第25話 かみあわない
あまりにも身近にいて、そしていつも父の部下然としていたので、ラルフはまるで公爵家に仕えに来た、貧乏伯爵家の三男坊みたいな雰囲気だが、そうではない。
国王陛下からみれば、彼は従兄弟にあたる。
そして、彼のお姉さま方も王の従姉妹。
だからこそ近隣の王家や国内の名家に堂々と嫁いでいったのだ。
「女のお子様が王家には少なかったと言う事情もありましたけれどね」
二代続けて、王女様がいらっしゃらなかった。代わりに従姉妹たちが政略結婚の駒として使われたのだろう。
「けれど、なによりあなたのお祖父様の力ですよ」
ラルフは言った。
「国で最も裕福と言われていた公爵家が、傾きかねないほどの持参金をつけて嫁がせたと聞いています」
居心地の良い客間で、私たちは向き合ってお茶を飲みながら話をしていた。
彼の今の話のおかげで、私は我がリッチモンド公爵家の、よく理由がわからなかった謎の困窮の理由に気がついた。
「今、莫大な持参金をとおっしゃっていたようですけど……?」
ラルフはうなずいた。
「そう。六十万エスクードにも上ります」
「六十万!?」
国一番の富裕な公爵令嬢の私が目を回した。
公爵家の年間収入の何倍にもあたる金額だ。
「アグラ王弟妃の時の持参金が最大でした」
ここで、エレノアなら何か一言言ったことだろう。あなた方のせいで私が割を食ったとか。
「あなたの祖父の公爵は孫娘達に不自由させるまいと必死だった。良いお爺様でした。娘が可愛かったのだろうけれど」
ああ。
それは必死の愛情だったのだろう。
孫娘たちが侮られないように。
婚家先で大事にされるように。
それに比べて私は……。
ちょっとだけ悲しくなった。
私の婚約者は、あの王太子殿下だった。
父は十分私を可愛がってくれているけれど、目に見えている不幸そうな結婚から、助け出してくれなかった。
そして、ようやくその婚約から逃れた後も、父は政治的な意味合いで、安全だからと目の前のこの男の庇護に入るよう命じたのだ。
そして結婚した。
すばらしい縁戚を持つ、すばらしい血統の男だった。
顔も頭も悪くない。
でも、私たちの間に愛情はあるのかしら。
王太子殿下が夫だと、確かに重責と面倒が手を繋いでやってくる。それを思えば全然《《まし》》だが、結婚してしまったので、夢見ていたように誰かステキな王子様に胸をドキドキさせるようなことは許されない。
ラルフと結婚して公爵家を継ぐなら、何のサプライズもない。
本当に今まで通り。
王太子殿下の結婚が決まれば、公爵家に戻って暮らすのだろう。
公爵家に帰れば、めんどくさいエレノアがいる。ドレスにしても宝石にしても買うと妹が調べにくる。
結婚前と何一つ変わらない。
気に入られないと良いのだが、気にいると持っていかれてしまう。
必ず使うことがわかっている場合は、使う日まで母に預けておくことにしていた。でないと当日見当たらないと言う事態が発生して、大騒ぎになるからだ。
たいてい妹の部屋で見つかるのだが、取り返すのが一苦労だった。しかも使用後は、結局、妹に返さなくてはならなくなるのだ。
だから、できるだけ物は買わないようにしていた。
自邸を離れれば(つまり父に買ってもらうのでなければ、妹に見つからないし)、好きなものが買えると思っていたが、貧乏で有名なラルフが夫では、欲しいものを買ってもらうことなんかできないだろう。私は少々恨みがましくラルフを眺めた。
ラルフは気の毒なことに、家格が釣り合うとか手近にいたからと言うものすごく安易な理由で、結婚するはめになった。
私なんかのために、小銭一枚だって出したくないだろうな。
しかも、私の安全のために、姉の伝手をたどってパロナ公館を提供しなければならなくなった。
「私、出来るだけおとなしくしておりますわ。外には出ません。もう少ししたら、私も公爵家に戻れるのでしょう?」
私も妥協しなくちゃいけないわ。
「あなたはお仕事がおありだからすぐに公爵邸へ戻るでしょうけど、私もここに一人だけだと事情が分からないので、何かあったら誰かに連絡を持たせてくださいませ」
知らない屋敷に一人きりになってしまう上、膨大な暇ができてしまった。
図書室でもあれば良いのだが。
「あの、私はここから王宮へは通うつもりなのですが……」
「そうですか」
私は上の空で答えた。
幸いなことに、ちゃんと手筈が行き届いていて、使用人からは好意的に受け止められている。
まあ、パロナ公夫人も持参金の件ではリッチモンド家のお世話にはなったのだろうから、私一人くらい大目に見てくれるだろう。
「妻がいる家から通わないといけませんから」
ラルフが妙なことを力説し始めた。
「まあ、そんなことご遠慮なく。お気になさらないでください」
「そう言う意味で言ってるのではなくて、あなたのそばにいたいのです」
私はラルフの顔を見た。
「お気遣いいただいてありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。ここはパロナ公の持ち物でございましょう。警備面から言えば、ここほど安心な住まいはありません。ここを考え付かれるとはさすがですわ」
せっかく褒めたのに、ラルフは頭を抱えていた。
「あなたのそばにいたいのです……どう言えばわかってもらえるのか」
「でも、誤解されたらお困りでしょう?」
「誤解?」
ラルフはなんだか腑に落ちない様子で、一生懸命私の方を見てきた。
きっと、知らないと思っているんだわ。
私は優しくラルフを見つめた。
「あなたには意中の方がおられると聞きました」
「えっ?」
ラルフが正真正銘驚いたらしく、目を見張った。彼のこんな驚いた顔を見られるとは! 私はちょっと得意になった。
「それは誰が言ったのですか?」
ラルフの質問に、私はフフフと笑った。
「教えてくださった人たちに迷惑をかけるわけにはいきません。ですから内緒です」
めずらしくちょっと優位に立てた。
「でも、私は知ってますの。だから、隠さなくても大丈夫です。もう少しの辛抱ですわ」
「知っているって何を?」
「ですから、あなたには意中の方がおられると言うことです。いずれ、王太子殿下は婚約者を決めて、公表されるのでしょう? ほとぼりが冷めれば、私はここから出て行きますし、あなたもその方に堂々と結婚を申し込めますわ。むろん、その時には、私もその方の誤解を解くための協力を惜しみません」
王太子殿下の結婚が決まり、この騒ぎが過ぎれば、私たちの結婚は必要なくなる。
それなら、この白い結婚は解除して、彼の本当の望みをかなえることも可能ではないか?
「私のことはご心配なく。それより大事な方を大切になさってください」
私は親しみを込めて、やさしくラルフに言った。
「私も最初はあなたが公爵家の跡取りを狙って、結婚するのだと誤解していました。でも、あなたを養子にする方法だってあります。あなたさえいてくだされば、公爵家は安泰です」
「オーガスタ様、一体何のお話ですか?」
「無理にここから通う必要はないのではないですか? それより、意中の方に誤解される方がお困りでしょう。私のことは心配ありませんわ。もっと自由にしててくださって構いません」
ラルフは嬉しそうではなかった。大喜びすると思ったのだけど。彼はむしろ悲しそうに見えた。
「つまり、あなたは私を必要としていないと?」
私は力を込めて請け合った。ここは力いっぱい否定してあげないと。ラルフがかわいそうだわ。
「全く。全然。ご安心ください。自分のことは自分で何とかしようと思っています」
そのうち成長します。生暖かく見守ってください。




