第6話 ヤクザとの邂逅、そして文化系男との再会
「あの、ちょっといいかな」
2人が黙りこくりながら歩いていると、一人のスーツを着た男が近づいてきた。その男は頬に傷跡がある。背も高いしガタイも良い。そんな男が突然自分のパーソナルスペースに入ってきた。
三浦は驚く。「はい?」
「君たち、桜高校の生徒だよね」彼は不気味な笑みを浮かべたまま話し掛けてくる。
「そうですけど」
三浦の隣で汐入は体を竦めている。好きではないと面と向かって言われた相手だったが流石にここで逃げるわけにはいかない。三浦は汐入を守るように、彼女と男の間に入る。
「何か用ですか?」
「君らの高校に長い髪のちゃらついた感じの男の子いるでしょ?その子を探してるんだけど」
「さあ」
男はスマホを掲げる。そこには証明書用写真が写されていた。
(!)三浦はそれが大和だと一瞬で気づいた。そしてその事から、このスーツの男がカタギではないと一瞬で理解する。同時に自分が彼に対して、大和の情報を持っているなんて事をほのめかしてはならない事も。もし言ってしまったならば、目の前の奴らにどう利用されるか分からない。
だからすました顔で。
「誰ですか?ちょっと分からないです。うちの高校人数多いんで」
男は割と簡単に引き下がった。「そうか、ありがとな兄ちゃん」
三浦は表情を変えぬまま男の前を去る。汐入の腕を掴んで足早に。
男から十分に距離を取った所でようやく汐入が声を発した。「怖かった……」
彼女は安堵の笑みを浮かべる。
「あれはやばいね」
「でもさ、やっぱり本当だったんだ。大和君とヤクザが繋がりあるって。流石にあれを見たら信じざるをえない」汐入は途端に饒舌になる。
「そうだね」しかし三浦はそれにそっけなく答える。
ヤクザに対して程ではないにせよ、汐入に対しても警戒心を抱いていた。
確かに一緒にヤクザに話し掛けられるというピンチを脱したにせよ、彼女が自分を利用したという事実に変わりはない。結局三浦は駅に着くとすぐに彼女と別れた。
そしてもう喋る事はないだろうという決意を固める。
翌日、金曜日の昼休み。三浦は元野球部の同級生三人と共に昼飯を食べていた。
四人は四人用の机を囲み、黙々と食事をしていた。
学食のカツカレーを食べながら別所は三浦に話し掛ける。「あの後、高橋さんと何かあったのか?」
何も知らない別所に対して三浦はわざとらしくため息をついてみせた。
「何もなかったわ。高橋さんとは」
「とは?って事は他の人と何かあったの?」と言ったのは矢部。現役の時はピッチャーをやっていた奴だ。
「あの日は汐入さんと一緒に帰ったわ」
他の三人は食事の手を止める。「まじ!?」
特に元キャッチャーの厚木が一番驚いていた。何せこの厚木は彼女と幼稚園から一緒の幼馴染だからだ。「あいつの事好きだったの?」
「ちげえよ。向こうからだっての」
「でも一緒に帰ったって事はお前もその思いに応えたって事だろ?」
「そうだけど、結局ねえわ。あいつと付き合うのは想像できない」三浦にとってはそんな一言では言い表せない程色々あったのだが、それは敢えて言わない。
「俺は今でも高橋さん狙ってるわ」三浦はにやりと笑って言う。矢部はそれを鼻で笑う。
「お前には届かねえよ」彼は黙々とラーメンを啜っている。学食のラーメンはまずいのだが、彼は毎日それを食べている。
「言ってろ」三浦は捨てセリフを吐く。勿論三浦だって本気で狙っている訳ではない。だが何かの軌跡で相手が自分に好意を持つ事を期待して言っているだけだ。言わなきゃ叶わないというのはまるで自己啓発本みたいで浅薄だが、事実ではある。
その時、話題にしている高橋さんがちょうど食堂に入ってきた。三浦だけがその姿を視界に捉える。
彼は三人の会話に加わりながらも、その実高橋さんが何をしているかに意識を集中させていた。
どうやら彼女は友人と楽しく食券を買っているようだった。その様を見て、三浦は少しだけ複雑な気分になる。
彼女は汐入と三浦をくっつけるべく愛嬌良く接してきた。その狡猾さが三浦は引っかかっていた。
確かに汐入のように直接的に言われた訳ではなかったが、彼女の行為は三浦を利用したという事に他ならない。そうして多くの人間を自分の好感度の為に利用して、今のような地位を築いているのだとしたら、自分の持っている好感もその一部なのかもしれない。
しかしそうやって迷いつつも高橋さんへの気持ちが変わらないという所に人の業の深さがある。
その時だった。
三浦の視界に一人の男が入ってきた。彼は何やら肩を震わせて三浦に近づいてくる。
「おい!てめえ」
その細い男は室田だった。汐入が別れたいけど別れさせてくれないと言っていたあの男。彼が大声を上げたので途端に食堂中の視線がこちらに注がれている。
室田は三浦の胸倉を掴んだ。別所ら3人は立ち上がり彼をとがめる。
「おい、何してんだお前」
「うるせえ脳筋ども!」
矢部が強く言い返す。「その物言いは無いだろ」
「何かしたのか?」と厚木が三浦に聞いた。それに答えたのは室田だった。
「こいつが俺の彼女にちょっかい出してんだよ」
三浦は鼻で笑う。「てめえが束縛してるからだろうが。きめえんだよ」その言葉を聞いて室田はさらに激昂した。
三浦の顔に自らの顔を近づけて叫んでいる。三浦にとって自分より体の小さい者の恫喝など恐怖に値しなかった。彼は胸倉を掴んでいる室田の両手を払いのける。「どけよ」
すると室田は三浦の胸を突き飛ばした。
「お?やんのか?」三浦は拳を堅く握る。もう野球部は引退した。多少なら殴り合いの喧嘩をしても問題ないだろうと彼は考えていた。
そのタイミングで彼の視界に高橋さんが入った。三浦は彼女に良い所見せたかった。
しかし彼女の表情はまるで気持ち悪い虫を見るかのようだった。その表情を見て三浦の動きが止まった。そんな彼の頬を室田の右ストレートが捉える。
彼のパンチは思いのほか鋭かった。それが顎に入った。
三浦は自らの意識が飛びそうになっているのを自覚していた。
(かっこ悪い所見られたな)
そう感じながら彼の体は崩れていく。幸いにも倒れる際に頭を打つような事はなかった。それは別所が彼の体を支えてくれたからだった。そしてそのまますぐに保健室に連れていかれた。