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貴方と見たかった夢の続きを  作者: らんたお
転生して再会
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02.ノイン視点

 これから先の人生は、大切な人を持たないと心に決めた。あんな形であなたを一人残してしまった報いをこれからの人生の中で受けていく。

 私はあなたを探さない。だからあなたも私を探さないで。僕はこれからも一人で生きていく。あなたとの思い出を胸に、一人で。


「ノイン!」


 聞こえるはずのない懐かしい声。幻聴? いいえ、これは!






 城から出たのはいつ以来だろう。もう随分と昔のこと様に思うけど、恐らく数百年も経っていない。以前ここを出た時は、光属性の方と出会った。

 私達の生きた時代には存在しなかった属性の魔力。闇属性も、緑属性も、概念すらなかった。必要がなかったから。

 神の啓示。悪魔の台頭。妖精の存在した世界で、人が持つ必要のないものだったけれど……


 万物は流転する。失ったのならば補うだけ。すべては必然。起きるべくして起きた変化だった。

 彼には、もう会うこともないでしょう。閉ざされた氷の城の中で隠れて暮らす私達には、外界は異世界のようなものだから。

 神の御導きでこの世界に身を置く私達には、喧騒など無縁。世界を揺るがすほどの問題にならない限り、傍観に徹していく。時にそれがもどかしくとも、私達の役目を忘れてはならない……はずなのに。


 どうしても、あの大樹だけは失いたくないと思ってしまった。あの御方ならば大樹を蘇らせることができるはずだと、居ても立ってもいられずに。


 (のち)に悪魔の気配を感じたのは気がかりだけど、世界に影響を与えていないことから、危険なものではなかったのでしょう。神も、この世界の危機だとは仰ってはおられなかったから。

 なんて、前世のように神のお声を聞くことなんてもうほとんどないのだけど。


 前世であのような死を迎えた後、私の魂は深き眠りについた。このままゆっくりと、すべてを忘れて新たな人生を生きるのだろうと思われた私に、神はお声をかけて下さった。役目から解放され、これから先の新たな人生を生きるも良し、或いはこの世界の平和を見守る役目を担うも良し、どちらを選択しても構わない、と。


 神への信仰心はあったけれど、後悔と悲しみの中で潰えた人生があまりに辛く、お申し出を断ろうと思っていた……あの大樹の存在を知るまでは。

 激しい戦禍を生き延びた大樹を見た時、私は堪らない気持ちになった。あの人が、私のために植えた墓標だったから。


 永遠なものなどない。いつかは、土に、風に、水に、火の中に消える。形あるものが形を残したまま存在し続けることは難しい。分かっていて残したいと思うのはわがままだ。

 だけど私は、奇跡を目の当たりにする。見苦しくも懇願した私を無碍にはなさらず、痛ましい姿となった大樹を復活させて下さった。


 確信する。この世界は救われる、と。魂が覚醒していないままで、あんなことができてしまうのだから。

 古の精霊の、圧倒的なまでの回帰能力に身震いする。あるがままの自然の理を当然として受け入れていく精霊達とは明らかに異なる、神に匹敵する力。全知全能そのもの。


 立ち上がろうとして、ふらつく。思念体を離れた場所に投影することはとても負担がかかる。分かっていて行ったけれど、そんなことも気にならないほど、胸が高鳴っていた。

 やっと、世界は平穏を取り戻せるのだと希望を抱く。


 心を落ち着かせてから聖水の間から出た。私を待っていたのか、クリス様が駆け寄ってくる。


「ノイン!」


 かつて、天翼族と呼ばれ神の使いとされていた翼を持つ一族の生き残りであり、人間の王族との間に生まれた第一王子のクリス様。清く正しく、公正で慈愛に満ちた王族の鏡とされるお方。けれど、生前のこの方の苦悩を本当に理解していた方はいなかったでしょう。

 私と同じく、大きな秘密を抱えたお方だったから。


「どうなさったのですか?」

「どうなさったのですか、ではないよ。とても顔色が悪い。無理をしたんでしょう?」


 私が、思念体を飛ばしたことをご存じの様子だった。そう、ですよね。この広くも狭い城の中で起こることに、気付けない者などいない。


「少しだけ、魔力を使い過ぎてしまっただけですから、ご心配なく」


 安心させようとして言った言葉だったけれど、クリス様の表情は陰ったままだった。また、ご心配をお掛けしてしまったのですね。

 こういう時、何と言えば安心して貰えるのか分からない。与えられた環境に適応し、感情を抑えることに慣れてしまった私には、掛けるべき言葉が見つからなかった。


 クリス様の侍従であり、神官だったローガン様が近付いてくるのが見える。きっとクリス様に用があるのだろうと、この場を離れるため会釈をした。


「それでは、私はこれで」

「ノイン」

「失礼致します」


 呼び止める声を笑顔で制し、踵を返す。けれどその後に続いた言葉に、足を止めてしまった。


「本当に、ラルフのことはもういいの?」


 息をするのも忘れてしまう。再び、その名前を聞くことになるなんて。

 度々、問われていた。ラルフのことを探さないのか、と。一時でも、彼と共に冒険をしたクリス様のことだから、彼に同情的になっていてもおかしくはない。いいえ、もしかしたら私に同情しているのでしょう。


 神の寵児として神族に選ばれ、献身への褒美として大切な人を神族として傍に置くことができると神は仰られた。それは、不老不死な私達への神の温情。

 それを断り、彼を傍に置かないと心に決めた。それなのに神は、彼が何度生まれ変わっても前世の記憶を取り戻す可能性を残し、神族として共に生きられるように配慮してくださったのだ。


 どうして? そんな奇跡が起きたとしても、私はもう彼に合わせる顔がないのに。僅かな希望を残すだなんて、残酷すぎる。


 彼の前途を私の一存で奪いたくない。私との別れで苦しんだ彼を再び苦しませたくはないから。

 手を伸ばす愛ではなく、見守る愛でありたい。例えそれで私が苦しむことになっても、あなたを傷つけた私への罰として受け入れていく。

 そう、誓ったはずなのに……


 名前を聞くだけで胸が苦しくなる。あの優しさに甘えたくなる。でもそんなことは許されない。あなたが悲しむと分かっていて、私はあなたに別れの言葉も掛けなかったのだから。


「もう、過去のことです。遥か昔の、古き思い出です。私は、これからも神のために尽くして生きて行きます。彼と再会するつもりはありません」


 それでは、と逃げるようにその場を後にする。これ以上クリス様から追及されたら、何を口にしてしまうか分からない。忘れて生きていくと心に決めていても、後悔だけが押し寄せる。



 足早に自室へと向かう。部屋に着くなり、扉を閉めて崩れ落ちた。


「ごめんなさい」


 涙が止まらなかった。

 別れの言葉も直接言えず、突然私の亡骸を目にすることになったあなたがどんな風に苦しんだか。強くて優しかったあなたの心が荒み、怒りと復讐に燃えたであろうことは想像に容易い。

 そうならないで欲しいと願っていても、無理だったでしょう。荒れ狂う心をどうやって生きる力に変えたのか。


 復讐心だけが、あなたをこの世に繋ぎ止めていた。


「いっそ、私のことを恨めばよかったのに」


 あなたはそうしなかった。だから余計に苦しい。


 復讐が果たされて、あなたの目標が達成されても、心は満たされないまま。後悔と悲しみの中で、私の好きだった花や木を植えて、独り寂しい人生を生きた。

 そのことを知って尚、あなたをこの世に繋ぎ止めようなどと思えるはずがない。


 それでもあの大樹だけは、あなたが植えてくれたあの木だけは残したかった。あなたとの唯一の繋がりだけは、消したくなかった。


「どれほど、過去に縋りついているのだろう」


 いけないと分かっていて、あなたとの繋がりをこうして残し続けている。身勝手な想い。


「あなただけは、こんな想いに捉われずに生きて欲しい」


 心から、あなたの幸せだけを願っている。もう二度と、神と繋がりがあるからというだけで命を狙われることがないように、私と同じ神族として、この世で生きて欲しくない。

 それに……


「僕は、最後までラルフに嘘をついたままだったね」


 僕は、男性でも女性でもない体で生まれたけど、幼馴染みのラルフにはそのことを話したことはなかった。子供の頃から男性として育てられ、巫女として生きると決断した時も相談しなかった。

 最後まで、僕が男性だと思っていただろう。男性のままで、彼は愛してくれた。

 それなのに、自分の死期を知りながら何も言わなかった。さようならも言わずに、彼の前から消えた。


「僕は、永遠にあなたを忘れない。だからあなたは、僕を忘れて生きて欲しい」


 今度こそ幸せになって。僕ではない誰かと結ばれ、幸せな人生を生きて。心から、願っている。

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