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貴方と見たかった夢の続きを  作者: らんたお
生前の彼等
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09.ラルフ視点

 マスティカ王国から来た魔法使いへの対応で遅くなったため、詰所に泊まらせて貰うことにした。連日対応に追われて忙しく、騎馬隊隊長としての職務もウィスリーに任せきりになっている。

 申し訳ない気もするが、今は奴に頼むしかない。戦いに備えた準備を怠るわけにはいかないのだから仕方ない。


 新婚なのに夜勤かよと愚痴りながら飲んでいたカフカにお前も飲めと勧められたが、俺が落馬したらお前が責任を取れよと軽口を言うと、ばっきゃろ―これは全部俺の腹の中に入るに決まってんだろ、と飲み干していた。酒を飲んでいても頭の回転早いところは相変わらずだなと皆で笑っていたのに、ウィスリーが王宮の門番の者から聞いたという情報を聞かされ、息が止まる。

 ノインが、許可証もなしに入城した、と? 何か、問題が起きたのか?


 ノイン自ら、王宮に来なければならない程の何か。なんであったとしても、祈りを終えたばかりのはずだ。そんな体で無茶をしてここに来たというのか?

 信じ難い情報に初めは嘘だろうと思ったが、彼等が嘘を言う意味などない。何故、急いでやって来る必要があったのか。この目で確かめなければ。


 地理的な関係で他の国ほどの厳しい守りを必要としないとは言え、誰でも城の中を行き来できるわけではない。警備の者に事情を話し、行けるところまで入らせてもらう。五階より上は立ち入ることが禁止されているため、四階の大階段の前で待っていた。

 近衛兵の案内を受けながら、手すり伝いにノインが下りて来たのはそれからすぐのこと。ダグラスに支えられながら、一歩一歩慎重に。辛さを隠そうとしていたが、誰の目から見ても歩くのがやっとに見える。


 本来ならば階段の中腹とはいえ立ち入ることを近衛兵に止められるところだったが、事情を察してくれたのか傍まで駆け寄っても止められなかった。ノイン、と口にしようとして、人前では巫女様と言わなければならないことを思い出す。言い慣れない名前を口にすることをためらっていたら、ノインが先に口を開く。


「サーラルフ、私ならば大丈夫です」


 サーラルフ。それは、貴族ではない騎士に付けられる呼称のサーと、名前を組み合わせた呼び方だ。一線を引く、という明確なノインの意思。従うしかない。


「巫女様、ご無礼をお許しください」


 神の巫女の行く手を塞いだ。例え幼馴染みとして心配してのことであっても、決して許されないことだった。公式な場での己の立ち位置を間違えてはいけない。ノインは国の宝であり、人類の希望。俺は一介の騎士に過ぎないのだから。

 道を開けるために脇に退いた時、ノインが体勢を崩した。ダグラスに支えられていても、もう自分の足で歩くことができるようには見えない。


 近衛兵も驚いていた。こういった場面に慣れているダグラスは、慌てることなくノインを抱き上げようとする。それを制して俺が抱き上げた。

 軽い。信じられないぐらいに。同じ年の少年に遠く及ばないほど痩せている。もうろうとしているのか、薄目を開けてはいるが反応が薄く、顔色が悪い。


「休めるところは?」

「こちらです!」


 案内の近衛兵は慌てていた。儚げなのは、神の巫女になってからずっと民衆に言われていたことだから彼もそう認識していただろうが、まさか目の前で倒れる姿を見ることになるとは思わなかったのだろう。

 用意されたベッドに寝かせていると、近衛兵に医師を呼ぶべきか問われた。一瞬返答をためらったのは、ノインを見られる医師がいないから。ダグラスが煎じ薬を持って来ていると言ってくれなければ、変な間を作ってしまう所だった。

 温めて貰おうと思ったが、ノインが口にするものを他人に預けるわけにはいかない。結局、薬のことはダグラスに任せ、ノインには俺が付いていることにした。


 慌てることなく近衛兵に付いて出て行くダグラス。彼は、ノインを護衛するだけでなく、ノインの意思を最大に尊重する。俺が同じ立場だったなら絶対に反対したことでも、彼は絶対に反対しない。そして、ノインがどんな状況であったとしても慌てることはない。冷静に状況を見極め、最善策を取る。

 腕は認めるが、ノインが望みさえすればノインを危険に晒すことも厭わないのではないかと不安に思ってしまう。彼が、ノインを護り切れると自負しているからだったとしても。


 世話をする聖女も伴わず、何故二人だけで来たんだ。何かあったらどうする?

 完璧な安全などこの世には存在しない。それでも、幾重にも護りを固めた神殿ほど安全な場所はこの世にはなかった。王宮以上に護られた神殿。神の巫女の存在は、それほどに貴重なものなのだ。

 そこから一歩でも外に出ることが、どれほど危険なことか分かっているだろう? 何がお前を掻き立てた?

 神は、どんな言葉でお前を唆したんだ。


 腹立たしい。お前を危険に晒す神など。ベッドに横たわるノインの左手を握り、祈るような気持ちで見ていた。

 窓から差す月明りに照らされ、銀髪が艶やかに煌めく。六年前までは俺と同じ茶色だった髪が、今や見る影もない。神の系譜に連なっていることを証明する色。その髪を引きずるほど長く保つのは、この国の神の巫女の伝統的なものであり強制ではない。

 俺から見れば、動きを封じるためのように思えてしまう。簡単には逃げられないように、閉じ込めておくためなのではないか、と。服も裾を引きずるものばかりだから、更にそう見えてしまうのだろうか。


 今まで、そんな風に思ったことはなかった。フェリシアがあんな亡くなり方をし、ノインが神の巫女になるまでは。

 元々、祈りを捧げる度にやせ細ってしまう神の巫女の体系を隠すためのものだったそうだが、今となっては裾や髪は長くとも、二の腕は薄く隠れる程度なので意味はない。華やか過ぎず質素過ぎず、神の巫女の威厳を保てる装いをしているに過ぎない。

 だが今のノインは、明らかに正常を欠いている。痩せこけていないと言うだけで、健康とは言い難かった。とても、居た堪れない。


 祈りを捧げている間、何も口にしないノイン。唇だけでも潤してやろうと、水を手に取った。用意されていた水の安全を確認するため、毒見する。変な味もしないし大丈夫だと判断し、布に含ませた水を唇に当てた。


 本来ならば、毒見専門の聖女が毒見をする。ノインの触れるものはすべて、聖女達の厳しい検査を通らなければならない。口に入るものは特に厳格で、薬物や魔法耐性のある聖女が必ず確認していた。

 今、彼女達はいない。俺が代わりに行ったとしても、誰も文句は言わないだろう。

 本当は水を飲ませてやりたいが、煎じ薬が届くまでは眠らせてやりたい。少しの間だとしても、休息させてやりたかった。


 高山地帯のこの国で、意識を失うのは命取りだ。例え高山地域に慣れた俺達でも、酸欠を起こしてしまうことがある。ノインのように、栄養の足りていない状態は特に危険だとされる。分かっていながら、ノインは儀式中何も口にしない。

 たった一人で何日も、ただひたすらに祈りを捧げ続けている。どうして、そこまで献身的になれるのか。己の義務と戦うノインに、俺は何も言えなかった。立場が違うからではなく、重圧が違い過ぎて言えない。


 もうやめてくれと、何度も口に出かかった言葉は飲み込んだ。人類の置かれた立場を思えば、ノインが唯一の希望であることには違いはなかったから。

 いつになったら、お前は解放される? こんな役目など誰かに引き継いで、自由になればいいのに。お前はきっと、そんなことはしないのだろう。自分に課された使命として、粛々と受け入れていく。

 そして俺は、お前の弱った姿を何度も目の当たりにするのだ。



 ダグラスが煎じ薬を温めて戻ってくる。ノインの上体を支える体制に座り直し、ノインの名前を呼んだ。


「ノイン、薬を飲めるか?」

「……ん…」


 虚ろながらも、ノインは頷いた。こちらの言葉に一応反応を見せている。ノインの背中を体で支えている俺を見上げるのは大変だろうに、ノインの瞳が俺に向く。

 心臓が、大きく脈打った。潤んだ瞳で、力無く見上げるノインに息を呑む。


 どうして、こんな感情になるのか。俺は今、何を考えている? 落ち着け。俺とノインは、違うだろう。ノインに抱いてはいけない感情を抱きそうで、違う、駄目だ、と自分に言い聞かせる。


「ダグラスに任せるから」


 胸が冷えて、冷静になった。芽生えかけた感情を否定したのは俺だ。ノインも俺に対して兄以上の気持ちなどない。気付いてはいけないし、願ってもいけない。俺とノインは、幼馴染みでいなければならないから。

 ノインが望んだ、唯一の友人として。


 虚しいと、思う。何故そう思うのかは考えてはいけない。答えを導き出すな。決して、その先を知ろうとしてはいけない。


「いいから、俺に任せろ」


 頭を撫でて、ノインに言い聞かせる。逡巡していたノインも、小さく頷いて受け入れた。


 お前を弟のように扱えるのは俺だけだ。こうしてお前を甘やかしてやれるのも。俺以外に誰が、お前を子供扱いしてやれる? お前を年相応に扱い、気を許して話せる相手がいるか? 俺は、お前にとって心許せる友人でいなければならない。それ以上を求めてはいけないんだ、絶対に。






 ノインが薬を飲んで寝ている間、ノインが何故王宮に来たのか聞いてみたが、ダグラスは話してくれなかった。分かっていたことだ。神の巫女が、己の意思で話すと決めた相手以外がその内容を知ることができるわけがない。これが陛下を通して聞かされたことならばまだしも、ノインが話してくれないことを俺が知ることなどできないのだ。


 俺とノインの前にある、明確な壁。そこに一枚一枚、新たに壁が作られていく。最も大きな壁は取り払えようがないもので、それはノインの心と直結している。

 臆病なノインが、決して俺には見せてくれないであろう壁の向こう側。どう足掻いても、近付くことはできなかった。どんなに手を伸ばしても、それは絶対に手に入らないもの。だから見守ることにした。ただただ、遠くから。



 ノインが心配で、このまま朝まで寄り添うことに決める。明日も早いと分かっていて、ノインを一人にできなかった。世話をする聖女も朝になれば到着するだろう。それまでは、傍にいてやりたい。

 薬を飲んだからといって、すぐに良くなるわけではない。顔色は悪いままだし、呼吸も少し荒い。十分な睡眠と食事。程よい運動の必要性を感じた。


 ここにいれば、恐らく王妃様がノインの面倒を見てくれるだろう。陛下と同様、我が子のように大事にして下さる方だから。

 一つ気がかりなのは、ルパート皇太子殿下だ。あの方は、以前からノインにとても優しくして下さっている。ノインが、男の神の巫女だと公言されているにもかかわらず、女性のように扱い、愛おしそうに見つめていた。


 あの方は、ノインが神の巫女という公式的立場であっても、堂々と隣に立つことができる人物。俺と違い、臆することなく目と目を見つめていられる立場だ。

 田舎出の騎士でしかない俺とは、大きく異なる高貴な身分。羨むこともない程、完璧な紳士だった。


 神の巫女は、恋愛も婚姻も、子を産むことも許されている。短命な人が多いことは確かだったが、ノインやフェリシアの母親のように、神の巫女でありながら恋愛し、結婚し、子を産むことができる。それでも、神の巫女としての本質を失うことは決してない。

 幸福であるということが根幹にあれば、彼女達は女性としての幸せを手にすることができるのだ。


 ノインも例外ではない。ノインが望みさえすれば、誰とでも恋愛することができる。望みさえすれば、きっとルパート皇太子殿下とだって……いや、考えるな。彼が一方的にノインに好意を寄せているからと言って、ノインが応じるとも限らない。

 何より彼は、知らないはずだ。知るはずがない。



 俺達の間には、永遠にも思える壁が立ちはだかり続けている。俺はお前が笑顔でいてくれるならばそれでいい。お前が無理をせず、幸せな人生を送ってくれるならば、何も手に入れられなくても構わない。

 だからどうか、俺の分も生きる気持ちでいてくれ。俺以上に生きてくれ。いつかこんな風に、お前を失う日が来るとは思いたくもない。お前の死を受け入れて生きていくことなんて、俺には絶対にできないから。

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