第7話 知りすぎた男、三浦
保健室。
三年通って一度行くか行かないか。多くの生徒にとってしてみれば、それくらい縁の無い施設。
三浦もこの高校の保険室を使ったのは初めてだった。
「……」目を開けるとそこはカーテンに囲まれていた。
体を起こした時にようやく思い出した。自分がここに来た経緯を。スマホを確認すると別所からメッセージが入っていた。『大丈夫か?目覚ましたら連絡しろよ』と入っていた。
『目覚ましたぜ』と返答すると『あんなヒョロヒョロにKO負けしてんじゃねえよw』と来たので思わず笑ってしまった。
(確かにそうだよなぁ……何負けてんだ、俺)
三浦は大きく伸びをしてからカーテンを開けようとする。しかしその時、目に入ったのは予想外の後継だった。
「ダメだってこんな所で」
「良いだろ?誰もいない」
「一人生徒がベッドで寝てるから」
カーテンの隙間から三浦はのぞき見をしている。そこにいたのは大和だった。彼は私服で保健室の先生に迫っていた。しかしその先生はそんな彼を手で止めていた。
三浦は察する。
(!彼女ってひょっとしてこの人の事だったのか?彼女ってのは)
しかし三浦はばれないようその驚きを隠す。息をひそめてそこで覗き見ていた。だがその時の三浦はまだ起き抜けという事もあり事態を少々甘く見ていた。
またしても目があってしまった。大和のあの瞳が三浦の目を突き刺す。
「!」思わず上ずった声を上げてしまった。その声に保健室の先生が気づく。彼女は体を近づけていた大和を突き放す。
しかし大和はその先生に突き放された事以上に三浦の目が気になっていた。彼にとってそれは見覚えのある目だった。三浦のベッドのカーテンを思いきり開ける。
「お前……この間、旧部室棟で見てた奴か?」
三浦は息をのんで唇を舐める。「いや、知らないけど」
大和は三浦の目が嘘をついている目かどうかを確かめようとする。だが分からなかったからそのまま踵を返して保健室を去っていく。
「違うならいいや。覗き見はすんなよ」
やはり迫力はあった。だけど室田よりも遥かに落ち着いている。無駄な攻撃性は感じられなかった。
三浦がベッドの上で体育座りをしたまま固まっているのを見て保健室の先生が謝罪する。
「ごめんなさいね、威圧するような事言って」
「いえ、大丈夫です。それより先生ってあの人と付き合ってるんですか?」
それを聞いて彼女は目を丸くする。そして頬を染める。「別にそういう訳じゃないよ」
その反応を見て、彼は確信する。明らかに出来ている。そして大和は彼女と共に北海道に逃げる気だ。そして自分に声を掛けてきたスーツのヤクザこそが大和を追っている一味の一員なのだろう。
全てが繋がった。
大和の情報を三浦はかなり詳細に知っていた。対照的に大和は三浦がそこまで知っている事にすら気づいていなかった。
情報の差こそが弱みであり、相手を支配するための第一歩となる。
期せずして三浦は大和を支配しようとしていた。周りから舐められまくっているあの三浦が、周りを引き付ける魅力を持ちカーストの頂点に立っているあの大和を。
何かが起きようとしている。
三浦はその土曜日、満喫にいた。
勿論勉強をするつもりだった。個室空間だと集中できるかなと思ったから敢えてそこに出向いた。
しかし意外にもその空間は気が散った。気付いたら彼は漫画を読みふけっていた。
座椅子にもたれ掛かりながら、読み終えた漫画を積み上げられた単行本の山に乗せ、逆の山から新しい漫画を取る。その作業を二時間程した時に気付く。
(いかんいかん、これじゃ受験生じゃない)
彼は頬を二回両手ではたく。そして気合を入れるためにドリンクバーに飲み物を注ぎに行った。
個室から出て漫画がずらりと並べられた本棚の間を通る。
しかしその時に彼はその満喫に謎の空間がある事に気付いた。
(なんだここは?)彼はガラスの扉をのぞき込む。そこは漫画ゾーンとは違い、雑然とした雰囲気はない。彼の視界にビリヤード台が入る。
こんなゾーンもあったんだなと、新しい事を知って満足した。しかしそのまま見ているとそこでビリヤードをしている男たちには見覚えがあった。
(あれって……)
間違いなくそれは彼と汐入に対して話を聞いてきたカタギじゃない男だった。顔の傷跡が完全に一致している。そしてあの時はいなかった、同じくスーツの男を連れている。
その二人は何やら神妙な顔をしながらビリヤードに興じている。
彼らと関わり合いになりたくない三浦はばれないように静かにのぞき見ている。
(こんなのばっかだな、最近の俺。嫌な現場を目撃しがち)
そんな事を内心考えていたらその二人の男がそのゾーンから出てきた。三浦は慌てて本棚の陰に隠れる。何とかやり過ごした。
その二人のスーツ男達はそのまま満喫から出ていくようだった。
会計をしている二人を見て三浦は安心する。そして先ほどまで彼らがいたビリヤードゾーンに入っていく。そこには数名の客がいた。彼らは彼らで別にビリヤードをしていたのだ。
静寂に包まれているその空間ならば話を盗み聞き出来ただろうと三浦は推測して彼らに話し掛けに行った。そして案の定彼らはその男達の話を盗み聞きし、しかも細部まで記憶していた。彼の話す内容があまりに物騒だったからだ。
三浦は聞き込み調査を終えてそのゾーンから出る。そして再び個室へと籠る。
座椅子に深くもたれ掛かり考え込む。
2人のスーツ男はやはり大和の話をしていたらしい。だが彼らは見誤っていた。大和には知り合いなんていない。だから逃げるのを手伝ってくれる人もいないだろうと。
三浦は彼が彼女のツテで北海道まで逃げおおせる計画をしているのを知っていた。
だがスーツ男がそこまで頭が回っていない様子を聞いて、どこか安堵した。別に大和に共感している訳ではない。むしろあの目には嫌悪感を抱く。だがそれでもこの件では大和を応援していた。
そして彼は満喫を出る。スーツ男達が出て行ってから三時間ほど勉強してから出た。
だが何故かその満喫の駐車場には彼らがいた。黒いミニバンの運転席と助手席に座って三浦を待ち伏せしていた。
「!」その光景を見て三浦は息が止まる。何故そこにいるのか、彼には分からなかった。
早歩きで逃げようとする三浦。しかし顔に傷のある男が車を降り、小走りで近づいてくる。
「ねえお兄さん。逃げないでよ」
彼はあっという間に距離を詰めて、三浦の肩を掴む。
「さっきビリヤードゾーンで俺らの話、聞き出してたよね?なんかコソコソ隠れている奴がいるから後を追ってみたらこの間のお兄さんだったからビビったわ」その男は淡々と言う。
「なんで俺らの話を聞き出してたの?大和の知り合いかなんか?」
「違います!」三浦は過剰に反応してしまう。男の手を振り払い逃げようとする。
が、その反応を見て男は再び彼を捕縛する。
「違うなら話聞かせてよ。俺らはさ家族を探してんだ」
そして殺すつもりだろう?三浦は彼らに大和の情報を話す気なんてなかった。しかしこの状況はまず過ぎる。今までの人生で遭遇した事ないレベルの脅威。
だが為す術なく彼はミニバンの中に連れ込まれた。暴力を振るわれた訳ではない。にもかかわらず、逆らう事が出来なかった。三浦を乗せたミニバンは走り出す。
アヤメ街の方向へと。