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第21話 王妃による襲撃

 どうしてビンセント様の馬車におとなしく乗ったのかと言うと、甘い言葉とは裏腹に、何かが起きていることを感じ取らないではいられなかったからだ。


 ビンセント様との付き合い短いけれど、歯に衣着せぬ彼の言葉からは、色々な事が読み取れる。


「あなたの婚約者は悔しそうな顔をしていて、父上は何かありそうだと言う顔をしている」


 ビンセント様は喉の奥でクックッと言うような笑い声をあげた。


「あなたって、不思議な人ね」


 私は思わずビンセント様に言った。


「オーガスタ嬢、それを言うならあなただって、僕にしてみれば不思議な人ですよ? どうして、たいして知りもしない僕に助けを求めたのです?」


「それは……」


「僕があなたに好意を寄せていることを感知したのでしょうか?」


 ビンセント様は薄く笑った。


「違いますよね。僕とあなたは利益が一緒なのです。すなわち、殿下の妻にはリリアンを当てること」


 その通りだ。だが、本当はそれは卑怯な気もしていた。


「エレノア嬢が殿下の妻になりたがっていることがわかっているのに、エレノアを味方をしないあなたは、姉としてどうなのでしょうね」


 それは……説明しにくいことだ。


 だって、エレノアは、王太子殿下と結婚しても幸せになれない。


 妹の夢を潰してしまって、申し訳ないなと思う。それから妹には決して納得できないだろう。彼女には私の考えが理解できない。


 人の将来なんかわからない。

 でも、殿下と結婚する人は確実に不幸になる気がする。


 そしてその役割をリリアンに振ろうとしているので、リリアン嬢の兄のビンセント様に対して引け目というか、自分のことを卑怯なのではないかと感じているのだ。


「あなたの考えていることはわかります」


 ビンセント様は軽い調子で言った。


「殿下と結婚してもメリットはないってことですよね」


 私は答えなかった。だが、それは肯定だった。


「かわいい妹をそんな損な役回りにしたくないと思っているのでしょう?」


「かわいい妹だなんて、そんな」


 思わず本音が出た。ビンセント様は声をあげて笑った。かわいらしい笑い声だった。


「僕だってリリアンにはお手上げです。ついでに言うなら、父にもね。僕は殿下との結婚は、我が家にとって得にはならないと思ってる。でも、父は千載一遇のチャンスだと考えている」


 私は改めてビンセント様の顔を見た。


 それなら、なぜベロス公爵を呼んだのだ。


 ベロス公爵は、娘のリリアンと殿下との結婚を強く望んでいる。


 私を無理やり王太子妃に仕立て上げようと言う目論みがあると知らせれば、妨害しに飛んでくるに決まっている。リリアンを王太子妃にしたいからだ。


「あなたが王太子妃になれば、僕は仕事がやりにくくなります」


 私は目を見張った。


「仕事といっても大した事ではありません。僕は、上手に世の中を渡っていきたいだけなんです。それだけなんですよ。……なのに、あの父と妹では難しいのです」


 彼の仕事とやらを聞くことは出来ないだろうな。

 そんな権利は私にはない。


「だから、あなたに恩を売りたかったんですよ」


「え?」


 ビンセント様は美しい顔に似合わず、ニヤリと悪い笑いを浮かべた。


「あなたとリッチモンド公爵家にね」


 それから、窓から馬車の外を指し示した。


「この馬車はね、遠回りをしている。まっすぐに公爵邸に向かっているわけじゃない」


 私は急に心配になった。何をするつもりかしら。


「大丈夫ですよ。あなたとの話を楽しんでいるだけです。説明をくどくどしなくても、わかってもらえる相手と話すのは楽しみですね」


 私はビンセント様の鋭敏に良く動く目を見つめた。油断ならない目だ。


「それから、恨み言を聞いてもらおうと思って。僕がせっかくエバンス夫人のお茶会に参上したと言うのに、あなたときたら大あわてするだけでした。本当にがっかりしましたよ。もしかして、僕の理想が生きた令嬢の姿をして現れたかもしれないと真剣に思っていたのに」


 何の話? 何の話? エバンズ夫人のお茶会で何か失礼をしたかしら?


 彼はわざとらしくため息をついて見せた。


「僕は勝てない試合には出ない主義なんです。だから、潔くあきらめて、代わりにラルフに恩を売ろうと考えたんです」


 ビンセント様はニヤリとした。


「今頃、王家の別動隊があなたの家の馬車を襲撃してる頃でしょう」


「えっ?!」


 私は馬車の中で立ち上がろうとして、ビンセント様に止められた。


「おお、ダメです。揺れているのに。それとも僕が抱きしめてもいいですか?」


 いや、それは困る。


 彼は笑って言った。


「王家と言うより……王妃様かな。どうしてもあなたのことを嫁にしたい」


「どうしても?」


「そう。どうしても」


 ビンセント様は軽い調子で説明した。


 つまり、王太子殿下に施政は任せられないと。有能な妻が必要なのだと。


「殿下は女遊びでもしていればいいでしょう。妃殿下があなたなら、その間に着々と物事は進んでいく。そして、あなたには有能なあなたの父上が率いるリッチモンド公爵家一族が付いている。ベロス公爵家とは比べ物にもならない」


「私に兄弟はいませんわ。リッチモンド公爵家一族と言われても……」


「ラルフがいます。あなたがラルフと結婚しないと言うなら、ラルフはエレノア嬢と結婚するでしょう。それが無理なら、ラルフは養子になるでしょう」


 私は思わず顔をゆがめた。


「ラルフは公爵家の娘なら、誰とでも結婚するのかしら」


「それはそうでしょう。あなたの方が好ましいのかもしれませんが、あなたは王太子妃候補になった。長年かけて王家は自分たちの息子と王家の行く末を見据えてきた。国王陛下や王妃様だけではない。重臣たちも、何人もの娘たちを候補に挙げ、選別して、絞っていった。そして、あなたはどうしても残ってしまう」


 ビンセント様は私の顔をのぞき込んだ。


「総合点です。実家の実力、立場、本人の能力と性格、それに美貌です。殿下に嫌われてはなりませんから。嫌われるような娘では話は始まりません」


 それは、うんざりするくらいよく理解している話だった。


「殿下はあなたに執着した。いろんな娘たちを遍歴してもあなたのところに戻って来てしまう。殿下をよく理解してやさしく扱い、嫌がることは代わりを務める。代わりが務まる能力がある。だから予定未来だった」


「他家のことを、どうしてあなたはそんなに良くご存じなの?」


 とげとげしく私はビンセント様に聞いた。違うかもしれないでしょう?


「知っている者は知っています。そして私のような立場の者は細かい事実の断片を手に入れることが出来る。そして積み重ねてみれば、大体のところは読めます。今回のことだってそうです」


 馬車は河岸を走っていた。私の家からはかなり遠い。


 ビンセント様は私の視線を追った。


「王妃の手の者は、リッチモンド家の馬車を襲う。狙いはあなただけ。どうしても手にしたいあなたを拉致して王宮にとどめる。父上とラルフは絶対に安全です。あなたを人質に、これから彼らの能力を王家の為に使ってもらおうと考えているからです。でも、いかにリッチモンド家の馬車を追おうとも、あなたは乗っていない」


 本当かしらと私はビンセント様の顔を見た。表情を読もうと試みた。そろそろ暗くなってきていた。


「あなたがいなかったら、王妃の手の者はあなたの父上とラルフを解放するでしょう。何か適当な言い訳を言いながら。伝言したかったとか、申し訳なかったのでお詫びを言いたかったとか。馬車を追いかけてまで言うような用事ではありません。そして帰るでしょう」


 この男の言うことは本当なのだろうか?


 そこに何のメリットがあるのだ? ベロス公爵家の嫡子にとって?


「さあ、リッチモンド家の邸宅に行きましょう。王妃の手勢は多くない。一台の馬車を追うことはできても王都中を探し回るような大掛かりなことはできません。明日は結婚式を挙げるのでしょう? 今晩さえ無事に過ごせば、あなたはラルフと結婚して自由になります」


 カラカラと馬車はなじみの光景に近づいてきた。リッチモンド家の屋敷は近い。


 門には早くもカンテラが点けられ、門の周りには警備の者がいつもより多く見受けられた。


「誰だ!?」


 門に近寄ると、鋭い声で誰何(すいか)された。


 ビンセント様が顔を出した。


「リッチモンド公爵にお目通りを。ベロス家のビンセントだ。中へ通せ」


 ざわざわとしていたが、正面玄関の車回しまで馬車が入った時には父もラルフも、母も執事たちも出てきていた。


 ビンセント様が先に下りて、私を丁重に降ろした。


「ベロス殿……」


 父が珍しく相当動揺した声でビンセント様に話しかけた。


「追手がかかったでしょう?」


 何事もなかったように、ビンセント様は父とラルフに尋ねた。


「知っていたのか?」


「勘ですけれどね」


 ビンセント様は客間に通され、私はラルフに付き添われて自分の部屋に引き取った。


「無事でよかった」


 ラルフは心底安心したようにため息をついた。

 本気で心配してくれていたようで、思わずほろりとした……だが!


 問題はそこじゃない。ラルフは、私の寝室の前まで来たけど、一緒に中に入って、後ろ手にドアを閉めてしまったのだ。

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