第23話 結婚式
ビンセント様が帰ったあと、エレノアはビンセント様のことを失礼なやつだと大いに機嫌を損ねていた。
「ああ言う男性にモテても嬉しくもなんともないわ!」
まず、モテていないでしょう。ビンセント様はあなたのことが大嫌いだと言ってましたけど。
「ラルフのことはどう思っているのよ。急に結婚してもいいだなんて」
「あら。だって、いい男じゃない」
私はまじまじと妹を眺めた。
「ビンセントの方が顔はいいわよね?」
「私の悪口を言う男は全員嫌いよ。ラルフは悪口を言わないし、宮廷の若い女性の間では人気なのよ? 寡黙だけどなんだかぞくぞくするって」
「なんでぞくぞくするの?」
「だからお姉さまはダメだと言うのよ。男性の魅力がお分かりにならない。背だって高いし、ほらいい体をしているって」
「誰が見たの?」
純粋に気になった。
「服の上からでもわかるし、騎士の鍛錬をこっそりのぞきに行った連中が、一番イケてたって。無造作に服を脱いで顔に髪がかかっていて、とってもよかったって」
痴女である。
「それで結婚しようかと?」
「そうよ。リッチモンド家の娘なら、誰でもいいのよ。それなら、やっぱり男性は好きな女性と結婚したいものよ。領地のオマケとか、成績だけがいい面白くもなんともない女性なんか、興味はない生き物なのよ」
なんだか一理ある気がしてきた。
「どうしても明日式を挙げなければいけないなら、妥協するわ。式をやり直すことを条件にして。ラルフもそこは了承してもらわないとね」
エレノアは仕方ないわと言った様子で計画を話し続けた。
ソフィアがその辺で、怒りに煮えたぎっているのを感じて、私ははっと我に返った。
「出来ないわよ。ラルフと結婚しないと危険なのは私なのよ? あなたじゃないわ。どうしても誰かと結婚しなくちゃいけないのよ」
「だからラルフでなくてもいいじゃない」
「ほかにあてがないのよ!」
「まあ、残念ね。お気の毒」
妹はバカにしたように肩をすくめたが、ソフィアたちが必死になって持ち出してきた母の婚礼衣装をチラと見ると、自分の部屋に運ぶよう侍女のアンに言いつけた。
「母のお古だなんて。でも、仕方ないわ。私の部屋に持って行ってちょうだい」
いや、それは困る。
「着るものがなくなるからやめなさい、エレノア」
エレノアは聞いていなかった。だが、鬼のような顔をしたソフィアがアンの前に立ちはだかった。
「結婚なさるのはオーガスタ様です!」
「ソフィア、悪あがきはやめなさい。どこの誰がお姉さまと私を比べて、お姉さまを選ぶと言うの?」
この時点で、きまり悪そうにドアの前には私の父と、当事者のラルフ、母がそろっていた。
「あら! ラルフ!」
エレノアは嬉しそうに振り返った。どうも嬉しそうと言うより、得意そうだったが。
ラルフはもの凄く微妙そうな顔をしていた。
私たち姉妹の確執は、ラルフを中心に回っているが、実はエレノアの私に対する優越感が原因である。
結婚とか、恋愛だとか、男の気を惹く件については、エレノアは私に対して絶対的な優位を信じている。
それは、王太子殿下の一件で木っ端みじんされたのではないかと思ったが、そうではなくて私は「利用しがいのある女」だから王妃様に選ばれたと解釈したらしく、揺るぎもしなかった。
なんだか、私もその点に関してはそんな気はする。
従って、エレノアは、ラルフだって自分に惹きつけられるものだと固く信じて疑わなかった。
まあ、人間好みがあるので、エレノアの方が絶対的に好きだと言う人間もいる。ひところの王太子殿下のように。
ただ、どうもラルフの好みはエレノアではないような気はした。
ラルフは一歩前に出てきて言った。
「オーガスタ様と結婚しとうございます」
エレノアは固まった。
「なぜ?」
「それは明日結婚しないとオーガスタが王宮に連れ去られる可能性があるからだ」
父がなんだか誤解を与える説明を加えた。
「お姉さまの事情で、ラルフは犠牲になるの?」
「いえ! オーガスタ嬢と結婚できることは至上の喜びでございます」
言わされているのね、かわいそうに。
つぶやきが、エレノアのピンクの唇から漏れ出した。
私もそんな気がするけど。
「エレノア、勝手なことは許しません」
母の厳しい声がした。
「今度は絶対にダメです。ジェーン、サラとアンと一緒にエレノアを部屋に連れて行きなさい。邪魔されてはたまりません。式が終わるまで見張っておくように」
母は本気だった。エレノアはごちゃごちゃ騒いでいたが、古くからいる、母に絶対服従の侍女頭と古参の信任厚い侍女の権力は絶対だった。
アンなんかちょろいもんである。それを言うならソフィアもだけど。
「オーガスタ、いいですか? あなたは明日ラルフと式をあげます。王家にあなたを人質に取られる訳にはいきません」
「……はい」
「王太子殿下と結婚したいのですか?」
「いいえ!」
「それなら、助かる道はただ一つ。ラルフと結婚することです。幸いにもラルフに異議はないそうです」
なんかラルフがかわいそうになってきた。
私もかわいそうな人だけど。
「ビンセントも我々の懸念を裏書きしていった。彼の言うことを鵜呑みにするわけではないが、我々は王家と決別する道を辿ることになる」
父は重々しく宣言した。
「エレノアもバカなことを考えてはいけない。ラルフもオーガスタもよくわかっていて、自分の義務を果たしているのだ。お前は大変モテるそうだな?」
エレノアは真っ赤になった。
「ええ。まあ」
「それなら、それで、良い婿を探してきなさい。姉の事情に関わってはならない」
翌朝は忙しかった。
母のお古のウェディングドレスを着付けられ、公爵家のすぐそばの小さな教会で式をあげる段取りが組まれていた。
ソフィアはどう言う訳か、目にいっぱい涙をためていた。
「なぜあなたが泣くの?」
「だって、お嬢様が、こんな粗末な式を挙げられるだなんて」
確かに王太子妃として嫁ぐのなら、もっとずっと豪華な衣装だったかもしれない。
それから、参列者も大勢で、たくさんの人々に祝福されて結婚式に臨んだかもしれない。
だけど、私は、今、危機に直面していた。
絶対に殿下と結婚したくない。
なにしろ婚約破棄されたのだ。
その上、王太子殿下と来たら、女好きに歯止めが効かなくて、その場しのぎのいい加減なことしか言わない、本当にダメ男だ。
そこらへんの平民の男なら、それでもチャランポランなやつだくらいで済むかもしれない。
しかし、彼の背負う重責は国の命運を左右する。
ヤバい。
ヤバ過ぎる。
父の言い草ではないが、正式な妻は一蓮托生、運命を同じくする。
王妃様と国王陛下は賢明な妃に最後の望みをかけていた。
だけど、失敗する可能性はものすごく高い。
どうなるのか知らないけど、私は王家のための使い捨ての道具じゃない。
自分の運命は自分でどうにかしないと。
そして助からないと。
父は娘の私がかわいかっただけではないだろう。
王党派とならないために、私と王太子殿下との結婚を避けたのだ。
我が家は、王太子殿下と王家を見放したのだ。
王太子に振られた私は仕方なく手近なところで、従兄弟でもあり、長年の知り合いでもあるラルフ・オールバンスと結婚する。
いわば貰い手がいなくなってしまったかわいそうな状態だからと言うのが、表向きの理由だ。
だから、とてつもなく地味な結婚で、ラルフ側の親族は誰一人出席がなかった。
ラルフはこの間の事情を十分理解して結婚を承諾したのだろう。
仕方がなかったのだ。
私は隣を歩くラルフの表情を盗み見ようと試みた。
ラルフは仲の良い戦友?だった。
私は王太子妃候補として王妃様や女官たちのそば近くに出入りし、さまざまな情報を集めていた。
父とラルフは、ゲイリーやそのほか信用のおける騎士たちや官吏たちとそれらの情報を集めては、対策を練っていた。そして、その結果や推測や、行動方針などを伝えてくれるのは、いつも歳の近いラルフだった。
それが今は花婿として横を歩いている。
違和感が半端ない。
確かにラルフは顔立ちも良く、悪い噂も聞かなかった。
騎士顔負けの腕前だと聞いたこともある。
話していても楽しかったが、こんなに急に夫として迎え入れよと言われても、ほんとに覚悟がなかった。
祭壇の前に連れて行かれ、子供の頃からよく知っている年寄りの司祭が結婚の誓いの言葉を尋ねてくる。
「一生涯、たった一人を愛し、誠実を尽くすと誓いますか?」
なんて重みのある言葉なのだろう!
「はい」
型通りラルフは答えている。とても事務的。当たり前だけど。
同じ質問は繰り返され、私も無味乾燥な「はい」を答えた。
私だってエレノアみたいにチヤホヤされたかった。
ドレスがお似合いだとか、美人だとか、ほめちぎられて、ダンスに誘われ、(問題ない範囲で)遠乗りや買い物に興じたかった。
王太子妃候補には何も許されていなかった。
でも、ラルフと結婚した形をとれば、私は自由になれる。
少なくともラルフが同伴してくれて、許可してくれるなら、別な男性とダンスを踊るくらいのことはあるかも知れない。
いつの日か、この偽装結婚、ラルフの言う白い結婚から解放されれば、本当の恋に巡り合う日が来るかも知れない。
そのかわり、私だって、ラルフの真実の愛の成就には協力を惜しまないつもりだった。
きっと、それでおあいこになる。
「指輪とキスを」
突然、司祭が宣言した。
えっ……
それは予定に入っていなかったわ。
指輪はとにかく、キスはどこにするつもりなんだろう。
ラルフは落ち着き払って、びろうどの貼られた台に乗せられた金の指輪を手に取った。
そして、私の顔をベールの下からのぞき上げるように、見た。
目と目があって、彼が真剣なのが伝わってきた。
私が思ってたのと違う。
そんな形だけのつもりではないらしい。
ラルフの手が私の左手をとると、ゆっくり指輪を嵌めた。
妙な感触だった。
あなたの番ですと言わんばかりに、司祭がうなずき、私は大きめの指輪を手にした。
なんだか手が震えてきた。
おかしい。
こんなはずじゃなかった。
参列者は黙って見つめていた。
彼が手を差し出し、剣だこのある大きくて厚みのある手を取り、指輪を嵌めた。
ラルフが私を見つめていた。
なんだか怖いような。
キスはフリだけで、大丈夫ですよ? と言いたかったのだが、容赦ない手がベールを上げて、顔が近づいてきた。
あっと思う間もなく、思わず目をつぶった瞬間に唇にキスされて、それで、乙女の世紀の瞬間は終わってしまった。
これでいいのか、ファーストキス。
外見のゴツそうな感じと違ってラルフの唇は、意外にも柔らかくてぷりんとしていた。
こんな感想! どうしたらいいの?
何故だか、ラルフの方はすごく満足そうだ。
なぜ、わかるのかわからないけど、満足らしいことはわかった。
 




