しても、真実の愛の勝利者として君臨しましょう!」


「真実の愛?」


 ラルフは、にっこりと笑ってうなずいた。

出たな。口車

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