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蠅のアヤメ帝国  作者: 星駿平
第1章 アヤメの人間になる前の日々
8/22

第8話 三浦はアヤメのヤクザに監禁される

「アヤメって知ってる?」

隣に座っているスーツ男が笑いながら語り掛ける。ミニバンの後部座席で縮こまっている三浦はそれに上ずった声で答える。

「知らないです……」

「知っといた方がいいぞ。アヤメは世界一面白い街だ」

助手席に座っている男がその男に強く言う。

「やかましいぞ、岩泉!黙って座ってろ」

「すいませんねぇ中原さん。俺はこいつに興味があるんですよ」その男はあくまでへらへらした態度を取っている。三浦はこの二人に自らの心臓を握られているようで生きた心地がしなかった。

「一つだけ教えてやるよ、兄ちゃん。お前はアヤメなんて知らなくていい人生を歩む筈だった、だがもうシフトしちまったぞ。これからはアヤメを知った上で送る人生だ」

「俺は……何も知らないです」

岩泉は三浦の肩に手を回す。「それはうちの組織が決める事だ」

すると助手席の中原がまたも怒声を上げる。

「五月蠅えって言ってんだろ!」彼は鈍痛を与えるような声を出す。だが岩泉は笑う。

「堅えよ、中原さん。もっとゆるく行こうぜ」

「仕事中は集中しろや。当然の話だろ」

三浦は窓の外から景色を見る。車の前方にアーチが見える。

そのアーチは握った拳が両サイドから伸びていて、頂点でぶつかっているという意匠だった。

溶け合う拳、それは何かを表しているようだった。

その拳の前腕には文字が刻まれている。左側の腕には『殺』、そして右側の腕には『愛』。

三浦はそこでようやく理解した。

―――殺愛(あやめ)か……この街が

アーチの奥からが彼の知らない世界。おぞましい空気がそのアーチの内側には流れているような錯覚を覚える。

その二車線の車道を通る車を三浦は目にしなかった。ただこのミニバンだけがこの街に入っていく。夕暮れ時の不穏な雰囲気が三浦は怖かった。後部座席でぶるぶる震えていた。

その車はとある巨大な建物の玄関前に停車する。そして三浦は中原と岩泉に連れられて建物の中へと連行されていく。その建物は彼が見た事ないくらいに絢爛豪華で赤いカーペットが敷かれていた。三浦はエレベーターホールで待っている時に岩泉の顔を覗く。さしもの彼も軽口は叩かずに口の端を僅かに引き締めている。これから会う人は恐らくこの組織の上層部、という事を三浦は自然と理解した。

どれほど昇っただろう。エレベーターが止まり扉が開くまで、どれほど時間が掛かっただろう。

彼には無限に感じられた。

扉に開いた先には大勢のスーツの男達が並んで立っていた。彼らは皆、三浦を見ている。

その間を闊歩する三人。そして真正面の扉を開けると、そこにはだだっ広い会議室のような部屋があった。


その部屋には5卓の長机があり、真ん中の最奥に最も権威のありそうな老人がいた。

彼に向っていた一同の視線は一気に三浦へと注がれる。

「!」三浦の顔は引き攣った。もしもここから抜け出そうと思ったのならば、命が100個あっても足りないだろう。全員の身体が膨張しているし眼も殺気立っている。

老人が口を開いた。「中原、そいつが例の男か」

中原は車内での雰囲気そのままに、刺すような低い声で返答する。

「はい、この男が大和の居場所を知っている男です」

「確証はあるのか」と再び老人が訊ねると中原は首肯する。

「ほぼ間違いないかと、岩泉が一度接触したのちに我々を嗅ぎまわる行動に出ていました。大和を逃がす協力をしている可能性が高いと判断し連行しました」

老人は腕を組んだまま三浦を見つめる。「どうなんだ?お前は大和に協力しているのか?」

三浦は言葉が出ない。岩泉と中原の間で気を付けをしたまま一言も発さなかった。それを見かねて岩泉が彼の鳩尾にアッパーを入れる。「早く喋れよ」

息がつまり、嘔吐しそうになる。三浦は一旦呼吸を落ち着かせてからゆっくり喋りだす。

「知らないです。同じ高校の生徒なので存在は知っていますが、それだけです」

中原が言う。「なら何故俺らを嗅ぎ回った」

「興味本位です。……うちの生徒がどんな世界の人と関わりがあるのか、知りたかっただけです」

喋らないと殺されそうだったので、丁寧に言葉を紡いだ。だがそれは相手方の望む答えではなかった。老人は首を振る。「それではダメだ」理不尽にも老人は三浦に大和と同等の憎悪を感じていた。

「この二人が連れてきたって事はお前の行動に何らかの異変を感じ取ったからだろう?言葉尻を聞いただけではその言い訳は筋が通って聞こえるが、危険を免れようと口から出まかせを言っている可能性も排除できない」

三浦は言葉を失い。老人の言葉はこれから何かが起きると告げているようであった。

そしてその予感は当たった。

「お前を地下に監禁する。喋るまでは解放しないが喋れば危害は加えないぞ?」

三浦は自分が不思議だった。この状況、別に大和の情報を彼らにも喋って良かった。

しかしそうはしなかった。何故だろう?

彼はそれを言語化出来なかったが、無意識の内に分かっていた。高校での平凡な日々、それをよく分からないヤクザに壊されたくはなかったのだ。

大和なんてどうでもよかった。このアヤメに来てから、ここの空気が嫌いだった。だからこの街の奴らを利する行為をしたくはなかった。


情報を漏らしたら解放されたかもしれない。だが殺されていたかもしれない。

だが結果的に見るならば、そのリスクを取らなくて正解だったのかもしれない。


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